別れ話
「別れましょう……」
麻美は低いトーンでそう言った。
その言葉は、俺の心に矢のように鋭く刺さる。
「ふざけるな! 俺はお前と一緒にいたい!」
つい、熱くなって木製の机を叩いてしまう。そんな俺の荒げた姿を見て麻美は、胸の前に平手を差し出し、「まぁまぁ」と宥める。
「冷静になって考えてもらえれば分かると思うのだけど、あなたと私が一緒にいる理由はないわ」
「くっ……」
前々から思っていたが、麻美は気が強い。こういう時でこそ氷点下級の冷たい言葉を吐く。
「ならお前は――コイツと一緒になるっていうのか?」
机の上に広げられている紙を指差し、声を荒げる。麻美は冷静に対応する。
「ええ、そうよ。そのほうが効率的だから」
酷い女だと思う。だが、それでも俺はこの女が好きなのだ。
「効率、効率って……。そんなに効率が大事かよ!? お前には『楽しいから』とか、そういう理由がないのかよ! 俺だったら一緒にいたい理由は、楽しいからとかだけどな?」
立ち上がって講義をする俺に、麻美は引いたのか、少し椅子を引く。
「別に私は――そんなつもりじゃないわ。それに、効率的なのはイコールで楽しいになるはずだわ。最初はそういう気持ちでも、後から……、なるかもしれないじゃない」
「ケッ。俺はお前が好きだから一緒にいたい。お前はどうなんだ? こんなへなへなでガリガリのどこがいいんだよ」
麻美の眉が少し動くのを俺は見逃さなかった。
「そういう気持ちは渡辺君に対してないわ。もちろんあなたにもそんな気持ちはないから」
その時俺は思った。最初から俺の片思いで、こいつにそんな気持ちはなかったんじゃないかと。
「ガリガリが! なぁ、麻美。渡辺に思いがないのは確認できたが、これだけは確認したい」
「何かしら?」
「筋肉マッチョはいいだろ? 俺みたいな!」
「それはまぁ……」
俯く麻美。俺は自慢の筋肉を褒めてもらって、強制的に納得した。これ以上、こんな口論を続けていてはバイトに間に合わなくなる。
「俺は、そろそろバイトの時間だ……」
「私もよ。じゃあ、そんな形でいいかしら?」
麻美が立ち上がったので、俺も立ち上がる。
「ああ、残念だけどな。こればかりは仕方ねぇ。お前に迷惑かけるだけだもんな」
「それじゃ、さよなら」
俺は何も言わず、麻美の後ろ姿を見送った。そして「まだ、お前のことが好きだからな」と、自分にも聞こえないような小さい声で、独り言を言った。
窓の外の夕焼けが綺麗で、しばらく見とれていた。ハッとして腕時計を見ると、もう五時を過ぎたころだった。
走って、部屋を出る。
「さ、バイトバイト!」
「こらー! 走るなぁー!」
池亀教頭の怒鳴り声が廊下に響く。無視して、走り続けた。
「ま、いっかな」
納得しないながらも、こうして私立東船川高等学校の登山修学旅行の班が決まった。
俺は、A班で。麻美はB班だ。 俺は渋々、麻美と『別れて』しまった。