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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
89/275

88 青い玉赤い玉


魔道師とサヨは、さらに森の奥に入ったところに佇んでいた。

「ルイ殿下。シャルロット殿下もこちらへ」

鬱蒼と繁る木々の中で、巨木の根が土から盛り上がった箇所を軽く汚れを払って勧めてくれる。ルイはそこにしゃがんで腰を落ち着けたが、シャルロットは一歩引いて大木の幹に寄りかかった。

「シャルロット殿下は」

「私は大丈夫。というか、今は根っこにあんまり近づきたくないって気分。だからここで」

シャルロットの応えに、ルイはそっと腰を浮かせた。

確かに巨木の幹は、乾いた木肌は固くどっしりとしていて安心感がある。だが土から盛り上がった太い根は、地底の崩壊を引き起こす程暴れ狂った、魔物の根によく似ていた。そう思えば、そこに腰を落ち着けるのはあまり気分が良くはない。

もぞもぞと動くルイに、ジュールが短く謝罪した。

「申し訳ありません。ですが話が終わるまでは、この場においで下さい」

見上げれば、ルイとシャルロットが落ち着けた巨木の傍らにサヨが立っていた。ジュールが告げるその外側では、レミが静かに術を張っていた。

「あれはなに」

シャルロットがジュールに尋ねた。

「音を遮断しています。ここからの話は、万に一つも人に聞かれたくないのです」

ジュールが答えた。そしてレミの術が完了するまで待つよう言う。

ルイがぐるりと視界を巡らせば、巨木を真ん中にレミの張っている丸い範囲の内側にサヨもジュールも居るのがわかった。


「ジュール様」

密やかなレミの声が、話しても良いという合図だった。


「伝説の黒魔鳥。その力に並び立てる魔は不在と言われる稀有な魔物。しかし他の魔物と一線を画していて所在も不明、姿自体、人目に触れることはない。故に幻とも言われてきたのです。そしてもう一つ。かの鳥の力を得ればこの世界を自由に出来る、と言い伝えられている。それが、上位の魔物がこの魔鳥を欲しがる理由です。また弱い魔物も、魔鳥の魔力に惹かれて集い、我が物にせんと襲うとらいう。真偽はわかりません。だが今夜の魔物共の魔鳥への執着を見れば、少なくとも魔物にとっては真実なのでしょう」

ジュールの語る魔鳥──サヨの力は強大だった。

ルイは思わずサヨを見た。シャルロットも同じだ。

「ないない」

サヨが手を振って否定する。

「そんなとんでもない力、持ってない」

「そう。今のお前では」

しかしジュールは話には続きがある、と言う。

「今のお前は火の魔法を操る強力な魔の一つでしかない。私は、それはお前がまだ幼鳥の故だと判断した」

成長途中だから力が弱い。

「でも違った?」

ルイの問いにジュールは深く頷く。

「はい。自在にヒトガタに変われるのも個体の特性と見てましたが、別の要因によるもの」

「それが半魔」

サヨが呟いた。

「その通りだ。お前の出自は知らぬ。そもそも魔鳥がどう生まれ出でるかもわからない。当のお前も知らないのだから、確かめる術はない。だがお前の魔物特有の徴から外れる幾つかの点は、魔物に人の属性が付与されているのだと考えれば、いろいろと説明がつく」

サヨは肩を竦める。

「どういう要素で半魔になるのか、意味不明なんだけどね」

魔鳥がどのような形でこの世界に生まれ出でるのかも一切謎らしい。


ジュールは伝説上の魔物と言うが、特別で唯一の黒魔鳥ならば、その誕生は普通ではあるまい。サヨがこの世で目覚めたのが十数年前としたら、伝説の鳥は一定の時を経て度々現れるのか、それとも生まれ変わったりするのか。それすら想像のうちの話である。

しかし。

「俺の治癒魔法が効いたのも、」

「恐らく。完全な魔ではない、人の質がそこの魔鳥のうちにあるせいかと」

「そうなんだ…」

「半魔だとどうなるの」

ルイが明かされたサヨの素性に感じ入ってると、シャルロットがぽつんと尋ねた。

「推測ですが。言い伝えられている稀有な力は持ち得ない」

「なんだ。じゃあ魔物が追っかけてるのは無駄ってこと!」

「でも、この玉があれば話は変わる」

サヨが青い玉を取り出す。ほぼ同時にジュールの手から赤い玉が放たれる。サヨの掌に乗る青い玉に引き寄せられるように赤い玉が宙を飛んで周回を始める。

不思議な現象。

それは最早、当たり前の光景になっていた。

その様を眺めつつ、ジュールは言った。

「半魔ならば、この玉の力で人になることも出来ます」

「え!」

「そうなのか?」

シャルロットとルイの二人は声をあげた。

「そしてまた、魔として全き存在になることも」

「この、青と赤の玉が不思議な力を持つってこと?」

「正確には違う」

シャルロットの問いをサヨが否定する。唇を尖らせたシャルロットにサヨはにこりと微笑んだ。


「お姫様、見ててごらん」

掌を軽くひらめかせる。


青い玉が、サヨの手から離れて宙にふわりと浮かんだ。その周囲を赤い玉が一段と早くくるくると回り出す。光を孕んだ二つの玉がその早さで赤い光の輪を描いた。

すると中心に浮かぶ青い玉からも空に向かって光が放たれた。青の玉から照射される青の光に赤い光が重なって、紫の光が生まれる。

幻のように浮かぶ紫の光が青の玉の上に丸い像形を結ぶ。くるくると回る赤い玉、光を放つ青の玉。

その二つの光が生み出すのが、幻のように淡く輝く紫の宝玉だとここにいる誰もが理解した。

次第に色濃くなっていく紫の光。

中空に浮かぶ不思議は、実体を取り始める。丸い宝玉の存在が確たるものになるにつれて輝きはさらに増した。

ルイもシャルロットもその美しさに見惚れる。


だがその恍惚の時は唐突に壊された。

紫の光が凝って、かつんと音がしそうな硬質の輝きが形となる寸前、サヨが無遠慮に手を伸ばして青の玉を鷲掴んだのだ。

途端に、美しい光球の姿はかき消えた。そこにあるのはただ水晶のような現つの照りを持つ青の玉、そしてその周囲を忠実に回り続ける二回り小さい赤い玉。

宙に浮いて回る赤い玉は不可思議だが、たった今目の前で見ることの出来た紫光の宝玉の幻想的な美しさの前では、硝子玉の周回にしか見えない。

一同、夢から醒めたように我に返る。

「どういうつもりだ」

低い声でジュールが質す。

「ねえ。魔道師様はこれ、今、必要?」

「なんだと」

「宝玉の力、何かに使う?」

「?いや、私は特には考えてない、が」

思いがけないことを問われて、ジュールが言葉を詰まらせる。

それはそうだろうな、とルイは思った。全く考えもしない形で、いきなり宝玉が出現するかもという事態に居合わせたのだ。伝説の宝を目にするとか手に入るとかさえ想定外だ。


数年前には、突然、聖剣が出現してしまったけれども。


いきなり宝玉の使い途を聞かれて、思いつく筈もない。というか、ルイはそもそも宝玉が何の力を持つのか、どう役に立つのかさえわからないのだが。

「だよね」

しかしサヨは深く頷くと、青い玉を自身の懐にしまってしまう。

「じゃあさ、今、宝玉出さなくてもいいよね。こっちは私が持ってるから。そっちの赤い玉は魔道師様が持っててよ」

「敢えて分割する、と?」

「片方だけなら悪用もできないから、私に預けても安心できるでしょ。赤いの二つは心配だったら、自分で封印でもなんでも術かけておいて」

「……」

無言で赤い玉を掴まえると、ジュールは掌を返してかき消した。

「それで?どういうことか知ってることを話してもらおう」

「何も言わない、ってわけにはいかないよね」

ジュールのサヨに向ける眼差しが厳しくなる。

「了解。でもね、あくまでも私の認識ってことで考えて欲しい。もしかしたら真実とはズレがあるかもしれない。思い違い、誤認の可能性があると頭に置いて。実際の出来事に直面したら目の前で起きてることで判断する。それを先に約束して」

「了承した」

ジュールが応えたがサヨは首を振った。

「魔道師様だけじゃない。ルイもお姫様も、そこの従者くんも」

完全にサヨとジュールの間の話、と傍観者よろしく聞き役に徹していたルイとシャルロットは慌てて姿勢を正した。サヨの挙げた条件を大まかに思い出してルイは頷いた。

「わかった」

レミが無言で応じたのを見て、シャルロットは曖昧な顔つきのまま首を縦に振る。

ルイはこそりとシャルロットに囁いた。

「後でちゃんと教えるから」

こくこくと頷くシャルロットをサヨは疑わしく見つめて、小さく息を吐いた。

「まあいいや。そういう適当な感じで聞いてよ」

「判断材料は多い方が良い。話してくれ」


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