第3話「投稿と矛盾」
朝の教室は、昨日と同じ静けさだった。
窓から差し込む光に、黒板のチョークの粉が微かに舞う。紗夜は自分の席に座り、スマホを手にしてログを確認する。フォロワー0の匿名アカウント――そこには昨日の彩音の誕生日や、教室での小さな出来事が記録されていた。
「……変なことになってる」
紗夜の指が画面のスクロールを止める。昨日投稿した内容が、すでに誰かのタイムラインに反映されている。しかし、表示されているはずの通知は来ない。クラスメイトはいつも通り、消えた過去を覚えていない顔で笑っている。
「これ……矛盾してる」
紗夜は小さくつぶやく。自分だけが覚えているはずの出来事が、どうしてデータとして残っているのか。Remindのシステムに何か問題が起きているのか――それとも、これは意図的な操作なのか。
昼休み、海斗が隣に座る。「なんだか、今日は元気ないね。紗夜?」
「ちょっと、考え事」
紗夜は淡々と答える。けれど心の中では、矛盾の種が静かに芽を出していた。自分だけが覚えている記憶が、SNS上ではすでに“存在”として扱われている。それを誰も気に留めない。
午後、図書室に向かう途中、彩音が慌てた様子で駆け寄る。「紗夜、昨日のログ、消えちゃったの!?」
「……消えてないよ」
紗夜はスマホを取り出し、匿名アカウントにアクセスする。ログは確かに残っている。だが、彩音の手元のスマホには何も表示されていない。紗夜だけが“真実”を保持しているのだ。
「やっぱり、私だけ……」
彩音の小さな声が響く。紗夜はそっとうなずく。誰も覚えていない事実を、紗夜だけが残している。それは孤独で、けれど責任でもある。
その夜、自室で紗夜はログを整理する。
「誰かに見せるためじゃない。私のためでもない。記録するのは、ただ残すため――消えた記憶を、確かに存在させるため」
指先が画面を走り、文字が並ぶ。
「昨日の彩音の誕生日。教室に残った時間、窓の外の光、誰も覚えていない笑顔――私だけが覚えている」
ふと、通知がひとつも来ない画面を見つめる。
「誰かが……また、何かを消そうとしている」
その瞬間、部屋の奥でスマホが振動する。画面には、匿名アカウントに届いた「無題」のメッセージ。
『あなたは……本当に覚えているのですね?』
紗夜は息を呑む。送り主は誰か。友人か、それとも……。
答えることができないまま、指先はログを打ち続ける。
消えた記憶を拾い上げる作業は、まだ始まったばかりだった。




