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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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「てことが、あったんだよね」


シャルロットがマクシムに地下で魔物と遭遇した顛末を告げたのは、剣の稽古が終わる間際。既に日が傾いて、そろそろ帰り支度をせねばならない頃合いである。


雑談の最後にさりげない風に落とされた爆弾に、マクシムはしばし呆然とした。

次いで、なんだそれは、何が起きた、と頭の中を疑問と焦りが駆け巡った。

何しろ、シャルロットはしごく簡単に、

「昨日の夜にさ。魔鳥がルイを連れ去っちゃって。ジュール達と追いかけたら地下に落ちて、たくさんの魔物と戦うことになったんだよね。で、結構大変でね。一晩かかったんで、実は寝不足」

だから私、今日は欠伸してたんだ。

と、軽く語ったからだ。


「なんですか、それ…」

「うん?そもそもの発端は、ルイが私に隠れて魔鳥なんかと仲良くしてたせいなんだけど」

ようやく乾いた声を出せたのは、たっぷりと沈黙が落ちてからだ。なのに、さらに聞き流せない話をされて、頭はますます混乱する。

「ずーっとルイの様子がおかしくて。マクシムにも聞こうかなって思ってたんだ。そしたら魔鳥と会ってたんだよ。で、いっぱいの魔物に襲われて。とにかく地面の下なんで、壁が崩れたりして大変だった!」

しかしシャルロットは、マクシムの動揺に気づかないで元気に続ける。

「そうそう。ジュールが私の剣にも魔法かけてくれて。マクシムが前に話してくれたやつ。それでね、私も魔物を倒すのをがんばったんだ」

にこにこにこ。

言いたいことだけを吐き出して、かつ心持ち胸を張っているシャルロットは微笑ましいが、話す内容はとんでもない。


自分の知らぬ間に、なんてことになっているのか。

ルイ様と魔鳥?

魔物ではなくて?

それは敵なのか、それとも。

ジュール殿の見解は。魔物に襲われた場所は。結果、どんなことになったのか。

シャルロットの話では全く見えない。

「ちょ、っと、話が見えない。何があったのか最初から順序立てて話してくれませんか」

「ええー?そうすると長くなるよ。面倒くさい。それに、もうマクシム帰る時間でしょ」

「じゃあ、なんで今頃なんですか。こんな大事な話をするのが」

「だって最初に話したら、稽古できないじゃない」

自明の理とばかりにシャルロットは答えた。

それは確かにそうだが。こんな帰り際に大事件のさわりだけを告げられては、マクシムだって平気ではいられない。

「あー。シャル様の気持ちはわかるけど。でももう少し詳しく教えて欲しいんですが」

「ええー。でも時間なくない?」

「それは、そうなんですが」

言い合う二人に、サロンの隅に控えていたメラニーが口を挟んだ。

「マクシム殿。よろしければ夕食をご一緒にされては」

「え、でも」

「わ。そうしよう、マクシム!」

戸惑うマクシムを他所に、シャルロットはメラニーの提案に飛びついた。

「でも、そんな。ご迷惑ではありませんか」

仮にも宮邸である。そんな簡単で良いのだろうか。

当然の疑問に、メラニーは軽く咳払いした。

「シャル様のお話だけだと少々、一方的になりますから。ルイ様からも聞かれた方が全容がおわかりになるかと」

「そんなことないよ。メラニー、ひどい」

「シャル様はこうおっしゃいますが、私が聞いた限りでは、ルイ様と近しくなった魔鳥に関して過度に辛辣でございます」

「~~!」

図星だったのか、シャルロットが黙り込んだ。ちらりとその様を眺め、メラニーは再度マクシムを誘った。

「ですので、どうぞ遠慮なさらずに。ご予定がなければ、私からお屋敷に連絡いたします」

「あ、予定は、ないです、特には」

「では、そのように。シャル様、マクシム殿を居間へお通ししてくださいませ」



そうして。

急遽、宮邸での夕食に招かれることになったマクシムは、空いた時間に図書館から戻ったルイからも顛末を聞くことになった。

ルイの語りでは、魔鳥が魔物ではなく一個の人間のように扱われた。女性の姿になると知って驚いたし、他の魔物と違う存在なのだと感じた。サヨという名前すらある。ルイとは随分と親しいようだった。それも、シャルロットが気に入らない要素なのだろう。

とにかく、ルイとその黒魔鳥のサヨが既知を得たのに端を発して、夜中の魔物との地中での交戦になったのだ。ジュールとレミという頼りになる二人がいたのは幸いだった。以前、マクシム自身が経験した魔物──小鬼よりも数も強さも桁違いだ。ジュールとレミ、それから強い力を持つ魔鳥。彼らがいなければどうなっていたことか。

ルイの話は事細かく臨場感すらあって、シャルロットに危険が及んだところでは、聞いているだけでも肝が冷えた。

それでも、数多の魔物を倒して、こうして無事に宮に戻ってきたのだ。


「それで、その見つけた玉は」

長い話は夕食の席まで続いた。供されたのは案外と質素な食事で、急な招きに恐縮していたマクシムは少しほっとした。

「うん。結局、宝玉の元になる玉だったんだ」

ルイの言葉に、マクシムは息を詰めた。

たった一晩で、本当に何が起きてしまったのだろう。無意識に食卓のクロスを握り締めてしまって、慌てて皺を伸ばした。

「あの。でもそうなると、ルイ様は前のアレと、」

ぼかしてみたが、ルイはすぐに察して頷いた。

「そう。二つも手に入っちゃったんだ。異様だよな。その辺も含めてジュールがアルノーと調べてくれるって。まあ玉は一応、ジュールと俺とで分けて保管することにしたんだけど」

国の伝説の宝のうち、二つまでも手に入れて、さらには幻とも言われる魔鳥とも繋がって。

卓を挟んで苦笑する見慣れた王子が、マクシムには空恐ろしい存在に思える。


だって、本人も驚いたと口では言いながらも落ち着いているのだ。宝が発現するなんて普通ではない出来事だ。それが短い期間で二度も、同じ人間に起こるなんて異常だと、思ってはいけないだろうか。

ルイ王子は特別に選ばれた何かなのか。ナーラ国の王家の血筋のせいなのか。

それに加えて、これまた知らぬ間に友誼を結んでしまった、サヨと呼ぶ魔鳥に対しての距離感だって少しおかしい。仮にも魔物だというのに、ルイが魔鳥を疑う様子は全く見られない。

これに関してはジュールが、そしてアンヌも容認しているのでマクシムごときが異議を挟む余地はない。ないが、ルイ自身が全幅の信頼を寄せているようなのが少し不思議だった。


それにしても。

マクシムは、長話に飽いて目を擦っているシャルロットを見た。ここまで、詳しい説明のほとんどをルイに任せて食べることに専念していた。

「昨夜の今日で、疲れてるでしょう。今日の稽古は休みにしても良かったのに」

「とんでもない!マクシムが来られるのに稽古しないなんてあり得ないよ」

だがマクシムの申し出に一気に覚醒したらしい。早口で一蹴する。

「でも、」

「午前中、少し寝たから大丈夫。欠伸は出たけど、剣はちゃんと振れてたでしょ」

先程までの眠そうな姿が嘘のように、強い声音で主張する。シャルロットの剣術に対する熱は、呆れる程高い。

「それは、もう。いつもよりも激しいくらいでした」

その評価に満足したようにシャルロットは笑う。

常より剣筋が鋭かったのは事実だ。

もしかしたら。

昨夜出会ったという魔物との立ち回りで実戦を経験してしまったシャルロットのうちに、殺気や覇気の残滓があったのかもしれない。


かつて父に言われた言葉が胸に響いた。


王女殿下に剣を取らせてはならん。

王女殿下が剣を腰に佩く必要すらない守護をしなければならぬのだ。両殿下を守り抜くことこそ、お前の務め。騎士としての誉れとせよ。


──叶わなかった。


夜の不意の出来事で、まだ見習いでしかない自分が宮邸に駆けつけられるわけもなく。

ジュール殿やレミさんみたいに攻撃魔法は使えないから、それ程役に立たないけれど。


その場でシャルロットとルイを守れなかったことにマクシムは歯噛みした。

だが同時に、見習いをやめて進学する選択をした自分は正しかったと確信した。

シャルロットは、そしてルイも、いろいろ、とても危なっかしい。誰かが近くで見守らないと駄目だ。

学校はジュール達の目が届かない特殊な空間だ。学年は違えども同じ場所に居られる自分は、きっと二人の元にいち早く駆けつけられる。

もちろん、入学までまだ猶予があるから、その間、騎士団でできることは何でもして、強くなる。


「マクシム、どうした」

「疲れちゃったの?マクシム」

黙り込んだ友を気遣って、双子の兄妹が揃いのように首を傾げている。

仲が良くて、俺の大事な主君達。

大きくなっても変わらない二人に、何でもありません、とマクシムは笑った。


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