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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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83


「行っちゃった」

ぽつんとシャルロットが呟いた。背後に立つジュールが声を落とした。

「焼き尽くさないと良いのだが」

「え、なんで」

「この場で炎が大きく燃え上がったら、大変なことになります」

「あ、ああ!」

ジュールの解説に想像が追いついたのか、シャルロットがこくこくと頷く。

「まあ、こうしていても下から熱い気は上がってこないので大丈夫でしょう」

その言葉に安心して、シャルロットは改めてルイに向き直った。

「ルイ、ごめん」

勢い良く頭を下げる。

「ごめん、ルイ。私のせいでこんなことになっちゃった」

確かにシャルロットが不用意に魔物を切りつけなければ。地下の穴が崩壊することはなかった。

それが何より心に引っ掛かっていたのだろう。繰り返し謝罪する。頭はあげない。

だがルイは首を振った。次いで下を向いたままのシャルロットには伝わらないと気づいて気持ちを形にする。

「違う。謝ることなんか無い。翔んで来て目の前に魔物がいたら倒そうとするのが普通だろ。それより、シャルはすごいな」

「え」

大事なことを告げる。

「あんな大きな魔物に、いきなり斬りかかっていってさ」

「だって、ルイを守らなきゃって思ったし」

ぼそぼそとシャルロットが言う。ルイは笑った。

「やっぱりすごいよ、シャルは。俺は、俺とマクシムは初めての時、正直微妙だったから」

常世の森の時を思い出す。小鬼に怖じ気づいて焦る気持ちが強かった。

「ほんと?」

「うん。マクシムはともかく、俺は多分カッコ悪かった」

「そんな、ルイは絶対かっこ良かったよ。絶対ね」

卑下する言葉に、シャルロットは大真面目に反論した。ルイの心が温かくなる。

「シャ、」

「こんな時にさあ、兄妹でイチャイチャしないでくれる?」

不意に割り込んだ呆れた声。

振り返ると、穴底に魔物を倒しに降りたはずのサヨが立っていた。


「サヨ」

「私が真っ暗な中で化け物に会ってる間に、何してんの」

「悪い」

「ルイが謝る必要なんてないってば。元はと言えばこの黒い女のせいでしょ」

さすがに非常事態だった。サヨは、ルイ達のためにぎりぎりまで力を使ってくれているのに、双子で盛り上がっていたのはどうかと思う。身を縮めて頭を下げた。

だがシャルロットは口を挟まれて気に食わなかったらしい。食ってかかろうと足を踏み出した。

ルイは急いで二人の間に割って入った。それからざっとサヨの全身に目を走らせてほっとする。

見た感じ、怪我一つないようだ。

しかしサヨは、皆の集まる横穴に行き着いても変な顔をして右手を握り締めている。

「サヨ?」

「ん?」

「魔物どうだった?」

「倒したのか」

「頭を火で焼いた。既にお姫様に半分割られていたからね。トドメってわけ」

中々エグい。

それで、と握ったままの右手を指差した。

「それ、どうしたんだ」

「んー。高温の火力で一瞬で消滅させたら、なんか中から出てきたんで拾った」

「うぇ」

思わず一歩下がった。

魔物の遺体?の欠片など不気味なだけだ。だがシャルロットは逆に好奇心を刺激されたらしい。身を乗り出した。

「え、何それ。見せて!」

「一応、危険がないか検分を」

三人の上から降ったジュールの言葉に、ルイは半歩下がる。サヨがゆっくりと拳を開いた。


「わあ!」

「何、これ」

感嘆の声にルイも好奇心に駆られて覗き込んだ。

「え、これって、玉?」

掌にすっぽり収まるくらいの青く透き通った球体。石なのか宝石なのかルイにはよくわからない。

「まあ」

「害のないものか、精査する」

微妙な顔をしたサヨからジュールが玉を受けとった。注意深く見つめて左手を玉にかざした。パチリと小さく稲妻が走った。

「これは」

「え、今の何?」

「光った!」

「魔力か」

皆で口々に騒ぐのに、ジュールが首を振った。

「わからない。害為す魔力は発していないが、不思議な力があるようだ。解読しようと魔力を込めたら、反発してきた」

「え、じゃあやっぱりただの玉じゃないってこと?」

「魔法の玉?」

「魔力があるのか」

「不明だ。こちらの魔力を受け付けないから調べられない」

「悪い魔力は無いんだよね」

「ああ」

「私が持ってるよ。万一の場合でも私ならなんとかなるだろうし」

サヨがジュールの手から玉を取り戻す。

強大な魔道師であるジュールの力でも正体がわからない玉。

腑に落ちない顔を引き締めて、魔道師はこの状況から脱出することに頭を切り替えたようだった。


「まず、ここから地上に戻りましょう」

「うん」

「そうだね」

「はい」

この避難所的な横穴から地上に上がる、そして宮邸に帰る。

その方法を考え始めた、時。


ドォン!と重い音と共に全てが揺れた。

立っていられず、思わず地にしゃがみこむ。ジュールとレミも双子を庇い覆い被さるように身を伏せていた。

「今度は、上からだ」

唯一人、揺れの原因を見据えようと穴の上を見上げていたサヨが短く呟いた。

怪鳥か蝙蝠なのか。有翼の群れが飛んできていた。

「なに」

「また魔物か!」

身構える先、中空でキーキーと啼いてこちらを狙っていた。

しかも地上で襲ってきた蝙蝠よりは大きいが、今皆で集まっている横穴には充分入ってこれるサイズの魔物だった。つまり、牙も爪も届く。

バシッとジュールが攻撃魔法を放ったが、群れを乱しただけで、再び怯む様子もなく迫ってくる。

「どうするの、これ」

「防御魔法は張れるよ」

「お願いします。魔物が侵入できないよう、横穴の入り口全体に」

ルイは、ジュールの指定通りに横穴を大きく覆うように防御魔法を張った。蝙蝠はこれでしばらくは手出しできない。だが諦める様子はなく、わずかに紗がかかった膜の向こうで集っている。

「さてと。これで多少の時間稼ぎはできれるけど?」

サヨが腕を組んでジュールを見やる。

「ああ。だがそれでは防戦一方。逃げ場がない状況ではあまり良い手とは言えないな」

「戦ってもいいけど、この場所で魔術を使いまくったら乱戦になるし、地盤を攻撃するのと同じ。崩壊間違いなしだと思う」

「そうだ。もちろん、シャルロット殿下の剣もです」

サヨの読みに同調したジュールがさらりとシャルロットにも釘を刺す。

「っ。じゃあどうすれば」

「下に活路を見いだすしかないんじゃない?」

サヨが軽い口調で言った。ジュールは満更でもなく頷く。

「崩落の危険はあるがな」

意外に二人、気が合うのかもしれない。そう考えて、ルイはサヨの言葉の意味を悟って腹の底が冷えた。

「穴の底を目指すのか」

「魔物は、死んだんだよね?」

ルイの言葉にシャルロットが懸念を示す。

「下にはあの魔物の死骸が転がってるんだろ?」

「まあ。でも頭を消滅させたから、さすがに再生はしないんじゃないかな」

「……そうなのか」

サヨの言は双子の不安から少しばかりズレている。だが死骸など些末なことだ。と思わないといけないだろう。今の状況下ではその上に落ちたとしても緩衝材と考えるのが吉だ。

多分、絶対、毒は持ってないだろうから。

防御魔法に阻まれてはいるが、こちらを取り囲んで去る様子も見せぬ魔物の群れを、ちらりと見る。

牙を剥き出し、爪を突き立てようと見えない壁にぶつかってはまた舞い戻ってくる。キリがない。

「降りましょう」

ジュールが言った。それからルイとシャルロットに向かって丁寧に告げる。

「あれらの魔物ですが、個体としてはそれ程脅威ではありません。ただあまりに数が多い。相手にしているうちに不測の事態に陥るかもしれない。我々も複数ですから乱戦になる。そうなったら制御できない。今、ここで戦ううちに崩れ落ちるよりは、自ら下に降りる方がマシ、という判断です」

「そうそう」

「土塊を自在に操る術を持っていれば、他に選択肢があったのですが」

「私は使えない」

サヨが言う。ジュールが不本意そうに続けた。

「私もレミも会得していない。土魔法は専門外だ」

つまり落ちる、もとい降りるしかないのだ。降りる覚悟を決め、無事に戻れたら土魔法を学んでみようとルイは密かに誓った。

「ルイは私が抱えるけど」

「シャルロット殿下は私が責任を持って無事にお連れする」

サヨは当然のようにルイを助けるらしい。ジュールは頷くと自身はシャルロットの傍らについた。

「レミは」

「軽い浮力が使えます。落ちる時は衝撃を和らげる作用がある」

「うん。私、それやってもらった」

シャルロットが思い当たったのか声をあげた。ここに来る過程でレミの術を体感したらしい。

方向が定まったなら、これ以上魔物が数を増やす前に移動すべきだった。

「ルイ殿下が遮蔽を解いたと同時に行動を。私とレミが襲ってくる奴らを魔法で散らします」

シャルロットを引き寄せてジュールは防御遮蔽のぎりぎりに立つサヨに声掛けした。

「お前は火を使うな。殿下を安全に降ろすことだけに留意しろ。降下途中で燃えた魔物が落ちてきたら、目も当てられない」

「わかってる」

そちらに顔も向けずに答えると、サヨはルイに囁いた。

「大丈夫。魔法を解いたら私が抱えて降りるから。しつこく魔物が追ってくるようなら私の上から防御魔法張ればいい」

「うん」

「殿下、お願いします」

「じゃあ、行くよ。イチ、ニ、サン!」

ばっと掌を開いて魔法を解いた。即座にサヨに抱えられて宙に跳ぶ。何もない空を足が無意味にかいた。

上の方でジュールとレミの魔力が放たれるのを感じた。

暗い深淵に飛び込んで、落下に伴う強い負荷に備えて目を瞑った。だが緩やかにふわりと落ちる感覚に薄目を開けた。目の前にもはや見慣れた黒髪黒目の美少女がいた。

引き締まったきつい表情。だがいつも通りで安心する。サヨの跳ぶ力が、落下を和らげている。

ジュールとレミの攻撃が効いたのか、蝙蝠の魔物が追ってくることはなく。

すとん、と穴の底に降り立ったルイは、足裏に魔物ではなく硬い地面の感触を感じた。

サヨが倒した魔物がいない。図体の大きさから穴の底を覆うほどである筈なのに。


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