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シャルロットがいなくなって、アンヌは改まった口調で話し始めた。
「シャル様の前では申しませんでしたが。黒魔鳥のヒトガタが女であるなら、万が一にも誤解を招く噂が流れてはなりません」
ああ、やはり。
アンヌの懸念は予想されたものだった。
シャルロットは夢にも思いつかないだろう。だがルイは前世の成人としての記憶、自分とサヨの仲が世間にどう見えるか、世の人々がどう勘繰ることが出来るか、知っている。
第一王子が不審な女と密会してるなど、作り話であっても人の端に上ってはならない。ルイ一人の問題ではない。不安定な立場にあるこの宮全てを危うくしかねないからだ。
だからといって魔物の姿、魔鳥の出入りが知られるのは尚良くない。
王子が魔物と通じていたなんて、断じて許されることではないのだから。黒魔鳥という特殊性、王国に対して敵意がないとジュールが認定しているという考慮すべき点は、無責任に、あるいは悪意を持って囃す者にはどうでも良いのだ。また、一度悪評が立てば、後からいかに釈明したとしても無駄だろう。
ルイは顔を引き締めた。
「わかってる。そろそろ子供だからで許されないということだろ」
「ルイ様。アンヌの心配をご理解しておいでですか」
「サヨが女子なこと、俺が王子なこと。魔物と通じてたら問題なこと」
目を見て告げると、アンヌはゆっくりと頷いた。
「では、無用の災厄を避けるため黒魔鳥と相談して下さいませ」
「サヨと?」
「それが可能な関係を築いていると、アンヌは感じておりますが?」
「うん、そうだ。ありがとう、考えてみる」
「感謝は結構です。もし魔鳥がお二人の為にはならぬと判明したならば。ルイ様がいかに止めようと魔鳥が強力であろうとも、如何なる伝手を用いても魔道に長けた者に即排除させます。それは魔鳥にとって不本意な、事実無根な噂が起きたとしても同じこと」
「っ!」
「心して対策をお考え下さい」
ルイの胸を貫通する程に厳しい釘を刺して、アンヌは話を終わらせた。
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部屋の前で待ち構えていたシャルロットを宥めた後、ルイの自室の窓には黒い羽根が飾られた。
その夜、大きな羽ばたきがして黒い影が宮邸の奥に吸い込まれるのを、アンヌは静かに見守った。
黒い鳥の滞在は長く、密やかに続いた。
そして。
空が明るくなり始める頃に宮から飛び立ったのは、至極平凡な灰色の鳩。
以来、黒い鳥の影は宮にかからず、少女の話し声がルイの部屋から漏れ聞こえることも絶えたのだった。




