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「ルイ殿下」
しかしジュールの鋭い追求の矛先が次に向かったのは、こちらだった。
「このように魔鳥、サヨは申しておりますが、殿下は今後どう交流をお続けになるのでしょう」
ジュールの言葉に、シャルロットがぐりんと振り回す勢いで首をこちらに向ける。
「ひ」
強い二人の視線を受けて、ルイは思わず仰け反った。
「今まで通り、サヨが訪ねてきたら話し込む、かも?」
続けるうちにシャルロットの顔がどんどん怖くなっていくので、しどろもどろな上に語尾が上がる。
「本気?」
「う、ん、駄目かな」
シャルロットに問い詰められて窺うように上目で答える。助けを求めて視線をずらしてジュールを見ると、むしろ穏やかに微笑まれた。
「ご随意に。アンヌ殿の許可が下りるなら、私は何も申しません」
くっと嗤うのはサヨだ。当事者である筈なのに面白がっている。
助けはいない。
ルイは諦めて溜め息を吐いた。
さてしかし、せっかくの他者の耳目が及ばない空間だ。無駄に疲れたルイだが、ここで確かめておくべきことは押さえておきたい。余所ではあまり口にできない話である。
「ところで、こんな騒ぎを起こして学校は大丈夫なのか?人気のない夜とはいえかなり揺れたと思うし、騎士団や衛兵が出動する大騒ぎになってないかな」
地下の崩落が地上に影響したのは必至。魔物に襲われた側とはいえ、ルイ達はともかく、王族ではないジュールは責任を追求されるのではないか。サヨの存在は隠蔽できるのだろうか。
「問題ありません」
ジュールの応えは耳を疑うものだった。
「魔道庁の遮蔽は地面にも張り巡らされています。もちろん、地下の魔物の鳴動は遮蔽に響いているので変事が起きたのはわかります。でも王宮と政府、魔道庁は、王国あるいは王居に影響が出なければ関知しません」
「え?」
「王国の支配地、つまりは地上の国家、国民と権力者の財産に被害が及ばぬ限りはそれは余所事」
「地下でこんなに魔物が活動しててもか」
思わず強い口調で反駁した。しかしジュールは至極あっさりと頷く。
「はい。魔道庁の張り巡らせた魔法によって王居は強力に守護されている。それは地下からも同じこと。地中の鳴動は地上に現れることはまずない。魔法のブレで気づけるのは監視を怠らない魔道士だけです。それ程、地上に震動や地割れが起こらないよう万全の配慮が成されています。今夜は遮蔽の狭間で影響が出ましたが、この森の外の陥没はすぐに無かったことになる。ナーラ国の管轄するものには、恐らくほとんど被害も異変も起きていないでしょう」
学校と森の狭間、防御の隙間から這い出た魔物は誤差の範囲。
特に王家や貴族の関与する地域や土地、財産以外は、魔道庁の守りは薄く関心も低くなる。地下の崩落を伴った魔物の暴走は一切不問とされるという。
「そんな処理の方がむしろ怖いんだけど」
「まあ。これまでも通してきた我が国の方針ですので。今回だけわざわざ真相を究明したり、調査するとは思えません」
「……ジュールが魔道庁の士長だった時もそうだった?」
「はい。ただ私は個人的に調査しておりましたが」
つまりこれまでも度々似たようなことが水面下、国の記録には残らぬ処で起きていたというわけだ。
逆にみれば、公けにはならない、魔道庁や魔道師が囲う王国の箱庭から除外された場所は、魔物が跳梁跋扈していたともいえる。
ふと気づいてサヨに目配せした。かすかに首を振られ、彼女もまた知らないのだと悟る。
と、唐突にシャルロットに背中に懐かれた。全体重を背中にかけられる。サヨとこそこそしているのがバレたらしい。
それでも表立って噛みつかない辺り、初めより随分と友好的になったと思う。
ルイにくっついて、シャルロットがサヨに向けて舌を出した。
──多分。
「魔物の活動は努めて細かく把握するようにしていたが。私が士長だった当時、確かに魔物同士のいさかいは頻繁に起きても、人間に被害を及ぼすことはほぼ見られなかった。魔物と生存圏を分断して完全に隔離して無いものとする国と魔道庁の判断は、ある意味正しく機能していたと言える」
「じゃあ、放置してても平気ってことか」
「これまでは確かに。ただ、今回のこと、そして」
ちらりとサヨを見て、しかし止めることなくジュールは続けた。
「常世の森での結界の不備、それに伴う人の生活圏への魔物の出没。さらにこの短い間隔で立て続けに二つも伝説の宝物が出現しているのは、極めて異常な事態と言えます」
「──」
「今までの魔道庁の向き合い方で、通用するのかどうか」
ジュールの疑問の答えをルイは知っている気がした。
その理由も。
これまでの対応が通用しない。かつてない事件は密やかに進んでいく。
この魔物が活発化した不穏な流れで、ゲームのシナリオがスタートするのだ。
既存の組織では対抗できない未曾有の危機が国を襲って、人は人智を超えた存在を希求する。
聖なる乙女、ヒロインを。




