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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
82/277

81 地中攻防


足下が崩れた、とルイが思う間に身体を支える場を失って落下した。ぎゅっと縮み上がる腹を押さえる間に地表にぶつかる。強い衝撃に受け身を取れずに地に転がった。

「っつー」

幸い、落ちた先は土の面だった。お陰で茶色く汚れたものの、勢いはかなり軽減されて打ち付けた痛みはあれど怪我はない。


良かった、無事だ。


痛みが引くのを待って、土まみれの手で身体を支えて立ち上がる、ことを試みようとして、身体を引っ張られて足が宙を掻いた。

「え!」

首根っこを捕まえられてぶら下がっている。

いや。

耳元で、フーッと息づかいがする。

地上で戦った熊型の魔物より大きい個体。獰猛な魔物に襟首を咥えられて吊り上げられているのだ。

「ちょっ」

じたばたと手足を振り回し抵抗するがびくともしない。聞こえる息が少し強くなって、首筋にたらりと濡れたものが落ちてきた。


よだれ!?


ぞっとした。

全力で背筋を使い、勢いよく身体をしならせて逃げ出そうと暴れた。だが首もとをさらに強く噛みしめられ、次の瞬間、ルイは咥えられたまま高速で移動する羽目になった。

「うわああ!」

ルイを捕まえたまま、魔物は全速力で駆け出したのだ。

ぶれる視界に絞まる首、風を切って振り回される身体。もはや抵抗するどころではなかった。ただ指を首もとに突っ込んで喉の締めを少しでも緩めようとする。呼吸の苦しさに耐えて、この揺れに揉まれる時の過ぎるのを待つ。

どれだけ走っただろうか。

獣は目的の地に着いたのか、力強く駆けていた脚を止め、ルイをぼとりと地に放り出した。

「はっ」

土に投げ出されてようやく解放されたが、ルイはへたりこむことしか出来なかった。首筋の濡れた感触を手の甲で拭う。

それから、目線だけで獣の様子を窺った。獣は褐色の猛獣にみえた。敢えて言えばネコ科に近いしなやかな体躯。大きさは雌ライオンくらいで、背中から頭までのたてがみがあり、口が耳まで裂けている。その口から覗く牙と地を踏んだ足の爪が自分に向けられないよう、獣を刺激しないよう、ルイはそろそろと辺りを見回した。


ここ、どこだ?


暗い地下。落ちてすぐ魔物に捕まり真っ暗な中引き回された。そうして慣れてきた目は闇の中でもその広さを見てとることが出来た。

土と岩で覆われた天井は凹凸はあるが大人が立って通るに充分な高さだ。奥行きも広がって、空気が流れていて圧迫感を感じない。今いる場所から遠く先は漆黒に染まっていて果ては見えないが、拓けた場所のようだ。落ちた箇所から魔物が駆けてきた距離を考えても、地面の下に人知れぬ空間が縦横に存在していると感じた。


ぐる、と頭の向こうで音がした。そっと振り返ると魔物が起き上がって一点を見つめていた。唸るでもなく応えるような声。

何か、また新たな魔物がやって来たのか。

気配を感じようと五感を研ぎ澄ませて様子を探った。

ぶん、と風が鳴った。獣の魔物の前方に大きな質量が生まれた。黒い影の大きな塊。蠢くそれで生きているとわかった。

無意識に肌がぞわりと逆立ち、喉が鳴った。

現れたモノに対して本能的に身体が警戒しているのだ。

ゴオッと声がした。

影が大きく伸び上がり、叫び声は大きくなる。それに応じて目の前の獣が縮こまり姿勢を低くした。

黒い塊から鞭のようなものが伸びた。途端、風が起こりルイを浚ってきた獣がびしゃんと地に叩きつけられた。

「ひっ」

自分を咥えて軽々と駆けた獣が、一瞬で潰された。

ひしゃげた毛皮から得体の知れない色の体液が四方に散ったのを見て、がくんと腰が落ちた。

生命の危機を前にして立ち上がれない。

のそりと黒い塊が動いた。大きさは一撃で殺された魔物の数倍もある。地下の天井ぎりぎりまで埋める程の高さ、そして横幅。

「うあ」

目を凝らすと影にしか見えなかったものの上の位置に三つの黄色く光る目があるのを見つけた。

ルイの視線に気づいたのか。濁った黄色の丸い目がぐるりと動いた。

目が合った、と思ったと同時に目の下の影が真横に大きく裂けた。

ゴオォッ。

口か!

ルイは咄嗟に目の前に防御魔法を張った。ばしん、と波動が当たって魔法が破れた。瞬時に掌を前にして呪語を唱えて張り直す。

ばしん、ばしんと張っては破られ、張っては破られを繰り返す。それでも魔物の波動を阻止していたが、段々とルイの発現できる力は弱く、張る防御は薄くなっていった。

額に汗が滲む。だがそれを拭う余裕はない。

六回目の膜が破られた時、遂にルイは前に掲げていた掌を地面につけてしまった。

「はっ」

地面を見つめて呼気を吐く。流れた汗がぽとりと落ちて地に染みて消えた。


ゴゴッ。

それでも目の前の危機は去ってはくれない。魔物の止まぬ叫びに、なんとか気持ちを振り絞って顔を上げた。土にまみれた手を上げて魔法を張ろうとする。

「うあ」

力が抜けた。

かくんと背中が砕けて肩から地面に落ちた。右肩を打ち付けた隙に、ふわりと黒い欠片が舞い上がった。

地面に崩れたルイの目の前で軽く浮き上がったそれは、サヨの黒い羽根だった。


魔物が発した波動で沸き起こる風に乗って、宙を舞う漆黒の羽根。


それを認めた(ようにルイには見えた)魔物の、大きな影が揺れた。それまでの形が歪み崩れ、口と思われる裂け目から黒い何かが飛んで羽根を絡め取った。

舌のようなそれで羽根を引き寄せた魔物は、そこで咆哮した。柔らかい羽根が鋭い刃物で切られた如く、黒い破片になる。

そして。

「う、わあぁー!」

これまでにない大きな波動は、地にあったルイを後方に吹き飛ばした。ごろごろと転がって、勢いを失って土壁にぶつかって止まった。そこに、巨体に似合わぬ俊敏さで一息に距離を詰めた魔物が迫った。


やられる!


ルイが死を覚悟したその時、紅く燃える炎が視界を舞った。

眼前に、掌に炎を生じさせたサヨが魔物を制するように宙に浮かんでいた。

「ルイ殿下」

呆然と見上げるルイを、見知った男、レミが助け起こした。


「いろいろ言いたいことはあるけど。お前が羽根を持ってて良かった。お陰で危機を察知できたから」

サヨの静かな言葉と共に、火球が舞い上がり魔物を襲った。


土日の更新はお休みします。

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