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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
79/278

78 夜の空


刃のない護剣とはいえ、シャルロットの腕で打たれたなら、ただでは済むまい。

「サヨっ」

シャルロットの鋭い剣筋がサヨの肩を正確に突く。ルイは咄嗟にサヨの腕を掴んでいた。

「ルイ!」

悲鳴のようなシャルロットの声が耳に残った。



そうして。

咄嗟に目を瞑っていたルイは、襲い来る衝撃もサヨの悲鳴もなく、身を過る冷えた風に我に返った。

「え」

一面、暗闇の中、至近にサヨの姿があった。ヒトガタのまま彼女は闇夜に浮かんで、その腕にルイがそのままぶら下がっていた。

さっきまで宮邸のルイの部屋にいたのに。状況が掴めぬまま、お互い顔を見合わせる。

そこは夜空の下。夜の闇に二人浮いていたのだった。

「なんでルイがいるんだ!」

「あれ!?俺、どうしてこんな」

「お前まで来てしまったら、言い訳のしようがないんだけど!」

噛みつくように叫ぶサヨに、うっすらと何が起きたか掴めてきた。

恐らく、シャルロットが剣を突き出したと同時に、サヨは術を使って夜の空に逃げ去った。だがこの時、ルイがサヨを庇おうと体に触れていたせいで一緒に翔んでしまったのだ。

「今すぐ、戻れ!」

サヨが右手を大きく振った。

「──」

何も起こらなかった。目を瞪ったサヨが、はっとルイに問い質す。

「!ルイっ、羽根はどこにあるの!?」

「え。失くしたら駄目だと思って、ここに」

「馬鹿!」

羽根が宮邸にあれば、遮蔽魔法を超えてルイを元いた自室に一瞬で戻せる。だがルイは羽根を懐に仕舞っていた。

「ごめん!」

「謝ってもどうしようもない。どうするんだ、これ」

これで、ルイがすぐさま宮に帰ることは不可能となった。サヨと一緒なら宮に翔ぶことはできるが、シャルロットが待ち構えている。それでは彼女の身が危ない。サヨから離れて戻ることはできない。羽根という座標がないとは、そういうことだ。

ルイは失態に項垂れる。

夜空に浮かんだままサヨは吐息をつくと、ルイを両手で抱え込んだ。

「こうしていても仕方ない。取り敢えず移動する」

「う、わあああ」

ひゅん、と耳のすぐ傍で空気が鳴った。女性に抱えられている羞恥心や躊躇いは吹き飛んだ。ぎゅうっと思い切り目の前のモノにしがみついて、己の髪や服に空気がぶつかるのを耐えた。

「多分、ルイが消えて、今頃大騒ぎになっていると思う」

「ああ。間違いないな」

高速で飛ぶ風の中でルイはサヨの胴に抱きついていた。不可抗力である。

「仲いいんでしょ。あの妹、躍起になって探し始めてる、絶対」

風を振り切るように垂直に飛んで、サヨは宙で留まった。


「目を開けて。下に噴水が見える」

ルイは恐る恐る目を開けて、サヨの腕に掴まりながら地上を見下ろした。

広い空間の中心に四角く切り取られた水面に灯りが反射して細かく光が動いている。あれが多分、噴水なのだろう。王宮の前に造られた広場、その真ん中に設えられた噴水は高低差や水流の大小で変化をつけていて見応えがあり、国の大きな行事や儀式の際に一般庶民に広場が開放されると、皆こぞって見に来るという人気の高い場所だった。

期せずして、夜の王居を二人で見下ろす羽目になった。そう気づいてルイはふふ、と笑った。空気の揺れに気づいたサヨが視線を向ける。至近にいるせいか、暗闇でもサヨの黒い瞳が光っているのがわかった。

「あっちの大きな建物、あれが王宮。夜でも明かりが無駄に灯されている。

──ちょっと近いかな。ここから離れるわ。余計な追っ手が増えたらたまらない」

またもや風を切り、びょうっと体の横を抜ける音に身をすくませながらサヨにしがみつく。

くるりと方向転換して、噴水を越えて反対側の森へサヨは飛んだ。

「ごめんな」

情けなく掴まるルイはそう言うしかない。

「あと羽根とかいろいろ。俺がちゃんとしてれば」

「それはもう仕方ないわ。それよりルイも自力で飛べたら良かったのに」

「あー。それは無理」

「なんで。魔法で飛ぶのよ」

「飛翔魔法?」

「そう。次までに飛翔術」

「うううん?飛翔系は試したことないな。それに素養があったとして、そんなすぐ修得できるものでもないって」

そもそも、俺は身体系の魔法は向いてないみたいなんだ。

ぼそぼそと続ける。

「はっ!」

サヨが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「おい。その無能者を見るみたいな顔やめろ」

「そんなつもり、ないわ」

でも、と言った途端、サヨの腕から力が抜けてルイはずるりと地に落ちかけた。

「うわあっ」

腹の内側がひゅんと縮こまった。完全に落ち行く前に、サヨの腕ががしりとルイの胴を抱えていた。

「ほら。私がちょっと力弱めたら落ちるだけ。自力で飛ぶこと考えなさい」

「~~わざとか!」

「さあ?ほら、学校が見えてきた」

はぐらかされてむっとしたが、続く言葉に、しがみつく顔を上げて闇に目を凝らした。

「わあ!」

鬱蒼と繁る緑の向こうに拓けた土地と、そこに聳え立つ大きな建築物。いくつかの建物の中心に一際大きな、高い塔を抱いた建物がある。

空には細い細い痩せた三日月。

夜の暗さでも建物の灰色はか細い月あかりを吸収して、ほの白く浮かび上がっていた。

「あの一番大きなのがメイン校舎。ゲームでは塔が背景になってる画が多用されてたっけ」

「へえ」

ゲームをプレイした経験はないから言われてもぴんと来ないが、近い未来に自分が通う場所と思うと感慨深い。

「学校周辺はまた魔物避けされてるけど、もう少し寄ってみる?」

「うん、近くで見たい」



あっという間に学校近くの森の切れ間まで翔んだ。サヨの飛翔は早い。それでも鳥の姿の方が一段スピードが上だという。

ぐっと近くなった塔の一番上に大きな鐘が吊るされているのが見えた。

鐘を囲む壁に小さな光が灯されている。少ない明かりに照らされ輪郭が浮かぶ青銅の鐘。

高い位置からあの鐘が学校の時を告げる。朝から鐘の音を耳にして、生徒達は学校生活を送るのだろう。

真夜中の闇に在る学舎に見惚れていると、不意に身を寄せていたサヨが横に飛んだ。

「!」

中空で横に振られて落ちそうになる。加減を忘れてサヨの身体を鷲掴んだが、口うるさい少女から文句は出なかった。


それどころではなかったのだ。

ルイが闇の先に建つ学校に見入っている間に二人を濃い灰色の影が囲んでいた。魔物の群れだ。

サヨの全身から緊張がほとばしる。ルイは身体を強ばらせた。

夜闇を覆う羽根を持つ魔物が幾重にも。そして地上には一回り大きな焦茶の獣の魔物が数頭。どちらも興奮した荒い気を生臭い息を吐くことで散じていた。

「まずい!」

サヨの声と同時に、空の魔物が飛びかかってきた。黄色く光る一つ目の蝙蝠だった。濃い灰色で被膜の辺りは血管が透けているのか不気味に赤黒い。

サヨが素早く身を躱し、小さな火球を放った。火の球は蝙蝠の両翼、薄い飛膜から一気に全身を包み、炎となって地に燃え落としていく。突然の戦闘の始まりに、ルイは思わずサヨの腰にしがみついた。

「なんでこんなっ」

「王居の防御。あれって魔除けになるのよ」

サヨがくるりくるりと方向転換を重ねながら答える。

「だから私はいつも王居の近くに潜んでいるんだ。常世の森の端とかもね。防御壁の外でも魔法の余波と警備の目が届きやすいから、魔物は近づかない。狙い目なの。でもここは、王居の防御の枠外とはいえ学校のすぐそば。普通ならそうそう魔物が現れる場所じゃない」

「でも思い切り襲ってきてるじゃないか」

サヨの動きに振られながらルイは問う。頭の上からサヨの緊張感のない答えが落とされる。

「うん、すごい不思議。しかもこんな群れでなんて」

「これって狙っているのは俺じゃなくて、サヨか?サヨは魔物なのに、他の魔物に追われるのか?」

「何でか人気者なの。見つかったら総出で襲ってくるわ」

「なんで」

「とにかく力ずくでやってきて、倒すか逃げ切るかしないと諦めないから」

「っ!それを早く言え!」

学校を見遥かす高さから、空の攻撃を躱す為高度を数段下げる。

空を飛ぶ魔物からは狙いにくく、地上の魔物が飛びかかっても届かない絶妙の高さ。ぎりぎりを維持しながら、サヨはルイを降ろすタイミングと場を探す。

「どうしたらいいんだ。俺は攻撃魔法はほとんど使えないぞ」

残念な主張だが、それが現実だ。

サヨは機動力の高い攻撃に向いた魔法、強力な火を操れる。先程見せた火力を見ればルイにも力の程が窺えた。

空中で火を放てば敵を一気に減らすことも可能だ。だから広い空間を全て使った戦いが有利だ。

だが縦横無尽に空を舞う特性を生かすとなると、ルイとは別行動になる。人一人抱えて飛翔しながらの戦闘は無理だ。

そしてルイの防御魔法は、未だ多方面に発現させるには足りてない。

薄い遮蔽なら複数張れるが、強く長く維持するなら一つに力を留めて置くのが鉄板だ。

地にあるルイに防御魔法を張られながら、四方から襲来する魔物をサヨが倒す。それも有りだがサヨの機動性は無駄になる。

せめて物理的にでもルイが魔物と対峙できたなら。

気づいてサヨはルイの腰回りを見直した。

「宝剣は?」

「部屋だ。シャルに斬りかかられただろう?あれがそうだよ」

「っ、馬鹿!役立たず」

「仕方ないだろう!?」

そもそも寝入りばなの処からの緊急脱出で、魔物の跋扈する外にいるのだ。準備も何もない。


シャアッ!


蝙蝠にしては異様に発達した飛膜の先の鋭い鉤爪で襲いかかられ、既のところでサヨが身を躱す。勢いに振られてルイは落ちかけて掴まる腕に力を込めた。届きそうな高さにある爪先を地上で唸るずんぐりした小型の熊のような魔物が狙う。

口論している暇はなかった。

慌てて二人、目を見交わす。

「ルイ、地面に下ろすから。自分の周囲全面に半円で防御魔法は張れる?」

「やれるけど、四方全てを高度には維持しきれない」

「そうか。あー、それでもいいから。なるべく全方位、可能な最高値で防御張って」

それから、急ぎ付け加えた。

「自分の身を守って。継続できる範囲の力で!」

どれくらい魔物の攻撃が続くかわからない。自分が魔物の群れを追い払えるまで、ルイのシールドが保たなければ意味がない。

サヨの意図を理解して、頷いた。

地面すれすれまで降下したサヨから離れて、ルイは地に降り立った。

すぐに防御魔法を張る。そこに地上の魔物が飛びかかってきた。

四つ足だが動きは早い魔物だ。熊に似てるということは大きさ以上にパワーがあるはず。ルイの魔法に阻まれ弾かれて下がるが、すぐにまた向かってくる。至近で牙を剥いた獰猛な顔を見る。びっしりと生えた固そうな額の毛の中に埋もれた鈍色の角があった。しかも口から淡い白光、魔力の矢を放つ。


やっぱり、普通じゃない。


可視化されている魔物の攻撃に対して顔が、注意がいく。強い力で圧されるのがわかるから、魔力をその箇所に注力する。

体当たりや爪や牙による物理的なものと口から吐き出す魔力による攻撃。次第に、どうしても背面の防御が薄くなっていくのがわかった。

ルイは複数の魔物の攻めに耐えつつ、周囲を窺った。このままでは、いずれこの攻撃に耐えきれなくなる。

魔物の口が咆哮と同時に光の矢を放った。ルイの遮蔽に阻まれて飛散する。その光の散った果て、ルイの左後方斜めで跳ね返ってさらに四方に散らばった。

跳ね返って…?

はっと振り返り、少し先に崖のように壁が聳えているのが見えた。

壁!

ちらりと上を見上げた。空中でオレンジの炎を掌に生じさせたサヨが浮かび上がってみえた。

魔鳥の力は尽きることがないのか。まだ炎の礫は放たれ続けて、蝙蝠の魔の数を着実に減らしている。だが魔物の群れは仲間を失って尚、攻撃をやめない。火球で空いた間にすぐさま魔が陣取り、サヨに打ちかかる。


もう少し時が必要だ。

ルイは防御魔法を維持しながら、じりじりと後ろに退がり始めた。

壁を背にすれば防御の範囲を減らせる。

この魔物にどれくらい知恵があるのかわからない。考えを悟られないよう、さりげなく壁に向かう。崖側に回られたら厄介だ。

魔物に攻撃される箇所を都度、強化しながらゆっくりと立ち位置を変え、遂に壁際に辿り着く。背中を預けて防御魔法を宙に向けて張り直した、時。


がくん。

足下が崩れ落ちた。

両足の下がぽかりとなくなって、ルイはそのまま真下に落ちていった。


「ルイ!」


飛翔術、習っておけば良かった。


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