第1話「通知が来ない朝」
朝、通知が来なかった。
それは世界の合図ではなく、誰かの過去が一つ消えた音だった。
学校に向かう途中、紗夜はスマートフォンを握りしめる。友人たちは既読スルーの嵐、通知の数が通常通りなのを確認して安心しているように見えた。だが紗夜にはわかる。今日も、誰かの記憶が消えた――そしてそれは、まだ世間に知られていない小さな出来事だ。
教室に着くと、佐伯彩音がひそひそ話をしていた。「ねえ、昨日のこと、覚えてる?」
彩音の目は揺れていた。しかし、紗夜の中には昨日の夜、彩音が落としたスマホを拾った瞬間の記憶がくっきり残っている。友人たちは笑いながら忘れたふりをするが、紗夜は無言でスマホを取り出し、匿名アカウントにその日の出来事をメモする。
「……記録しなきゃ」
指先が画面を走る。消えた記憶がここに、私のログに残る。
授業の合間、幼馴染の高橋海斗が顔を出す。「紗夜、今日もスマホばっかり?」
紗夜は小さく首を振る。「必要なの……」
海斗は言葉を選びながらも微笑む。紗夜だけが覚えている、他人には消えた事実――それを守るため、今日も一歩踏み出す。
午後、廊下を歩いていると、遠くに黒いコートを着た人物が見えた。御園玲――Remind企業の研究者。視線が交わった瞬間、紗夜は冷たい予感を覚える。
「……始まるのかもしれない」
消えた記憶を、紗夜は一人で拾い上げる。誰も知らない真実を、この手でつなぎ止めるために。




