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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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「還って、これた」

ほっとルイの口から安堵の声が漏れた

空は東の向こうから明け始めていた。

朝が近い。それだけの時間、地中で魔物と対峙していたのだ。冷えて澄んだ空気の地上に戻ってみれば、幻のような出来事だが。


地上にあって、夜中に襲ってきた魔物は影すら見えない。陥没した穴はルイが落ちた時よりはるかに大きくなって無惨だが、何も知らなければただ森の傍らの道が広範囲に崩れた寂れた場所だ。

その静かな地に、サヨが掴んでいたレミをゆっくりと降ろした。抱え込んでいた腕が緩んでルイも解放される。地面に降り立って、縮こまっていた身体を伸ばした。

そこでルイははっとレミを振り返った。

「肩!傷はどう?」

「お気遣いなく」

レミは肩を押さえ、すっと距離を取った。

掌の下の肩には明らかな裂傷が見えるというのに。

ルイは半ば強引に治癒魔法を使おうと足を一歩踏み出した。

だが目の前に差し出された手に制される。同じく地上に降り立ったジュールだった。

「ルイ殿下」

「ジュール。レミの傷を治させてくれ」

「ここでは見晴らしが良すぎます。こちらへ」

少し歩いた先に、大きな木々が自生した森の入り口がある。木陰に入ればこちらが見逃すほど遠くからは視認できない。


第一王子が治癒魔法を施している様が万一にも誰かの目に触れないように。


ジュールの言葉にはっとして後ろを顧みた。黒い、真っ黒の鳥が不器用に歩いて追ってくる。サヨの魔鳥としての足は何かを掴むもので、平らな地を歩くのには向いていないのだ。

空が明るくなっていく中でこれは、確かに目立つ。

ジュールの配慮に感謝して大木の陰に身を隠した。

「レミ」

少し語気を強めて呼ぶと、観念したのか忠実な従者は足下に跪いた。そっと肩から手を外す。

「!」

猛禽類のごときサヨの爪は鋭い。その爪が食い込んだレミの肩には無惨に深く切り裂かれていた。

ルイはその場にしゃがみこむと、レミの肩に掌を当てた。

「っ!」

びりっと刺激を感じたのだろう。レミが小さく呻く。構わず魔力を放つ。

「治せる?ルイ」

不格好に体を前後に揺らしながら大股で歩いてきた魔鳥が、森に入った途端、するすると姿を変える。

「はあ。本当に歩くの苦手」

長い髪を跳ねあげて嘆息した。灰色のドレスの肩は破けたままだ。覗く肌は白く無傷だが服は治癒魔法では戻せない。

「うわ、また人になった」

シャルロットが声をあげる。

「いろいろうるさいな。お姫様」

「なに、この鳥。感じ悪」

治療の傍らで繰り広げられる応酬に、ルイは割り込んだ。

「シャル。鳥じゃない、サヨだ」

「ルイ?」

「サヨって呼んでくれ」

シャルロットはむっと唇を突き出したが、ルイの顔を見て折れた。

「サ、ヨ」

だが嫌々口にしたせいか引っ掛かった。

「シャル」

ルイがじろりと見ると、慌てて大きな声を出した。

「サヨ!」

それから、目の前に立つサヨにひっくり返った声で告げた。

「あんたには、一応感謝してる」

「へえ。素直」

「からかうな」

ルイは、今度は質の悪い笑みを浮かべるサヨを止めた。出会いが最悪だったのだから、この態度を放っておくとさらにシャルロットが過熱しかねない。夜明けが来るのに無駄ないさかいは避けたいものだ。

二人の間を取り持つのは自分だな、とルイは思う。

そこでふと視線を戻した。

治癒の途中なのに、それを放って二人に割って入る王子を、レミは跪いた姿勢で静かに見つめていた。気まずくなってルイは謝った。

「ごめん」

「いえ。無事に戻れて皆様、お気が安らかになったのでしょう。何よりです」

あくまで従者としての立場を崩さない。そうしている間に、肩の裂傷は綺麗に治癒していく。傷は完治しても服は裂けたままなのはサヨの時と同じだ。

「傷はもう大丈夫。服は、元には戻らないんだけど」

「とんでもない。殿下に傷を治していただいただけで私は。──感謝申し上げます」

「そんな。こっちこそレミには助けてもらってばかりだ。ありがとう」

数年前の常世の森でも、ジュールの片腕として、何も知らない自分やマクシムを手助けしてくれた。それが自身の役目と弁えているのだろうが、有能で自己を盾にしてでもこちらを守ってくれるのは並みの従者ではない。能力だってそこら辺の剣士や魔道師より高いだろう。

ジュールの選んだ者だから当然なのかもしれないが。


傷の治ったレミから離れたルイは、ジュールがこちらに来るのに気がついた。皆が森に入った後、外を警戒して見張っていたのだ。

「殿下」

ちらりとシャルロットと対しているサヨに視線を投げる。

「あの者、魔鳥はサヨというのですね」

「うん、ずっと呼んでたろ」

「固有の名を持つ、魔物ですか」

「おかしいか?」

「初めて聞きました」

驚いた。

だが常世の森や今夜の地中で遭遇した魔物を思い返せば、名を呼ぶ必要があるとは思えない。

しかしジュールの思うところは別にあった。

「魔鳥!」

呼ばれてサヨが近づいた。不満も露に文句をつける。

「その呼び方、何とかならないの」

「魔鳥なのは確かだろう」

「そうだけどね」

名前を知ってなお、ジュールはあくまで魔物として扱うのだろうか。

かつて魔道庁の士長として長年魔物から国を守ってきた身だ。警戒するのも致し方無いのかも知れない。

「お前がルイ殿下に執着し、何故か名を呼び合うほど親しくなっているのは、これの為か」

懐から地下で手に入れた赤い玉を取り出した。

「あ!」

二つの玉は再び吸い寄せられるようにサヨの周囲を回り始める。その様を眺めて、サヨがはっと目を瞪った。

「あー!わかった。これってあの玉の…」

「やはり知っていたか」

「いや!アレの存在は知っていたけど。これがソウだとは知らなかった」

謎のような会話だが、サヨとジュールの二人にはその意味することが通じてるらしい。

「本当か?」

「うん。そもそも、必死になって探す必要性がないよね?」

サヨは作為の欠片もなく言ったのだろうが、聞いたジュールはびくりと眉を上げた。唇を湿し、おもむろに尋ねる。

「一つ尋ねたいのだが」

「なに」

「お前は、半魔だという自覚はあるか」

「半、魔?」

「純粋な魔物ではない、恐らく人と魔の混じった半端な存在ということだ」

サヨは思いもかけないことを言われた、と言わんばかりのぽかんと口を開けた顔をした。

「え、あ、だから?だからなのか」

頭の中で忙しく思考が動いたのか、無意識に呟く途切れ途切れの言葉は、ルイにはやっぱり意味不明だ。

だがふっと体の力を抜いたサヨは、しみじみと吐息をついた。

「なる程ね。魔道師様は私の知らないことを知っている」

「やはり、お前は自分のことは知らないのだな」

「うーん、そういう進行に必要ない裏設定みたいなのは画面に描かれてないからね」

「裏?──よくわからないことを言う。まあいい。この玉の存在を知るなら、お前の持つ青い玉と合わせれば何が起きるかもわかっている筈だ」

「多分」

言って、今度はサヨが青い玉を取り出した。

掌に載せて差し出すと、吸い寄せられるように二つの赤い玉が近づき回り出す。

「言いたいことはわかったけど、私、この二色の玉がアレになるってのは知らなかったよ。あと今日、こんな形で手に入るなんて予想もしてない。偶然会ったあの魔物とあの蔓から鍵が出てくるなんて、わかる筈もない」

「……」

「信じてない?」

サヨが胡乱な目付きで見やると、ジュールは首を振った。

「さすがに無理があるのはわかっている。だが、あまりに上手く行き過ぎてな」

「偶然、二個目の伝説の宝が見つかっちゃったんだもんね」


宝!?


ルイはサヨの言葉に瞠目した。

宝、ということはつまり。

あの青と赤の玉が、三つの宝のうちの一つ、宝玉なのか???

革の本で得た知識と照らし合わせて一人盛り上がる。その横で、ジュールがサヨを問い質した。

「聖剣のことか。それすらも知っているのだな」

「そもそも、ルイを見つけたのが常世の森から聖剣持ち帰ってる時だから」

「そこからか」

「うん。あそこの森の惨状はわかってるし、大剣を玉に変えて飾りに模しているのも見てるかな」

「ほう。他には」

「知らないことも。さっきも言ったように、私は私のことをお前より知らない。生まれてからの見聞きしたことしかわからないよ」

「成る程。私はお前の知らないことを知っているが、お前もまた私の預かり知らないところで動いているらしい。お互いの知識のすり合わせが必要か」

「まあね」

「そうか、ならば」

「うん、話し合いだよね」

ルイの興奮を余所に、ジュールとサヨは何やら合意に達したらしい。

「もう夜も明ける。時間がないが有耶無耶にも出来まい。最低限、この場で詰めよう」

空の向こう、宮のある辺りを透かし見て嘆息する。

「待機のアンヌ殿はじりじりされてるだろうが」

不意打ちでジュールの口から零れた名前に、びくりとルイの肩が揺れた。

そうだった。

ルイとシャルロットは宮を真夜中に抜け出した形になっている。メラニーからアンヌに連絡が行っているらしいが、とても褒められた行動ではない。アンヌがどんな思いで待っているか、考えるだに恐ろしい。

強張った顔をシャルロットに向けると、同じようにアンヌの名前で固まった姿があった。二人、目を見交わして、同時にあらぬ方へ顔を背けた。


今は忘れよう。


己に言い聞かせてジュールを追った。


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