第3話 少しだけ通用した方法
――悲鳴が聞こえた。
「魔物が出たぞ!」
広間の外から、慌ただしい声が響く。
空気が一気に張り詰めた。
「なに……!?」
兵士たちが動き出す。
勇者たちもざわつく。
「もう来たのかよ……」
「準備とかないのか……?」
不安の混じった声。
それは、俺も同じだった。
(いきなり実戦か……)
正直、心の準備なんてできていない。
でも。
「広間の外へ出るな! ここで迎え撃つ!」
指示が飛ぶ。
やるしかない、という空気になる。
(……どうする)
戦う力はない。
少なくとも、正面からは無理だ。
でも――
(さっきの能力がある)
ログアウトすれば、一度離脱できる。
準備もできる。
ただ。
(あんまり見られてるところで使うのはまずいよな……)
目立つのは避けたい。
だから。
(使うなら、バレない形で)
小さく息を吐く。
そのとき。
――ドォン!!
大きな衝撃音。
扉が、内側に吹き飛んだ。
「グルァァァッ!!」
現れたのは、黒い獣。
四足。鋭い牙。異様な速さを感じさせる体つき。
「来るぞ!」
兵士たちが構える。
勇者の一人が前に出た。
「任せろ!」
剣が振り下ろされる。
――ガンッ!!
弾かれる。
「硬っ……!?」
その隙に、魔物が動く。
速い。
一瞬で距離を詰める。
「ぐっ……!」
兵士が吹き飛ばされる。
「くそっ……!」
「雷よ、穿て!」
別の勇者が魔法を放つ。
雷撃が直撃。
「グルァァッ!」
効いてはいる。
でも、止まらない。
(強い……)
見ただけで分かる。
普通に戦って勝てる相手じゃない。
でも。
(こういうタイプ、見たことあるな……)
ゲームとか、ラノベでよく出てくる。
速くて、硬くて、正面突破してくるやつ。
(こういうのって……)
正面が一番危ない。
逆に言えば――
(崩れたら、一気に弱くなる)
確証はない。
でも、やるしかない。
(……一回戻るか)
タイミングを見て、小さく後ろに下がる。
人の陰に隠れる位置。
視線が外れた瞬間。
「……ログアウト」
小さく呟く。
視界が白く染まった。
⸻
自分の部屋。
「……よし」
短く息を吐く。
時間はほとんど進んでいないはず。
急いで準備する。
カッターを手に取る。
武器にはならない。
でも、狙い次第で意味はある。
そして。
「これも……」
ペットボトルの水。
数本まとめて袋に入れる。
(滑れば、少しは崩れるはず)
うまくいく保証はない。
でも、何もしないよりはいい。
「……行くか」
「ログイン」
⸻
広間に戻る。
状況は、ほとんど変わっていない。
魔物はまだ暴れている。
兵士たちが押されている。
(間に合った……)
少しだけ安心する。
でも、油断はできない。
タイミングを測る。
魔物の動き。
突進の癖。
(来るな……)
狙いを定める。
そして。
一直線に突っ込んできた瞬間――
ペットボトルの水を、床に投げた。
バシャッ、と水が広がる。
その上を、魔物が踏み込む。
――ズルッ。
「グルッ!?」
わずかに、体勢が崩れる。
(今だ……!)
「すみません、足元狙ってもらえますか!」
思わず声が出る。
命令じゃない。
お願いに近い。
それでも。
「……っ、分かった!」
近くにいた勇者が反応した。
軌道を変える。
横からの一撃。
ズバッ。
「ギャアアッ!」
バランスが崩れる。
完全に体勢が乱れた。
(通った……!)
そのまま、俺は横に回り込む。
怖い。
距離が近い。
でも。
「……っ!」
カッターを振る。
狙いは目。
浅い。
でも――
「グルァァァッ!!」
明らかに動きが荒くなる。
視界が乱れている。
「今のうちに!」
誰かが叫ぶ。
雷が落ちる。剣が走る。槍が突き刺さる。
さっきとは違う。
ちゃんと効いている。
そして――
「これで終わりだ!」
剣の一撃が、首元に入る。
ズバァッ!!
⸻
魔物が崩れ落ちた。
静寂。
「……倒した?」
ぽつりと声が漏れる。
次の瞬間、安堵の空気が広がった。
「助かった……!」
「生きてる……!」
あちこちから声が上がる。
俺も、ようやく息を吐いた。
「はぁ……」
手が少し震えている。
怖かった。
本当にギリギリだった。
「お前」
声をかけられる。
顔を上げると、剣を持った勇者がこっちを見ていた。
「今の……考えてやったのか?」
「えっと……」
少し迷ってから答える。
「たまたま、うまくいっただけです」
それが一番しっくりくる。
確信があったわけじゃない。
「速い相手って、足元崩れると動きにくくなるかなって思って……」
「それで、やってみただけです」
周囲がざわつく。
「それをあの状況で……?」
「初見だぞ……?」
ローブの老人が、静かにこちらを見る。
「ユウト」
「は、はい」
「お主……よく見ておるな」
「……たまたまです」
少し照れくさくて、視線を逸らす。
本当に、運が良かっただけだと思う。
でも。
さっきまでとは違う視線を感じる。
軽く見ていた感じじゃない。
少しだけ、評価が変わったような。
(……目立ちすぎてないといいけど)
内心で苦笑する。
とはいえ。
(何もできないよりは、いいか)
少しだけ肩の力が抜ける。
⸻
広間には、まだ緊張の余韻が残っている。
でも。
さっきよりは、確実に空気が変わっていた。
そして――
(このやり方、通用するかもしれないな)
知識と、ちょっとした工夫。
それだけでも、戦い方は変えられる。
そう思えたのは、大きかった。
⸻
ただのハズレ能力だと思っていた。
でも、もしかしたら。
やり方次第で――
(ちゃんと戦えるかもしれない)
そんな手応えを、少しだけ感じていた。




