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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
74/275

73 夜


程なくして目覚めた馭者が平謝りするのを宥めて、ルイは馬車で帰宅した。

受け取った羽根を密かに隠し持ってそそくさと自室に戻った。夕食の間も落ち着かなかったが、不審に思ったシャルロットからの追及も何とか躱した。そわそわする気持ちを押さえて、皆が寝静まった頃に部屋の大きな窓に羽根を立て掛けた。夜着に着替え形ばかりベッドに横になったが、眠気は全くやってこなかった。

冴えた頭で夜が更けていくのをじっと待つ。宮邸が完全に眠りについた頃、窓がかつん、と固いもので叩かれた。

シーツに顔を伏せていたルイは、ばっと起き上がって窓に駆け寄った。窓の外に黒い鳥がいた。

「こんばんは」

かつん、と嘴でまた窓を叩く。入れろということか。

ルイはそっと窓を開けて鳥を部屋に招き入れた。




部屋に入った途端、鳥はまたヒトガタ、ルイの知る西野サヨの姿に変化した。

艶のある腰まで届く長いまっすぐな黒髪を跳ねあげて、こちらを見る。

「やっと羽根が役に立ったわね」

在りし日のアイドルそのものの彼女は、そんなことを口にした。

「どういう意味だ?」

「私の分身、羽根があればその場所がわかる。あと、羽根があると出入り自由」

「何だそれ」

「この宮、全体が遮蔽魔法かけられてるから。庭の隅っこだけ遮蔽のベールから外れてたけど」

つまり、ちょうどそこにいたルイを狙って羽根を落としたらしい。

「ゆるーい魔法だけど、魔物とか外からの魔法で遮蔽魔法に接触すると魔力をかけた奴にわかるわけ。そうすると面倒なことになるでしょ」

「それって」

思い当たる魔法使いは一人しかいない。

「前に森の洞窟を一緒に歩いていた魔道師。あんた本人もあいつの匂いがぷんぷんする」

「やっぱり。ていうか、森の洞窟?それって何年も前じゃないか」

宮が襲撃されてシャルロットが傷を負った。彼女とアルノーを治すため常世の森に行ったのは既に二年も昔だ。サヨはその折り、自分達を見かけたという。

「その時から面白そうな人間がいるって思ってたのよ。だからしばらくそっと見てたんだけど邪魔が多くて」

王居の防御魔法を掻い潜ってみたら、ルイの住まいに遮蔽魔法がかかっていて全く様子が窺えない。宮から出て図書館に行くまでは追えたが、館内に入るとまた消える。そこで本人に自身の羽根を持たせようとしたらしい。

しかしルイは、二回ともサヨ曰く「邪魔な」ジュールに羽根を渡してしまった。せっかくの方法を台無しにされて、業を煮やして馬車に突撃する強硬手段に出たというわけだ。

自分の魔力を帯びた羽根があれば、それは目印となってサヨに場所を教え、かつある程度の魔法を密かに無効化できるのだ。


部屋のソファに移動して腰を落ち着けると、サヨからそんな話をされる。

「やっぱり魔物なんだ」

「まあね。人になる鳥なんて、普通いないでしょうよ」

「っていうか、生まれ変わったんだよな。なんで、前の姿そのままなんだ」

しかも十六歳くらいの西野サヨ。引退後、彼女が亡くなったのはルイの前世が終わる何年も前だ。正直、計算が合わない。

「ああ。選んだから」

あっさりと何でもないようにサヨは言った。

「は?選べるのか?」

「今の私は魔物だからね。ヒトガタになる時の容れ物は前世のままがいいって思ったの」

「魔物だから、選べた?」

「まあ、そうなるかも」

人外で仲間もいない。本体は黒鳥。魔鳥と呼ばれる魔力の強い異形。

「王子様は無理でしょ。家族もいるし」

もっともな言われようだが、ならばどうしてサヨは魔物なんてものになったのか。

疑問を投げるとサヨは肩を竦めた。

「気づいたら魔物に生まれ変わってたんだもの」

「気づいたら?」

「何の前触れもなく、ね。私がどうして死んだか知ってるんでしょ」


確かに知っている。

彼女の訃報をニュースで観たのは、ルイの前世が終わる数年前だ。

「あ、え。あの後、すぐ?」

かつて在った世界で。

西野サヨはアイドルという存在であった。女性三人で構成されたそれは、世間で一定の人気を博して安定した地位を築き上げた。しかしグループの他の二人と違い、サヨはデビュー当初から愛想のない、ファンに対して冷たいキャラクターであった。他の二人が可愛らしくフレンドリーな中、アイドルとしてあり得ないサービス精神のない存在。彼女は批判され中傷の的になった。が、どんな仕事も完遂する責任感と誰もが無視し得ない整った容貌で、一部熱狂的なファンを獲得して、第一線に立ち続けた。

十代半ばのデビューから十年近く経った頃、とある事件が起こる。ファンイベントにて、一人の男性ファンが突如サヨを大声で糾弾し始めた。会社員某と言われたその男は、サヨと個人的な関係を持ったのに、最近になって連絡を一方的に切られたと主張した。

明らかなファンの妄想と皆が思った。しかし男は一ファンでは知り得ないようなサヨのプライバシーを次々に暴露し、近しい間柄を世間に信じさせることに成功してしまった。

殺到するマスコミの取材攻勢。カメラの前でもそっけない態度を続けたサヨは、画面上にひどく憎々しく映った。

連日メディアで流されるネガティブな姿で、回復不可能な程にアイドルのイメージと商品価値は失墜した。さらに、影響がグループそのものに及ぶことを恐れた所属事務所とファンのプレッシャーはサヨを押し潰す。会社員某の告発から一ヶ月を待たずして、サヨの引退が決まった。

「飽きたんじゃないの?」

「元からやる気なかっただろ」

他メンバーファンの間ではかなり辛辣な意見が主流となり、彼らの関心は、二人体制でのグループが継続されるか自分の応援するメンバーはトラブルに巻き込まれていないかのいずれかに集約した。

日常の忙事に追われるルイ(の前世)は、ただ騒ぎの顛末をネットやテレビで拾うしかなかった。

だが見聞きした情報を整理した限りでは、サヨと会社員某の関わりは、会社員某の一方的な妄想、暴走したファンの作り話と思われた。サヨは事務所が公式に開催するイベントに参加していたが、常に事務所の規定を守り、ファンとの直接の対話でも距離を保った。

会社員某がサヨとコンタクトを取れたとは、どうしても思えなかった。

あくまで噂の範疇でしかないが、彼女の対応は普通に節度を持ったもので、思わせ振りな態度は一切なかった。それは引退の際も変わらなかった。にも関わらず会社員某は執着し続け、サヨの芸能界引退の四ヶ月後、その執念は彼女の居場所を突き止めた。

そして。

会社員某はサヨを死に至らしめる。

事件は大々的に報道され、その過程で某の主張は全て独り善がりで、サヨと関係があったというのも虚言と判明した。マスコミは一転、サヨの仕事への生真面目な態度や熱心さを報道しだしたが、今更である。会社員某は社会から抹殺され実刑を受けた。


「あれで。気づいたら魔物に生まれ変わったなんて酷すぎる」

理不尽とさえ思う。

しかし当の本人は涼しい顔で言い放った。

「別に。最初はショックだったけれど、慣れたらそんなでもない。もしかしたらラッキー?って。むしろ、好きだったゲームの世界を楽しんでるかな」

「え!」

サヨは肩を竦めた。しかしルイは最後の言葉に驚いた。

「じゃ、じゃあ、ゲームの内容知ってるんだ。セイイノ?ってゲーム」

「そりゃあ。仕事の合間にやりこんだもの」

一応、コンプリートしたし。

聴こえた呟きに、ルイは思わず詰め寄っていた。

「俺、全然知らないんだ。詳しく教えて欲しい」

「へえ。でもここがゲームの世界ってのはわかってるんだ?」

大きな瞳を瞪って。

サヨは教えてくれない。ソファの肘掛けに凭れ、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。

そういえば、素直という属性は皆無なのが前世で知る西野サヨだった。

「それは──」

ルイは、自分がこの世界に来た経緯、神様(仮)の言葉やゲームの概要を記した革の本の存在を語った。

「ふうん。そっちはご丁寧にゲームの世界に行くって教えてもらえたんだ。で、本を読むために呪術語まで勉強したってわけ」

「それでも不確定要素が多すぎて。あと本に書かれているのは何となく抽象的な感じがするんだ。だからゲームの実際のシナリオを知りたい」

「教えない」

ここまで告げても、返ってきたのはこれだった。

「なんで!」

「面白いじゃない。ゲームの世界、満喫しなさいよ」

憎らしい。腹も立つ。

しかし前世を知る人?に出会えたことで心を開いてしまっているのか、何となく、今のルイではなくかつての素、平凡な男の自分が表に出ている感覚があった。

不思議だったが、サヨを前にしていると自然に出ていた。

ルイとして十数年生きてきたはずだが、確かに前世の男の意識が根底に眠っていたらしい。


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