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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
83/275

82


ぱあっ、と炎の輝きが目の前の魔物の姿を明らかにする。目の前を塞ぐような巨体は濃い茶色の毛で覆われていたが、顔だけは人間だった。その口が横に大きく広がる、三つ目の異相。

正体を知らず対峙していた魔物の明らかになった姿に、改めて怖気が走った。

サヨの火礫は、魔物の勢いを殺し、その場に足止めさせた。唸る波動は土壁に反射し、上からぱらぱらと小石が落ちる。

その時、場に新たな風が起こった。空気の歪みから人が現れる。

ジュールと、シャルロットが翔んで追ってきたのだ。


こんなところまで来るなんて!


剣を構えたシャルロットに、そんな思いに駈られた。だが今は妹を庇う余裕もない。とにかく魔物を倒して生還する道を択らねば。

「ルイ!」

「シャル!」

駆け寄ったシャルロットの名を呼ぶとぱっと顔を明るくしたが、とにかく必要なことだけを尋ねた。

「シャル、宝剣は?」

「メラニーに預けた!この剣でいける。ジュールに破魔の術を施して貰ったから!」

言い様、魔物に向かってシャルロットは大きく跳躍した。

ガアッ!

シャルロットの天井ぎりぎりから振り下ろした剣は、正確に魔物の頭頂から肩口まで両断していた。剣の止まったところで、シャルロットは機敏に足で魔物を蹴って剣を抜きつつ地に降り立つ。

黄緑色の体液を撒き散らして、魔物が苦悶の雄叫びを上げた。土壁が揺れる。

のたうつ魔物は痛みを感じるのか壁にあたり、しかしそれでもまだ動きを止めない。

「こんなのも倒せないなんて、魔鳥って言っても大したことないな」

シャルロットは剣を構え直し言い放つ。そこへサヨが侮蔑するように被せた。

「馬鹿か」

「なっ」

「殿下!お止め下さい」

言い返そうとしたところで、ジュールがのたうつ魔物とシャルロットの間に割り込んだ。

「!?邪魔するな、ジュール!」

「あの魔鳥の言う通りです。これ以上は、お止め下さい」

「短絡的なお姫様。魔道師様は理解してくれてるようで助かるよ」

肩を竦めたサヨを前に、ジュールが手短に説明する。その間も魔物が暴れ、その都度地響きが空間を揺らした。


サヨが全力を出したら、シャルロットと同じように魔物に深傷を負わせられた。だが傷を受けた魔物が暴れることによって、この脆い地下空間は崩壊する。

それを読み取っていたから、サヨは炎の礫を小出しにして魔物の足止めと時間を費やした無力化を図っていたのだ。


「そんな…」

言い返そうとして、シャルロットは目の前で傷口から腐臭のする体液を流し苦痛にのたうつ魔物の姿に黙り込んだ。巨体を地に打ちつけることで痛みを散らしているのか、地響きが壁を揺らし、遂には天井から土がぱらぱらと降ってくる。

息を詰めて見守っていたジュールが袖を払って向き直った。

「こうなっては仕方ない。一撃で消滅を試みます」

「難しいよ。あの体、魔力が効きにくい」

サヨが口を挟んだ。

「まず、皆の安全を担保しないと」

「確かに」

会話の間にさらに土壁が剥がれ、上からも土の塊が落ち始めた。

「もう、逃げた方が良くないか」

ルイは恐る恐る提案した。

「だね」

「ですね。脱出しましょう」

サヨとジュールが頷く。言うが早いか、皆、魔物に背を向けて駆け出した。

だがその判断は一歩遅かった。バキバキバキ、とひび割れのような不気味な音が一同の耳を打った。

ドゴッとひときわ大きな重い音と共に地面が割れた。さらに天井が完全に崩落して土砂や瓦礫が大量に降ってきた。その重みでさらに足元が揺れる。


そして。

地面は瓦礫と共にさらなる地底に崩れ落ちた。

「わああー!!」

足元の地が消えて、凄まじい勢いで墜落していく。落ちるのはこれで二度目だ。しかし今度の方が凄まじい。土砂と瓦礫の降り注ぐ中で土まみれになって、奈落の底に吸い込まれていく感覚。

見開いた先で、件の魔物が周囲の土壁もろとも落下していく。

「っ!」

耳元で息を詰めた声がした。と、サヨの腕で横っ飛びにかっ拐われた。垂直に落ちていたのが横移動に強引に振られて壁にぶつかる。

ぎゅっと目を瞑り衝撃に備えたルイは、柔らかい体に受け止められた。深い穴の壁にわずかに突き出た縁。そこに、サヨがルイを抱えて飛び乗ったのだ。土の足場にすがり付いて、振り仰いだ。

他の、皆は。

「ルイ!」

少し上の突き出しからシャルがこちらを見下ろしていた。ジュールとシャルロット、レミは二人の掴まる壁より少し上の尖りに引っ掛かっている。

土に汚れてはいるが元気なシャルロットにほっとした。軽く手を振り無事を知らせる。

「サヨ、上に行ける?」

「うん。ここが崩れる前に移った方がいい」

ここより三人がいる尖った壁は大きく丈夫そうだ。

サヨがルイの胴に巻く腕に力を込める。情けないがこの状況ではルイは無力だ。彼女を頼りにするしかない。


「っ!まずいな」

「え?」

「あいつが来る!」

サヨの押し殺した呟きに聞き返してすぐ。ルイとサヨの足場は下から跳んできたしなる黒い鞭のようなものに粉々にされた。サヨがルイを抱えて土壁を蹴る。

重力に反した跳躍。

サヨは斜め上のわずかな取っ掛かりを掴んでぶら下がる。

「なに、今の」

震えそうになる声で尋ねた。

「さっきの、でかい魔物だよ。地の底で、割られた口から執念で舌を伸ばしてきた」

ぞっとした。

ルイを咥えて運んだ魔物を一撃で潰した、あの鞭だ。ちらりとサヨの肩越しに下に広がる穴を覗く。真っ暗な深淵は底が見えない。その暗がりのどこかから舌を伸ばして攻撃を仕掛けてきたというのか。

シャルロットに頭を割られてこの高さを落ちて。巨体の負荷は大きいはずなのに、不死身なのかそれとも敵意が勝つのか。

「あの体だから下まで落ちずにどこかで引っ掛かっているのかも。気配で私を狙い打ちしたんだろうな」

ルイははっとしてシャルロットを探した。

「シャル!ジュールもレミも無事か!」

「大丈夫ー」

今の下からの攻撃は彼らには及ばなかったようだ。明るいシャルロットの声に一先ず安心した。

かなりの高さを落下したというのに、ジュールとサヨの圧倒的な魔力のお陰でほぼ無傷だ。


サヨが緊張を孕んだ声を発した。

「また来る…!」

「え」

ばっとサヨがまた翔んだ。直後にたった今いた場所を黒い鞭の舌が正確に穿った。

「ひっ」

ルイはサヨの腕に支えられてぶら下がるしかない。翔んだのは最小限で、ほんのすぐ側の土壁が抉り取られていた。

「はっ!」

サヨの小さい呼気と共にまた移動する。そのすぐ後を追って黒い鞭が壁を破砕する。

「来た!」

逃げては穿たれ翔んでは足場を砕かれ、追いかけっこのような攻防を小刻みに繰り返し、サヨが最後に横に翔んだ。

横に?

サヨが翔んだのは、魔物が次々と舌で破壊した横壁の穿った穴の奥だった。魔物が執拗に追いかけて舌で次々破砕した壁は、人が立てる程にまとまった横穴に穿たれていた。

サヨが狭い範囲で移動していたのはこの為だった。攻撃を利用して少しずつ逃げ場を作っていたのだ。横に入りくんだ場でルイは壁際に張りついた。

「ルイは自分の周りだけ防御魔法で覆って!」

そう告げて、ルイから離れて身軽になったサヨが黒い舌の動きを注意深く追う。

ひゅる、ひゅん、とサヨのいるギリギリの位置まで舌が伸びてくる。あくまでも魔物の狙いは魔鳥。サヨだ。

と、サヨが翔んだ。またもサヨのいた位置が舌に打たれて壊される。それはルイのいるすぐ真横の土壁だった。すでに先に魔物によって抉られて横に凹んだ箇所が、さらに大きく穴が開いていた。

「よし!」

サヨがルイの腕を掴んで、たった今開いた穴に押し込んだ。

「ここ、もう魔物の攻撃は届かないから」

慌ててサヨを目で追うと、さっと背中を向けられた。

彼女が見ているのはぱっくりと口を開けている穴の底。暗がりで見えない先にいる舌を伸ばしてくる魔物だ。ルイを安全圏に置いて対処しようというのだろう。足手まといにしかならない身では、ただ大人しくしているしかない。もどかしさにぐっと歯を食い縛った。

「ルイ」

「殿下」

シャルロットとジュール、レミがルイのいる横穴に合流した。上の突き出しから壁伝いに降りてきたのだろう。もちろん、ジュールの飛翔術の賜物だ。

不安定な足場で揺れに耐えていた疲れを見せず、シャルロットは凸凹が目立つ地に降り立った。

「加勢するよ」

即座に剣を抜き穴の縁を覗き込む。

「シャルロット殿下!」

「こんなになったのは私のせいだし。面倒な舌を切ってしまおう」

「大人しくは出来ないの?お姫様」

「無理」

軽く答えて身を乗り出すシャルロットに、サヨは諦めて嘆息した。

「はあ。仕方ない。魔道師様、協力して。お姫様は届く範囲で攻撃。絶対に落ちないでね。ルイが発狂するから」

「余計なお世話!知ったかぶらないでよ」

シャルロットはサヨの言いように苛立ったようだが、それでも注意深く穴から距離を取った。さらにレミがサポートに回る。

ルイははらはらしたが見守るしかない。

「次に来たら、やるよ」

「承った」

「うん」

サヨとジュール、シャルロットが狭い土壁に陣取って待つ。

「来た!」

ひゅん!と舌が鞭のように伸びてサヨの足を取ろうとした。

シャルロットが素早く動いて魔物の舌を剣先で土に縫い止めた。それだけなら舌が痛みにのたうち暴れて、崩壊する土と諸共に奈落に落ちるだけだったろう。だがシャルロットが剣で舌を捉えたとほぼ同時にサヨとジュールが魔力を放った。

剣に留められ退くことの出来ない魔物の伸びた舌を火球と光の矢が撃っていく。

「っつ!」

遂に魔物の舌がぶつんと切れ、拍子に後ろに勢いよく転がったシャルロットをレミが抱き止めた。

「っ痛ー!」

「シャル!」

「平気。やっつけた?」

「どうかな」

「かなり力のある魔物ですから。魔力が尽きぬうちは」

「見てくる」

サヨが短く告げてジャンプする。

「ちょっ、サヨ!」

ルイが首を伸ばして叫んだ時には、サヨの姿は深い穴の暗がりに消えていた。


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