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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
75/275

74


ルイは目の前のヒトガタの魔物に一つ確認した。

「この世界でもサヨって呼んでいいのか?」

サヨは頷いた。

「顔もまんまだからね。日本人顔なんだし日本の名前でいいわ」

「そんなに好きなのか、その名前」

「本当の名前が嫌いで、デビューする時事務所につけてもらったんだ。気に入ってるの」

「え。本名は」

「教えない。死ぬほど嫌い」

何となく口にしたら有無を言わせず叩き切られた。余程のことだ。

「わかった」

諦めてその話題から退散すると、ルイはサヨの今の姿について尋ねることにした。


「それで。サヨは魔物に生まれたんだよな」

「そう。多分、十五年くらい前」

「じゃあ」

「あの事件で死んですぐ?じゃないかな」

「その時、神様(仮)からいろいろ言われたのか」

「ううん。お告げなんてなかった。なーんにもわからないまま。気づいたら木がたくさん生えてる山の中にいた」

「え。それって」

「産毛ほわほわの雛よ、雛。真っ黒だったけどね」

「親鳥とかは」

「知らない。いるのか、元々存在しないのか謎。魔物だし」

「じゃあ目が覚めたら鳥の雛だったってことか」

「そう。しかもその時は多分、無。前の記憶はなかった」

「鳥としての意識しかない?」

「鳥ってことも自覚ないわ。とにかく高い木の枝にしがみついてたんだもの」

サヨが言うには、気づいたら木の枝と幹の間にちょこんと座って?いたらしい。記憶があるのはそこからだという。

「自分が何者かなんて知らないわよ。でもお腹が減ったのね。それで立ち上がったら、落ちた」

「え!」

サヨは、手を大きく上から下に下げてみせる。

「真っ逆さま」

「ど、どうなったんだ」

「落ちるって感覚はわかって、まずいと自分でも思って何か叫んだ、はず」

そしたら。

「口から火が出たの。ぼう、って。その勢いで姿勢が直って、さらにじたばたしたら役に立ちそうもない短いヒレみたいな羽根で、少しだけ浮いたのかな」

まあ、実際は落ちてるんだけど。

淡々と話す中身はかなり過酷だ。

「そんなわけで落下したけど、火を吹いて両翼のヒレでふんわりと、何とか岩盤上に叩きつけられずに着地したんだよね」

「火が出せたのか」

「まあ。雛なのにね」

肩を竦めると、サヨは続けた。

「岩肌をよちよち歩いて、水場で自分を見たの。頭から尾っぽの先まで真っ黒いヒヨコだった」

丸い頭のね。

サヨは両手でその頃の大きさを示すように宙に輪郭を描いた。子猫くらいの大きさだった。

「それで、私は鳥なんだ。火を吹く黒い鳥だって知った」

前知識無し保護者無しのこの世界の動物視点での生は、なかなかハードだ。

「とにかく森の中に一人だったから、自分で何とか生きるしかなかったわけ」

覚えている限り辺りを探したが、仲間のような生き物はみつからなかった。

「食べ物は、木の実なんかを食べるけど。トカゲとか虫とかタンパク質もいろいろね」

詳しくはあまり聞かない方がいいんじゃない?

いたずらっぽくルイを見て、サヨは笑った。

「そのうち、他の動物は私の姿を見かけると逃げ出す、大きくなるにつれて気配を感じただけで隠れるってことがわかった」

雛の頃から嫌われてたの。

「じゃあずっと一人でいたのか」

「まあね。嫌われるのはある意味前世から慣れっこ。まあその頃は前世の記憶はないけど」

なんてことはない、と軽く流した。

「たださすがに一人で何年もいるとつまらなくて。少し遠出をしたらお仲間がいた」

「仲間!魔鳥がいたのか」

「違う。小鬼とか群れでいる魔物。こっちは変なのがいた、と思ったけど、私を見て逃げなかったから」


小鬼が、仲間。

魔物というカテゴリーでは一緒なのかもしれないが、常世の森で襲ってきたアレらをサヨと同じと見るのは抵抗があった。

背丈は低いが緑灰色の肌で口が耳まで裂けた奇怪な鬼のような魔物だ。しかし、生まれて初めて自分を見ても逃げずにいたソレらを、サヨが仲間と感じるのも仕方ないのかもしれない。

「逃げないどころか近づいてくるわけ。初めてのことよ。だから嬉しくて」

こっちも寄っていったら、見事に捕まったわ。

淡々と言われた内容に、ルイはぎょっとした。


──やっぱり仲間じゃなかった。

「翼ごと掴みあげられて、精一杯暴れたけどどうにもならなかった。小鬼って馬鹿力なんだ」

ちなみに鳥の私は歩くの遅いのよ。だから逃げてもすぐ捕まる。

「あいつら、無駄に人間ぽいっていうか器用で」

小鬼達は、確かに短躯だが二足歩行で手足が人と同じく自在に動く。鳥のサヨより余程自由が利くだろう。

「私が懸命に火を吐いて攻撃するんだけど、掴む向きで上手く避けるわけ。それでどうしようもなくなって。体力尽きたところで動きを封じられて奴らの住み処に連れていかれた」

過去の話であるが、ルイは聞いていてはらはらした。

雛でそんな目に遭うとか本当に過酷だ。

「食べられるのかと思ったけれど、そのまま暗い穴に放り込まれて」

ごつごつした岩肌のそこで、とにかくこのままではまずいと感じた。ついでに穴は奴らが食べたものの骨や動物の残骸が転がってて、命の危険を感じた。

それで。

「死にたくないって思ったわけ」

「いや、それ普通だから。早く逃げないと危ないから」

「そう思ってても、なかなか逃げられなかったんだってば」

言って、サヨは自分の胸に手をあてた。

「そうしたら、この辺りから熱いものが巡るのがわかった。ぐるぐると流れた何かで全身が熱くなった途端、体が溶けていく感覚があって。怖いって思った時に前世の自分が浮かんだの」

ぐっとサヨは手を握る。

「それで、気づいたら五歳くらいの私、かつての人間の子供に変わっていた」

人に変化したということか。

「姿が変わったら拘束も解けていた。闇に紛れて逃げ出したわ。人間の足だとまともに走れるの。岩場だろうとなんだろうとね。途中で気づいた小鬼に追われたけれど、必死で抵抗しようと手を出したら掌から火が出た。鳥の時は口からしか吹けなかったのに。二つの掌から火が出るとなかなか強くて。ばんばん小鬼に向かって火を出してたら、そのうち諦めてくれた」

助かったわ。

サヨは何でもないように言うが、実に凄まじい。

宮という安全圏でシャルロットとまとめてアンヌに育てられた自分と引き比べて、ルイはそんな感想を持つしかない。

「まあ、そんなこんなで人間にも化けられるんだー、って思っていろいろ確認していたら、昔の自分を思い出していった」

とにかく水面に映る顔が、人間だった時のままだったから。


成る程、とルイは唸った。

しかし生まれ変わったのに何故日本人なのだろう。

「でも。多分、放っておいたら違う姿になってたんだわ、これ」

浮かんだ疑問に被さる言葉にルイは顔をあげる。サヨはその時の姿を思い出しているのかルイの向こうを見ていた。

「何それ」

「人間に変わったばかりの最初の頃。別の姿に変わりかけたことがあったのよ。その時、ぼんやりしてて。ふと見たら目の前の腕とか手がいつもの私じゃないわけ。急いで水辺に走ったら、全然違う姿だった」

「どんなだったんだ?」

「秘密」

ルイは好奇心に駆られて尋ねたが、サヨはにべもない。そのまま自分の話を続けた。

「慌てて鳥に戻って、もう一度やり直しよ」

その時には既に幾度か変化を繰り返して、鳥とヒトガタの移行をある程度自分の意志でできるようになっていた。

「強く、昔の姿を求めたわ。過去の自分、死んだ西野サヨをね」

「そうしたら今の姿になった?」

今度はルイを真っ直ぐ見て、サヨはゆっっくり頷いた。

「選んだって言ったでしょ。そういうこと」




その夜は、東の空が明るく見えるまで話し込んでしまった。

いつの間にか部屋の闇が薄まったのに気がついて、慌ててお開きにした。サヨは鳥になって薄紫の空に飛んでいった。

ルイはその日、幾度も欠伸をしてシャルロットやアンヌ、書庫のアルノーにまで気遣われた。


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