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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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「ルイっ!」

ジュールとレミ、シャルロットが駆けつけたのは、王居の森の外れ、王立学校を望む木々の切れ間だ。ほの赤く光が見えるそこで、悲鳴のような女の叫びを聞いた。それはシャルロットにとって特別な意味を持つ名だ。我慢できずに駆け足を早めた。

「殿下!」

背中にジュールの声が飛んだが、振り返りもしなかった。


「な、に?」

辺りにはくすぶる炎。それがパチパチと爆ぜ、何かを焼いている。空からも燃え尽きた黒い塵のようなものがゆっくりと降っていた。

「ルイ!無事か」

その中心で真っ黒い女が叫んでいた。


こいつだ。


「お前!」

「殿下、落ち着いて!」

掴みかかろうとするシャルロットをジュールが肩を抑えて止めた。レミがさっと前に回って庇う。

ジュールは厳しく女を見つめた。

「お前がルイ殿下と消えた女だな。黒い魔、魔鳥か」

「──なに。やっとお出ましか」

地に向かって叫んでいた女は立ち上がると、わずかに目を瞪ったがふてぶてしくそう返した。

ジュールの問いには答えない。

「ルイ殿下は」

「魔物の群れに襲われて、ここで防御魔法を張っていた。だけど地面が崩落して地中に落ちた」

「そんな!」

シャルロットは慌てて地面に取りすがった。良く見ると、崖に沿って人が落ちるくらいの陥没があった。

「空の魔物を駆逐するのに時間が取られた。あいつの援護を出来なかった」

女の言葉に怒りが込み上げる。それでもルイの身が心配だった。

今すぐにでも穴に飛び込みたい。

しかしルイを助けに来た筈のジュールは、全く別のことを口にした。

「何故人の為にそんなに懸命になる」

「あ?」

一刻を争う時にどうでもいいことを聞かれて、魔の女は胡乱な目で睨んだ。しかしジュールは冷えた声音でさらに問うた。

「ルイ殿下を何故助けようとする。食う為か。それともあの方の魔力が目当て。養分にするつもりか?」

「養分?何それ」

「お前ほど強い魔なら、身に抱える魔力も相当のはず。それがわざわざ王居の遮蔽膜を抜ける手間をかけて、ルイ殿下に接触したのだ。数度に渡って羽根を落としてまで関心を引いて。直ぐにも獲物にしなかったのは、どういう目的で」

「馬鹿じゃないの?」

魔物はジュールの言葉を叩き折った。

「なん、だと?」

「ルイを食べたり殺すならいつでもできる。それより、急がないと間に合わなくなる。私には時間がない。ルイを助けるよりも話を聞きたいって言うなら、目の前から消えて」

言い捨てると、女は暗い闇の淵に飛び込んだ。



「ジュール!」

先を越されたとシャルロットは焦って叫んだ。しかしジュールは動じない。

「殿下は私の後にレミとおいで下さい」

言ってレミに視線をやる。得たりとレミが動いた。

「王女殿下、失礼いたします」

「う、わ!」

すっとレミがシャルロットを抱きかかえた。それを認めてから、ジュールが浮遊術をまとって穴を覗き込む。

「殿下。レミに殿下の守護を任せます」

言い残して穴の中に消える。

「参ります」

低く言うと、レミはシャルロットを抱えたまま穴に飛び込んだ。

「!」

ぎゅっと目を瞑ってレミにしがみつく。すごい勢いで落下する、とシャルロットは覚悟した。が。

「あれ?」

落下はしている。だがふわりと下から支えられているような緩やかな落ち方だ。

「え、え?」

振り仰いでレミの顔を見た。無表情のまま頷かれて、気づく。魔法だ。

レミが落ちる速度を調整して負荷を和らげている。

と思う間に、衝撃を吸収した柔らかな着地となった。

暗い中、不意に辺りが明るく照らされて驚いた。シャルロットを降ろしたレミが、掌に光を作っていた。

魔法。

お陰で周囲が見渡せる。

傍らを見れば、先に落ちた、降りたジュールが平然と立っている。

すごい。

レミに注意深く地に下ろされて感心していたシャルロットは、はっとした。

この高さを、何の補助もなく不意打ちで落ちたルイはどうしたのか。

周りを見回しても姿はない。あの魔物の女もいない。



「ねえ、さっきジュールはあの女にルイの魔力を狙ってるんじゃないかって聞いてたよね。それって、つまりルイの魔力がすごく多いってこと?魔物が攫いたくなるくらいに」

「……はい」

「じゃあここで、魔物に魔力狙いで連れてかれたってことはないの?」

「その可能性が、高いと思います」

「!」

己の推測は当たりらしい。だが、それならルイはどうなるのか。魔力を吸う?奪う?そうされた人はどうなってしまうのか。

ルイの姿を見たい。無事なのを目で確認しなければ安心できない。


と、闇の奥でぼうっと赤い揺らめきが視界の端に見えた。

「ジュール!」

「行きましょう」

ジュールの足元がふわりと浮くのを追って、シャルロットは走った。




少しばかり駆けた先で、黒い女が火礫を放っていた。

たった一人に十を超える魔物達が一斉に襲いかかっている。小型の熊みたいな魔物だ。女の使う火力が強く圧倒的なせいで、魔物は炎にまかれて断末魔の叫びをあげる。半身を焼かれて転げて火を消そうとする魔もいる。損傷が激しい個体は倒れ、また消失するものもいた。だが仲間の消滅を意に介さない魔物達が、次から次へと女に向かう。その為、女はルイを追うことが出来ず足止めを食らっている。

お陰でシャルロット達が追いつけたわけだ。


不思議なことにジュールやレミ、シャルロットが現れても、たくさんの魔物達はこちらには見向きもせず、女を取り囲み攻撃しては返り討ちに遭っている。

まるで、女そのものを捕らえることが目的のように。

「ねえ、ルイがどこにもいない。どこに行ったのかもわからないよ」

地下と思われる場所は、広くそして暗い。その真っ暗な空間で一人の人間を探すあてもない。今にもルイが魔物に襲われているかもしれない。自分のせいで寸鉄すら帯びていないのに。

シャルロットは泣きそうになった。

しかし女は焦っている様子はない。至極平静に魔物を屠っている。

ジュールが声を張った。

「もしや。ルイ殿下はお前の羽根を持っているのか」

「──」

気づいたか、とでも言うような一瞥。

女はルイの居場所がわかる。そしてジュールは羽根で女の移動が読める。

「では」

「わかっているなら、こいつらが消えるまで待て!」

女の右手が勢いよく振り下ろされる。その先から発した火礫が魔物の眉間に当たり、あっという間に炎がその毛を焼いていく。

「ルイ殿下はご無事か」

「今のところは」

自らの羽根を助けとして、ルイの安否がわかるのだろう。女の答えにシャルロットはほっとした。姿を見失ってかなり経つ。信用ならない相手だが、今はわずかな手掛かりでも貴重だ。

「ある意味、あいつは私の羽根を持っているからこんなことになったとも言えるんだけど」

「つまり?」

「あいつを攫ったのが私の羽根のせいってことだ。羽根を持っていることで、雑魚の魔に私と誤認されて連れ去られたんじゃないかな」

「ひどいっ」

シャルロットは唸った。この魔物のせいでルイが危険な目に遭ったというのか。

会話の合間に全ての魔物を焼き尽くして、黒髪をなびかせて立つ女が腹立たしい。

「殿下」

今にも掴みかかりそうに喧嘩越しになるシャルロットを、ジュールが嗜めた。

「なんでか知らないが、魔物共は私を生きて捕まえたがる。奴らに命じているのは知恵のはたらく上級の魔物だ。そいつらに引き渡すまで、ルイがただの羽根の所有者とバレなければ命は取られない」

「なるほど。それは可能性として確かにあり得る」

女の言葉に同意するジュールを見て、シャルロットはわずかに安堵した。

しばらくの間はルイは無事でいられるらしい。

でも、何で?

ジュールはまだ会話を続ける。

「お前は、何故魔物に追われるか理由を知らないのか」

「?お前、わかるのか」

「黒魔鳥として生まれ落ちた当人が知らないとはな。だが、それもアリか」

「なんだ、早く言え」

「黒魔鳥は魔物の中でも特別な存在だ。その混じりけのない黒色は力の証。類い稀な強い魔力を持つ。だから魔物は本能的に惹かれるし、知恵の回る高位の魔はあわよくばお前の力を手にしたいと考える」

「へえ?確かに強いとは思うけど、それ程特別とは感じないけどな」

「それは、まだお前が」

「ねえ!今その話しなきゃ駄目?」

気づくとシャルロットは口を挟んでいた。いつまでも続く話にいい加減しびれを切らした。

ルイを早く助けないと。

いくら今無事だとはいえ、いつ事態が悪くなるかわからない。

話を中断させられた二人もそれは感じたようで、すぐさま切り替えて追跡の手段を講じ始めた。

「ルイ殿下の居所はまだ追えるな?」

「今、移動をやめてる。目的地に着いたのかも」

「ではすぐに追おう」

「私が連れて翔べるのは、一人が限界だ。お前を一緒に連れていってもいいが」

そこで一旦口を噤んで、意味ありげな視線をシャルロットに寄越した。

「そこの王女様が置いてけぼりを許さないんじゃないの?」

小馬鹿にしたように言われ、かっと腹が立った。だがここで言い争いをしている時間はない。ぐっと堪えて睨みつけるにとどめた。

それでも笑いを含んだ目線で撫でられてムカつきが止まない。しかしここでは一番役立たずな自覚はあるので、黙って話を聞くしかなかった。

「そうだな。ただ殿下は剣の遣い手だ。魔物と対峙したとしても身は守れる」

「実戦はまだ、のお姫様なのに?」

「交ぜっかえすな。時間が惜しい」

冷えた声で女を黙らせ、ジュールは顎に手を当て沈思した。そのまま後ろにひっそりと控えていたレミを押し出した。

「殿下は私がお連れする。お前はこの男を頼む」

「げっ。一番関係ない奴じゃない」

「私なら見失ったとしてもお前を追える。殿下を伴って術を行使しても魔力は保つ」

「仕方ない。わかった、っ!」

これ以上時間を無駄にしたくなかったのだろうか。

一瞬、顔をしかめた女は、唐突にレミの肩を掴むとそのまま消えた。翔んだのだと後に教えられたそれに、シャルロットはぽかんと口を開けた。

「シャルロット殿下、行きます」

名を呼ばれ我に返る。暗闇に立つジュールに差し出された手を握り、ぐっと唇を噛み締めた。

びょうっと風が鳴った。ジュールの飛翔術で女の後を追っているのだ。魔物とは違い、一足飛びにはいかないが中継を経て、羽根の痕跡を辿る。

シャルロットは気を揉んだが、普通に考えれば異様な速度だった。


三度目の飛翔で着いた場は、オレンジの炎に染まっていた。

見上げるほど大きな魔物の前に女が立ちはだかり、土に汚れたルイをレミが抱え起こしていた。

女は先程よりさらに赤く燃える火球を、続けざまに目の前の黒く凝る影にぶつけた。

火玉がぶつかる瞬間、炎に照らし出された魔物は濃く長い茶の毛の、巨大な獣と人の歪な混合生物に見えた。明らかに獣なのに顔面と四つ足の先だけが人間のもの。しかも、目が三つある。

あまりに異様な姿に腹の底が冷えたが、しかしまずルイの姿をこの目で確かめられた安堵は大きかった。腹の冷たくなるのとは別に、胸が温もり頬が自然緩んだ。

「ルイ!」

良かった。

シャルロットは足に力を込めて駆け寄った。


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