第1話 ログアウトできる勇者
――正直、ちょっと疲れていた。
特別つらいことがあったわけじゃない。
ただ、毎日同じことの繰り返しで。
朝起きて、学校行って、帰ってきて、スマホ見て、寝る。
「……なんか、もうちょい変化あってもいいのにな」
ベッドに寝転びながら、ぼんやり天井を見る。
そんなことを思った瞬間。
――世界が、白く弾けた。
⸻
気がつくと、そこは知らない場所だった。
石造りの広間。
高い天井。並ぶ柱。
そして――
「ようこそ、勇者たちよ」
玉座に座る老人の声。
「……え?」
思わず声が出る。
周りを見ると、同じように戸惑っている人たちが何人もいた。
「ここは我らの王国。魔物の脅威に晒されておる」
ゆっくりと、でもはっきりとした声。
「ゆえに、異世界より勇者を招いた」
ざわつく空気。
「マジかよ……」
「これって、あれだよな……?」
小声があちこちから聞こえる。
俺も、同じことを思っていた。
(異世界召喚……?)
頭では分かる。
でも、現実感が追いつかない。
試しに頬をつねる。
「……痛い」
どうやら夢ではないらしい。
ちょっとだけ、笑いそうになる。
(いや、笑ってる場合じゃないか)
落ち着こうと、深呼吸する。
「これより、そなたらの“力”を確認する」
運ばれてきたのは、水晶のようなものだった。
一人ずつ触れていく。
「炎属性Sランク!」
「回復特化……貴重だ!」
触れるたびに光が溢れ、周囲が盛り上がる。
いかにも“当たり能力”って感じだ。
(すごいな……)
素直にそう思う。
同時に、少しだけ不安も出てくる。
(俺、何もなかったらどうしよう)
そんなことを考えているうちに。
「次」
呼ばれた。
「は、はい」
少し緊張しながら前に出る。
手のひらが、少しだけ汗ばんでいる。
水晶に手を置いた。
――ふわり、と弱い光。
「……?」
周囲が、静かになる。
表示された文字。
――《ログイン/ログアウト》
「……え?」
思わず見直す。
それだけ。
説明も何もない。
「ログイン……? ログアウト……?」
小さく呟く。
完全にゲーム用語だ。
「……戦闘能力ではなさそうだな」
「何ができるんだ、それ」
周囲から、困惑した声が聞こえる。
馬鹿にされているわけじゃない。
でも、扱いに困っているのは伝わってくる。
(まあ……そうなるよな)
自分でも、そう思う。
派手さはゼロ。
分かりやすい強さもない。
でも。
(これ、完全にハズレ……って決めつけるのも早いよな)
まだ何も試していない。
それに。
“ログイン”と“ログアウト”。
この二つの言葉には、なんとなく意味がありそうな気がする。
「ユウト、と言ったな」
玉座の老人がこちらを見る。
「は、はい」
「その力、分かるか?」
「いえ……まだ、よく分かりません」
正直に答える。
変に取り繕っても仕方ない。
でも、そのまま黙るのも違う気がして。
「ただ……少し試してみてもいいですか?」
自分でも意外なくらい、すっと言葉が出た。
周囲が少しざわつく。
「試す、とな?」
「はい。何か分かるかもしれないので」
老人は一瞬考えてから。
「よかろう」
頷いた。
「安全な場所で試すがよい」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
心臓が、少しだけ速くなっている。
広間の隅へ移動する。
人の少ない場所。
(……ログアウト)
頭の中で言葉をなぞる。
こういうのって、多分。
(声に出すタイプだよな)
小さく息を吸って。
「……ログアウト」
と呟いた。
――次の瞬間。
視界が白く染まった。
⸻
気がつくと。
そこは、自分の部屋だった。
「……え?」
思わず立ち尽くす。
見慣れた机。ベッド。スマホ。
さっきまでの光景が、嘘みたいに消えている。
「戻ってきた……?」
恐る恐る、スマホに触れる。
ちゃんと動く。
現実だ。
「……マジで?」
少し遅れて、実感が湧いてくる。
異世界から――戻ってきた。
それも、自分の意思で。
しばらくその場に立ったまま、考える。
(これって……)
すぐに一つの考えが浮かぶ。
(かなり、やばい能力じゃないか?)
危なくなったら戻れるかもしれない。
準備もできる。
情報も集められる。
他の勇者たちとは、明らかに違う方向の強さ。
でも。
「……いや、まだ分かんないか」
調子に乗るのは早い。
制限があるかもしれないし、戻れない可能性だってある。
確認しないと。
「……戻ってみるか」
小さく呟く。
少しだけ、怖い。
でも、それ以上に気になる。
「ログイン」
再び、白い光が視界を包む。
⸻
次の瞬間。
俺は、さっきの広間に戻っていた。
ほとんど同じ位置。
時間も、ほとんど経っていないように見える。
「……戻れた」
ぽつりと呟く。
周囲がざわつく。
「消えた……?」
さっきとは違う視線。
困惑だけじゃない。
少しだけ、興味が混じっている。
玉座の老人が、ゆっくりと口を開く。
「……なるほど」
その目が、わずかに細められる。
「興味深い力じゃな」
「……そう、ですかね」
自分でもまだよく分からない。
でも。
(少なくとも、完全なハズレではなさそうだ)
それだけは、なんとなく分かった。
⸻
異世界に召喚された。
でも、俺は――
“戻れる”。
この力が、どこまで使えるのかは分からない。
だけど。
(……ちょっとだけ、面白くなってきたかもな)
さっきまでの退屈が、少しだけ遠くなる。
不安もある。
でも、それ以上に。
少しだけ、ワクワクしている自分がいた。
⸻
これは。
どこにでもいる普通の俺が。
“ログアウトできる勇者”として――
異世界を攻略していく物語だ。
⸻




