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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
95/275

94 魔物


全てが終わって、日常が繰り返される生活に戻ったある日。

ジュールが宮を訪れた。

互いの労苦を労ってから、ルイは一つ頼み事をした。

「今度から、魔物について細かく詳しい知識を授けて欲しいんだ」

ルイは常世の森の事件の後、アルノーとジュールから魔物の存在と国との関わりについて簡易に説明を受けていた。内容はといえば、シャルロットとマクシムがメラニーから教わったものとほぼ同程度であった。

「それは、今回の事件を受けてでしょうか」

「うん。常世の森もそうだったけど、この間いろいろな魔物に襲われただろ。それで俺は何も知らないって思い知らされたんだ。以前教わったものでは足りない。種族や生態についてできうる限り学ばないと対処できない」

魔道庁が管理しているとはいえ、多くの魔物が隙あらば人の生活圏に現れる。なのに、様々な種の魔物について何も知らないのだ。この機に彼らの生態と能力、あれば弱点を把握して、しっかりと備えておきたい。

ルイは強い決意とやる気に満ちていた。

先日の事件もあって、頼み事という体だったが当たり前に了承されると信じきっていた。

しかし意外にもジュールは首を振った。

「それは、殿下のお申し出でも難しいです」

「え?」


断られるとは微塵も考えていなかった。

かつていた世界の動物図鑑とまではいかずとも、図書館に集積された関係書籍、体系的に分類された資料を学ぶことは、今の状況では望ましい筈。むしろ学びを推奨されると考えていたルイは当惑した。

「実は、魔物の研究はこの国ではあまりされておりません。存在は明らかですから、前にお教えしたような魔物の脅威や危険を一通り知ることはできますが」

「そんな。だって結界で守られてるとはいえ、魔物が存在する世界で何も知らないままなんて。そんなの、不安定すぎるだろう」

それで国が成り立つのか。魔道庁や騎士団、軍が存在しても、国の脅威に対して深く学ぶ姿勢を持たずして有効な戦いができようはずかない。

不信が顔に出ていたのだろう。それを口にするより先に、ジュールが語り始めた。

「元々は当たり前のように研究されていたのです。我が国がここに存在する間、人々が遭遇し戦い、敗れ、あるいは勝ち、その中で得た魔物に関する知識は貴重な記録となりました。子々孫々、国の将来の役に立つよう、未来に向けて連面と書き継がれていた。また特に学問として分類するため、屠った魔物を綿密に調べた者もあったようです」


しかし、とジュールは言う。

「百年程前に、ほとんどの魔物に関する資料、研究が喪われた」

「どうして!」

「わかりません。とにかく殿下が通われるアルノーの巣、王立図書館に蓄積されていた魔物関連の書や資料がある時期にまとめて消え失せたのです」

「そんな馬鹿な。誰がなんの意図でそんなことを…」

信じがたい内情を明かされて驚愕する。

王立図書館は国の知識の集積所。故に不審者の侵入を許さぬよう管理は厳格だ。そもそも王居のエリアは極限られた王国の中枢にある身分の者、そしてそれに仕える身元確かな人々しか存在しない。

一定の許可を得た平民も出入りできるが、彼らは皆、貴族や官僚から身元の保証をされた者ばかり。不審な者は弾かれる。

もちろん魔法が当たり前に使える貴族が多いから、魔道での護りも厳重だという。

だというのに、ある日煙のように多数の資料が失われた。王宮の命で捜索されたが、今に至るまで犯人も資料も見つからぬまま。

「一切の手がかりも掴めず、それ故、犯人像も資料を奪った意図もわからずに時が過ぎました」

ジュールの言葉は事実なのだろう。

「それでも失った資料の復元を試みたり新たな研究や資料の収集、体系的な分類をする学者や魔道師が折々現れましたが、ある時、再び関連資料が消失しました。そして、年月を経てそれは繰り返し起こった」

それにしても。

「管理する者は何をしていたんだ」

「もちろん、図書館の管理者も警備の兵もおりました。国の直轄の施設ですから。しかし常に監視と管理を怠らずにいても、忽然と失われる時があるのです。資料まるごとであったり、研究の核心だけが欠けたり、貴重な標本が散逸したり。時期もまちまちで本当に不意にその損失は訪れるのだそうです」

苦々しいというより、何故そのような事態が起こるのか理解できないと首を捻る。


「アルノーやジュールがいる時にもあったのか?」

「いえ。アルノーが図書館に入る直前に多数の資料が紛失する騒ぎがあったのが、最後かと。三十年程前になりますか。しかし以後の収集が上手くいっていないようで、現在集まっている資料はあまり質が高くないとアルノーが嘆いております」

「そんなに安定した収集期間があったのに、資料が満足に集まっていないのか」

「なんというか。度重なる紛失で収集しても無駄になるのではという意欲の低下が蔓延しております。加えて、魔道庁や騎士団による我ら人間と魔物との住み分けが、王国内である程度進んだお陰で、接触の大幅な減少で危機意識も高まらず。御しやすい有益な魔物は飼い慣らし利益を得るだけに留め、積極的に魔物の生息地や危険地帯に赴いて研究しようとする者も年々減っております」

「ああ」

問題の先送り。見ない振り。

組織としてあるあるだ。

「ですので、我々は長じて王国の機密文書に触れる機会を得たのですが、正直、魔物について満足に学べるだけの研究書などは皆無でした。わずかに国の各地方に残る言伝えや伝奇話、挿話をまとめたものや真偽不明の魔物出没や怪事件の報告が、なんの整理もされぬまま魔物の資料として王宮の資料室に長く保管されておりました」

貴族社会で主に流通するのは、メラニーが所蔵し講義した書で、魔物全般を最も記したと一定の評価を持つという。既にルイもジュール達から勧められて読破済みだ。

確かに一般的な魔物の存在と人との関係、立ち位置などをわかりやすくまとめているが、しかし実際に彼らと対峙するならば、情報が全く足りない。

「そんなに魔物の研究は放置されていたのか」

「はい。ただブリュノ将軍が過去に辺境に赴いた際の遠征録がいくつかありまして。書記がまとめた中に掃討した魔物の種類や数、その形態や特性、さらには出没地域が細かに記されていて非常に感銘を受けました」

「さすが」

ルイは唸った。

「資料室の山積の記録や報告はアルノーがまとめた後、通じた騎士や魔道士が該当地に赴任する折に真偽を確かめてもらっています。そうして魔物の存在が確認できたり、さらには魔物の個体を認められたらその旨をまとめています。本業のついでに知り得た場合に限られるので、進捗は早いとは申せません。それでも長年の調査で多少は明らかになったものもあります。私が魔道士長になってからは、魔物との接触、また常世の森や王居の防御魔法を確認する際に現場で遭った事象などは、なるべく全方位的に網羅して記録するよう努めておりました」

故に、森で襲撃された小鬼や蜥蜴に関しては生態、攻撃性や主な生息圏などは把握できているという。

「ただ、私が魔道庁を辞してからは、魔物に関しての新たな情報を知ることはできなくなった。今の魔道庁でどのように把握しているかも不明です。私が知り得た魔物の種類も片寄っている。この度の地下にいた魔物は、ほとんど資料もなく目撃情報すらあがってないので、白紙の状態で対峙しなければならなかった。魔物に強いサヨ殿がいて助かったとも言えるでしょう」

ジュールが語ったのはルイの問いに対するほんの一端に過ぎない。しかし魔物に関する知識の穴、隙間を埋めることなく放置している組織の体質、それはこの国の至るところで今も起きているのではないか。

ルイの生まれたこの国、ナーラ国には既に根深い諸問題が蔓延り、看過し得ない不備が多くあるのだろう。国王がいて、王族と貴族がいて魔法が使える。字面は華麗なこの国の裏に潜む暗闇。魔法で護られたうちで見ない振りを続けた場には、魔物が手を伸ばし蠢いている。良い状況とは言えない。


全てはゲームのスタート、破滅を救うヒロインの為の世界をお膳立てするものでしかないのか。

小さく吐息を吐く。

しかし現実に生きる身としては、よりマシな世界にと足掻くしかない。

ルイはせめてもと、アルノー達の集めた資料の閲覧許可を頼んだ。

資料はいつも居着いている書庫ではなく別の場に保管しているという。ジュールは口にしなかったが、資料の紛失を怖れてだろう。幾度も失われた図書館では危ういとみているのだ。近いうちに連れていってもらう約束をして話は終わった。



「それから、殿下にこれを」

辞去しようと立ち上がったジュールは、さらりと小さな木箱を取り出した。飾り気のない、彩色も施されていない生木の箱だ。

「?なに」

「赤い玉が封印されてます」

何気なく告げられ、ルイはぎょっとした。アレ、つまり宝玉に繋がる大事な鍵だ。そんな安易に渡すものではないと思う。

「それってサヨの青の玉と対の」

「はい。こちらで保管していただければ、と」

「なんで」

万一に備えて、サヨと分けて所有するのではなかったか。

「私の元にあっても非常時に困りましょう。宝玉の力を望んだとして、サヨ殿と同じ場に居合わせるのはルイ殿下の方が遥かに多い。殿下の手元に置いた方が合理的です」

「そんな、簡単に預けられても」

「この箱には封印を施しております。物理的な衝撃、攻撃では玉を取り出せない」

そっと指で木箱を撫でる。

「これを解くには、ルイ殿下の第二宝剣でこの箱を打てば良いのです」

あまりに簡単な解呪方法に絶句する。けれどジュールはそれが最善と語った。

「ルイ殿下ならば簡単です。けれど他の者ならば困難を極める。特に魔物にとっては宝剣に触れることすら不可能。だから良いのです」

「でも、そうしたら俺はサヨのために宝玉の力を使ってしまうかもしれない」

「殿下が必要と判断したなら構いません。それが最良の選択と信じます」

「そんなに俺に信頼をおいていいのか?サヨと結託して愚かな、間違った道を進むかもしれないのに」

正直、宝を預けられるのは重荷だ。既に聖剣を得てしまっている。なのに、願いを叶える宝玉まで委ねられるなんて。

向けられる信頼が重く怖くて、そんな風に尋ねた。しかし尖った問いは簡単に往なされた。

「そうなったら全力で阻止します。でもそうならないと私は考えている」

「なんでそんな風に考えるかな」

「まず、あの黒魔鳥。サヨ殿は他の魔物と異なる生き物のようです」

「──半魔だから?」

「と考えてましたが違う。全ての魔を網羅しているわけではない私の欠けた知識故かも知れません。でも魔鳥は魔物と別種であるのかも」

「そんな…」

「そのようなわけで、サヨ殿を必要以上に警戒するのは止めた。伝説の黒魔鳥は、我らに敵対するものではないのやもと思い直したからです。サヨ殿の判断は我らに利するもの、少なくとも殿下の為になるのではないか、と」

「でも。俺が間違っていたら、それこそ危険だと考えてなかったのか」

「初めてお会いしたのは六歳の殿下でした。その時からずっと言葉を交わし、人となりに触れました。日々を積み重ねていく間で、殿下は信頼に足る方と我がうちで感じたのです。

ええ。難しいことを取っ払って正直に言ってしまえば、私は殿下を好きなのですよ」

いつになく柔らかな表情、砕けた口調。

「アルノーも同じです。気づいておられるかもしれませんが、あれには当初は、殿下のお身の上を利用しようという不埒な思いがありました。しかし殿下の学問に対する真摯な姿勢や並外れた向上心に、我々は思いがけず惹き付けられた。我らを信頼してお心を傾けて下さる素直さに絆された。次第に殿下に己の抱える知識を付与することに夢中になっていた。殿下は知らぬうちに我々を籠落してしまったわけだ。実に見事な手際でした。もはやアルノーも殿下に対して損得抜きで接するようになってます」

本人は否定するでしょうがね。

こっそり付け加えて、ジュールは笑みを残して宮を辞去した。



ルイの部屋には小さな箱が残された。


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