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動詞シリーズ  作者: 蛇頭蛇尾
食べる
8/8

食べる ③

【食べる】最終話です。


餓鬼については、あまり参考文献を漁っていません。


作者はいい加減な性格なため、思いつきでキャラを登場させ、思いつきで物語が展開されます。既にそのような作風であることを察知した方々を含めて、あらかじめお伝えさせていただきます。


「お待たせしてすみません、天羽さん」

「……維旨籐さん、ですか」

「その節は、お世話になりました」

 日が傾きかけた頃、渋谷駅の忠犬ハチ公像の前で、私たちは落ち合った。

 あれから一カ月半が過ぎていた。

 事件のお礼にと食事に誘ったところ、色良い返答をいただけた。

 集合時間の二十分前に来ていた私は、その五分後に現れた天羽さんを即座に発見した。

 ダークグリーンの七分丈無地シャツにスラックス調のチノパン、白スニーカー、銀縁の伊達眼鏡が三白眼を抑制していた。服装に頓着の出てくる学生らしい格好だが、同世代より大人びているように思える。もしくは、そう見せようとしているのかもしれない。

 私を別人だと認識していたらしく、一度目が合っても気づかなかった。真後ろに居る私に背を向けて、周りを見渡していた。その様子には、口角が上がってしまった。

「お元気になられたようで、よかったです」

 驚嘆した彼の反応は、お世辞ではないだろう。

 元の体形を取り戻しつつある私は、別人のように見えているはずだ。筋力を取り戻した身体は事件前より活力に溢れており、二十代の外面になっている。白髪は生え変わるまで黒染めで誤魔化している。たとえ気づかれたとしても、彼のような人格者がわざわざ口に出してくることはないだろう。

 仕事終わりなこともあって、眼鏡をコンタクトに変えただけのスーツ姿だが、若々しい学生にはどのように映っているだろうか。

 多少なりとも異性として……などと考えている間に、目的地へ辿り着く。

 バルミール・レブン。ハンバーグなどもメニューにはあるが、ここに来る客のほとんどは鉄板に乗せられたステーキを目的にしている。

 食べ盛りの大学生には、うってつけだと判断した。

「ステーキなんて、そんな、」

「遠慮は不要です」

 照明の控えめな明かりが落ち着いた雰囲気を醸し出しつつも、客たちの弾む声や笑い声が絶え間なく響き渡り、そこに肉汁の弾ける音が混ざることで、まるで小さな祝祭のような熱気が漂っている。各テーブルから立ち上る湯気が照明に照らされ、うっすらとした白い煙が空中で揺れている。

 案内のままに喧騒を横断し、予約席につく。対面に座った彼にメニュー表を手渡した。

「ええっと、じゃあ、これを、」

 予想通り、早々に遠慮の癖を出してきた。

 指差したのは、○×の□△。リーズナブルだが確かな味を保証している店内人気三位のもの。

 悪くない。経済的かつ店の雰囲気と共に堪能できる逸品だ。

 しかし、そうはさせない。

「わかりました。$£の?¥を二つ」

「え、あれ? 維旨籐さん! それ一番高い奴じゃ、」

 タッチパネルの操作権を利用し、先んじて一番人気のものを二人分頼む。

「まあ落ち着いてください。こういう時こそ美味しいものを食べたいじゃないですか」

「ですが、」

「厚意を振り払わないで欲しいです」

「……わかりました」

 諦観して頷いた彼の姿は、年相応だった。

 社会人としての威勢、接待の手管ならば、一日の長がある。

 私としては、接待のつもりは微塵もないのだが。

「あれから、食べる量は、」

「一般的な水準に戻りました」

 あれから後遺症のようなものもなく、日常生活へと戻っていけた。

 仕事へ復帰し、妹から返信をもらい……まあ、食物に対する畏敬と感謝への意識は、わずかながらも向上したように思う。

「何よりです」

「餓鬼については、」

 件の妖怪について、聞きたいことはそれなりにある。今ではあまりマイナスな印象を持っていない。あの子にも、相応の理由はあったのだから。

 嘘だ。少しは抱いている。とはいえ、激昂するほどじゃない。

 展開しようとしたところで、話は蒸気によって遮られた。

「お待たせしました。ご注文の品になります」

 目の前に運ばれてきたのは、まさに店の誇りと呼ぶにふさわしい一皿だった。鉄板の上で輝くステーキは、絶妙に見極められた焼き加減で美しい焦げ目を刻まれ、断面からはほんのりとした桜色が覗いている。滲み出る肉汁は熱せられた鉄の上で音を立て、芳醇な香りを小さな煙とともに立ち上らせていた。

 花弁のようにカットされたニンニクのスライスがステーキを飾り、黄金色に輝きながら食欲をそそる。そして、控えめに添えられた彩り豊かな野菜たち──柔らかく煮込まれたブロッコリーやキャロットが、華やかさを加えながらも、ステーキの存在感を際立たせていた。

 タレは小さな小鉢に入れられており、かけるのではなく、少しずつ浸して味わえるようになっている。そのタレをすくい、ステーキにそっとつけて口に運べば、肉の旨味とタレの絶妙なコントラストが広がるに違いない。

 ライスは大盛り、おかわりは三杯目まで無料だ。

「まずは、いただきましょうか」

「そう、ですね」

 平静を装っているようだが、瞳は輝いている。こうして見れば、大学生らしかった。

「それでは、ご馳走になります」

 鉄板を肉汁で湿らせる光景に、喉奥を昂らせた。

 彼を攻略する前に、腹ごなしをしなければ。

「ええ、堪能しましょう」


 眼前の料理は、十分に満たしてくれそうだ。


 二人して、合掌する。

 

 いただきます。






次作はいつ投稿できるかはわかりませんが、なるべく早くできるように頑張ります。

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