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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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窓をコツンと叩く音。ルイはそっと外を確かめてから窓を開けた。するり、と褐色の夜鷹が部屋に静かに入ってくる。

キョキョキョ。

軽い鳴き声。

頷くと、ルイは窓を音をさせずに閉めた。

それからゆっくりと右手を天井に指してから振った。

ぱちんと微かに音がたつ。

と同時に夜鷹はするすると姿をヒトガタ、サヨに変化させた。

さらりと流れる黒髪。灰色のドレスをしならせてうん、と伸びをする。

「この流れも慣れてきたわね」

「ああ。俺も音遮断の魔道に手慣れてきた気がする」

アンヌに強く請われたのは、ルイが魔鳥、魔物と通じていると見なされる種子を作らないこと。また女性がルイを訪ねていると気取られぬようにすること、である。

対策として、まずは稀有な存在として人目につく黒い鳥の姿で宮を訪れるのを、サヨはやめた。褐色の夜鷹に化けて空に紛れた。夜目の効く鳥ならば夜間の飛行も不審に思われない。昼間はさらに一般的な鳩になって飛ぶ。魔力を持たないただの野鳥は、監視の対象にならない。

そして部屋に入り込んだら、ルイが音声遮断魔法で覆って室内を窺い知ることは不可能にした。

この魔法は、既に使いこなしているレミに特に請うて教えてもらった。数回の個人練習の後、穴だらけの遮断が出来たのを端緒として、回を重ねる度、遮断膜は緻密に正確に構築されるようになった。今では特別に魔道でもって精査されぬ限り、室内の様子は漏れないレベルに、しっかりと音を遮蔽できる。


どうやらこの魔法は性に合っていたらしい。ルイ自身の感覚では、能動的なものより受動的、守りに向いた魔法の方が修得も上達も早い。

ルイとサヨが配慮したのはそれだけではない。

「ルイ様を信じております」

アンヌは言ったが、その時の顔を見てルイはこのままではまずいと察した。

極めて穏やかな風を装っているが、とても怖い。怖かった。

さらに、サヨと会う時は完全にルイの部屋から閉め出されたシャルロットの傾いた機嫌も取らねばならない。


まず、サヨと会う回数を減らした。

頻回であったのを七日から十日に一度程にした。

次いで夜更かしもあまり過ごさぬよう努めた。寝不足で昼の活動に影響するのを避けるためだが、お陰で剣の稽古を眠気で台無しにすることはなくなった。すると覿面にシャルロットの機嫌は上昇した。

アンヌの眉間の皺は緩まりメラニーとクレアも胸を撫で下ろして、宮の空気は明るくなった。

幸いである。


そのようなわけで、実に八日ぶりのサヨの訪問だった。例の事件以降、夜鷹のサヨと会うのは三回目。

お互い、新しいやり方にも馴染んできて、そろそろ新しい話をしても良い頃合いだった。


ルイは唇を湿して、定位置のソファに座るサヨに語りかけた。

「そういう訳で、ジュールは俺に赤い玉を託したんだけど」

「うん?」

「呪いは、いつ解こうか」

条件は揃っている。あとはサヨが頷けば、ルイとジュールが玉を講じて解呪が可能だ。

しかしサヨは眉を跳ね上げた。

「はあ?何でさっそく宝玉の力を使おうと思っているのよ」

「え。だってジュールが渡してくれたってことは俺に判断を委ねたんだよ。宝玉の力が必要になるのってゲームが始まってからだろ?あと数年猶予がある。今のうちなら使っても大勢に影響ないよな」

「そうだけど」

「じゃあ、解呪はいつにする?」

善は急げとばかりに提案した。だがサヨは首を振った。

「いらない」

「え、なんで」

「解いたら鳥、に戻れなくなるじゃない」

「それはそうだけど」

魔物でなくなるのだから当たり前だ。それが人間になるということだろう。

「鳥になれた方が何かと便利だし。このままでいいや」

「は!?え、だって魔物のままだと王居やそこらの防御魔法や遮蔽ベールに引っ掛かるんだぞ。魔道士や騎士の排除対象だし、魔道師に狙われることだって」

「そんなのにやられる程間抜けじゃないでーす」

サヨは唇を突き出した。

「宮に入るのだっていろいろ支障があるんだろ」

「うーん、それは不便だけど。ルイが羽根を置いてくれればいいから、大丈夫」

「魔物の群れに襲われるのも止まないぞ」

「変な奴に追いかけられるのは前世から慣れてるから、平気」

「だけど」

冗談でも前世のことを持ち出さないで欲しい。だがサヨは譲らない。

「今度はやられたりしない。ルイよりよっぽど強い」

「でも」

「少なくとも。ルイがゲームのラスト、無事にエンドマークを迎えるまではこのままでいるわ」

それはつまり、ゲームの展開に関わるということだ。近い将来現れるヒロインに絶対に接触しなければならないルイを助ける為に、現状維持する道を選ぶという。

「かつてのゲームプレイヤーとしては気になるじゃない?」

そんな軽い言葉でルイの反論を封じて、サヨは宝玉を使う話を終わらせた。


火を扱える黒魔鳥。

人に追われ魔物から狙われる業を引き受け、サヨは半魔を選んだ。



なのだが。

「魔物のままだとシャルの当たりはキツイままだよ?」

「あー」

ふと思いついて言うと、サヨは頬をひくつかせた。

「お姫様、元気だよね」

本当のところ、シャルロットはサヨが魔物から庇ってくれたことに感謝しているし、今更ルイに害をなすとも思っていない。

ただ、自分の預かり知らぬところでルイとサヨが親しくしているのが面白くないだけだ。とルイは思う。

しかし、前の世界の話やゲームについて、妹に知られるわけにはいかないのだから仕方ない。

「まあ仲良くするよ」

「本当に?」

「多分。喧嘩にならなきゃいいでしょ。あ。それこそ宝玉出現させたら喜ぶかも」

「う。シャル、絶対喜ぶけどそんなので宝玉出したら駄目だろ」

サヨのとんでもない提案にルイの心はほんの少し揺れた。だが首を振って誘惑を退ける。

「せっかくサヨが発現させないって決めたんだから。本当に必要になるまで取っておこう」

「──。さすがルイ」

「何それ」

またからかうのかと言い返したが、正面から見たサヨは存外真面目な表情だった。

「褒めてるんだよ。本当、さすがルイ」



聖なる宝玉は解呪の奇跡。いかなる呪いも魔道も無に帰す稀なる力。世の歪みを全き正しき様に戻すもの。そは光にも闇にも力を究めたり。悪しき心の主に囚われれば世界を滅せん。正しき手に委ねられるは果報なり。


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