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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
8/276

7


初めての馬車は、箱型で大きく造りが良いためか、道がしっかりと整備されているせいか、あまり揺れもせず乗り心地がとても良かった。

あれ程わからない行き着けないと感じた王立図書館は、馬車だとあっという間だった。

図書館の門を抜けて館の入り口に馬車が停まると、先程と同じように衛兵が駆け寄ってきた。もちろん、捕らえようというのではなく、来訪者を確認するためだった。

すでに馬車に掲げられた紋章で車内の人物を予想できていたのだろう。声掛けは丁寧で対応は礼儀正しかった。



ロランが連れているお陰で、ルイは入口で止められることもなくすんなりと入館した。広い館内は中央に閲覧用の大きな机が据えられている他は、天井まで至る書棚が幾重も壁のように立ち、そこに無数とも言える本がびっしりと並べられていて壮観だった。高い位置に切り取られた窓から柔らかな光が差し込んで、ほこりがきらきらと浮かんでいた。

作業中の職員達がロランを認めて浅く、だがきちんと会釈する。それに軽く頷くことで応えつつ、ロランは迷いのない足取りで奥へと進んでいく。ルイは離されまいと急ぎ足で追いかけた。

広いが静かな本館を通り抜け、突き当たりの扉を潜る。そこは、天井は高いが四方全ての壁がびっしりと本で埋められている部屋だった。真ん中に空間があるが、先程通り過ぎたホールのような荘厳さを持つ館に比べるとより狭くこじんまりとしている書庫。そこかしこの隅には入りきらない本が積み重ねられていて、整理されていない乱雑な雰囲気もあった。

端にかけられている細い梯子まで至ると、上に向けてロランは声を張った。

「アルノー!」

「──」

上方の書棚の向こうから、かすかに低いいらえがあった。

「おお、しばし待ってくれ」

がた、がたた、と重い響きがして、それからぎしぎしと梯子が軋む。暗い色のローブをまとった老人がゆっくりと降りてきた。

「なんだ、お前がここに来るとは珍しい」

梯子の途中でロランに気安い口調で話しかける。

「さっさと降りてこい」

返すロランも遠慮がない。

「まったく気忙しいのう」

ルイの前でくだけた会話が交わされる。

慎重な足運びで梯子の最後の段を降りると、老人──アルノーは視線を下げておや、と首をかしげた。

「こちらは何処のご子息かな」

「──ルイ・シャルル第一王子殿下だ」

「ほう、これはこれは」

片方の眉をあげて、おどけた声をあげる。「随分と珍しい客人の訪問じゃな」

「アルノー」

ロランの咎めるような視線を浴びて肩を竦める。アルノーはローブの裾を捌き、ルイに向き直った。

「殿下。お初にお目にかかります。この老爺はアルノーと申して、この書庫の番をしておる者です」

「ルイ・シャルルです」

アルノーは長い白髪交じりの髭と眉を持つ皺深い老人で、ロランより頭半分ほど低い背丈をすっぽりと長いローブで覆っていた。

「この男ならば暇を持て余しております。その上、この書庫を知り尽くしている。殿下のお求めに応えるには最適な者ですよ」

「暇とはなんじゃ」

「本当のことだ」

ロランの言葉にアルノーが突っかかる。

だがお互いを見る目は楽しげで、多分この二人は仲が良いのだとルイは思う。気のおけない会話のお陰で、ルイも緊張しないで書庫を見回す余裕が持てた。

「これでも書庫の整理は大変なのだぞ」

「急ぎではあるまい」

「まあ、お前よりは好き勝手できるのは確かじゃな」

「と、いうことで決まりだな」

ロランはルイに視線を戻した。

「殿下。申し訳ありませんが、私はここでお暇いたします。わからないことはアルノーにお聞きください。この部屋の本全てを熟知していますから」

「あ、ありがとうございます」

書棚を眺めていたルイは慌てて礼を言った。ここまで付き添ってくれて、さらに本の知識がある人を紹介してくれたのだ。いくら頭を下げても足りない気持ちだった。

「殿下に礼を言われるとは。さすがロラン宰相殿」

冷やかすアルノーにロランが憮然とする。

一つ咳払いをすると、事務的に言い渡す。

「あとで迎えは寄越す。殿下を頼むぞ」

「帰るのか」

「──私はこれからやることがある」

「謁見かの。陛下に無理難題を吹っ掛けるか」

腹黒じゃな、とアルノーが小さく囃す。じろりとロランが睨んだ。

「私の心が読めるなら、私がお前に期待することもわかるな?」

「人使いが荒いのう」

ふん、とロランは鼻で笑った。

「それが役目だ。だが恐らくおまえにとっても有意義であろうよ」

「お前の見込み違いかもしれんぞ」

「残念だが、勝算はある」

「ふん、まあ暇潰しにはなるわな」

アルノーがルイを見てにんまりと笑った。

目が合ってしまってルイは慌てて余所を向いた。馴れた大人二人の話は言葉にしない含みがあるようで、聞いていても意味がわからない。

気まずく泳がせた目は、またもや周囲に無数に並ぶ本のタイトルに吸い寄せられ、いつの間にか意識を奪われていた。見たことのない不思議な文字、なんとなく内容が想像できる表題。気づけば好奇心のまま、わかる文字列を読み拾っていた。

「お気に召しましたか、殿下」

ロランが本に夢中なルイに声をかける。

「はい、あの、」

しまった、と焦って取り繕うとするルイにロランは良いのです、と軽く首を振った。

「私はこれで」

頭を下げると、マントを翻し背を向ける。

「本当に、ありがとうございます」

ルイは礼を繰り返した。

アルノーに言っていたように多忙なのだろう。足早に去る背中は振り返らない。

「慌ただしいのう」

呆れたように言うアルノーと共に、ルイは背筋の伸びたロランの後ろ姿を見送った。

扉が閉まり書庫に二人きりになると、アルノーはにこやかにルイを見返した。

「で。殿下のお知りになりたいものは何ですかな。ご要望をどうぞ」



「ここは知の殿堂。アルノーにお申し付けくだされば、どんなことでもお教えいたしますぞ」


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