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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
3章
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数日後。

朝、いつものように図書館に出掛けるため馬車に乗り込もうとしたルイは、馭者に遠慮がちに声をかけられた。

「殿下。よろしいでしょうか」

日々の送迎の際は、特に会話もせず軽い会釈で済ませてきた。滅多にないことにルイのうちには疑問が浮かんだ。

「どうした」

主に膝をついて差し出したのは、黒い羽根。今から乗る馬車の屋根に落ちていたという。

いつ落ちたものかわからない。昨夜、仕事終わりに馬車の掃除を兼ねた点検をしていて見つけたという。

恭しく掌に載せて差し出された羽根を取って宙に透かす。

庶民にとっては幸運のお守りとも言われてる稀な黒い欠片。故に馭者は見つけたそれを我が物とせず、年若い主に渡したのだろう。

庭に落ちてきたものと同じ鳥の羽根のようだった。

「なんなのかな、一体」

それでも、心配そうにこちらを窺う馭者を安心させる為にありがとう、と笑んでみせる。

ルイはそのまま馬車で図書館へ行き、二枚目の羽根もジュールに渡した。魔道師は目を瞪ったが、再びそれに魔術をかけていずこかへ仕舞い込んだ。

それからは、いつも通りの課題、呪術語と治癒魔法の習練、雑談を織り混ぜた会話をして時が過ぎる。一日分の成果を得て、ルイは師に挨拶を残し図書館を辞去した。


その帰り道、角を曲がったところでそれは起きた。がくんと大きく馬車が揺れ、唐突に止まった。

ルイは慌てて馬車の扉を開けて外を見回した。宮邸に向かう角を折れた人気のない通りに馬車は傾いて止まっている。馭者は手綱を握ったまま崩れ落ちていた。

「──!」

ルイは目を見開いた。

馭者台の端に、カラスよりも鷹よりも大きい、真っ黒い鳥が留まっていた。

馬車が止まったことと、馭者が昏倒したこと、そして突然現れた黒い鳥。

混乱するルイの耳に、ゆっくりとした女の声が響いた。


「ねえ」


ルイは急いで周囲を見回した。

見渡す限り、誰もいない。

「ねえ、聞いてるの?」

声は目の前から聞こえてきた。そして、眼前にいるのは、黒い、漆黒の羽根を持つ鳥。

鳥が人の言葉を話していた。

呆然とするルイに構わず、鳥は話しかける。

「どうして羽根を人にあげちゃったの。せっかく目印つけたのに」

「目印?」

鳥なのに話すのは流暢なんだな、とどこか冷静に考えながら問うと、答えが返ってきた。

「私の獲物ってこと」

「獲物?俺を食べるのか」

鳥と話しているという現実にいろいろ麻痺しているのか、良く考えればおかしな問答も気にならなかった。しかし、ルイの問いは的外れだったらしい。

「違う。食べない。他の化け物にちょっかい出されたくないから、私のって印をつけたの」

なのに、二回も他人に渡すなんて。

かちかちと嘴を鳴らす。艶のある黒い頭を傾げて、鳥はルイを覗き込んだ。

「王子だよね。名前は?」

「ルイ。ルイ・シャルル」

告げた途端、鳥は羽根を広げ羽ばたいた。

「うそ。ルイ、王子?」

飛び立って、ルイをよく見ようとしてか嘴のついた顔を空中で寄せようとする。だが加減が上手くいかないのかルイの前後を旋回するだけで近づけない。それを数度繰り返し、もどかしさに鳥は一端大きく上空に飛び上がってゆっくりと羽ばたきを一つした。


ばさり、と乾いた羽音の後。

空にあった黒い鳥の姿は消え、眼前に現れたのは、一人の少女。

長い真っ直ぐな黒髪。白い肌、切れ長の黒い目が印象的な整った小さな顔。

ルイは知っていた。前の世界でよく見た顔。

「西野サヨ!?」

知らず、その名を叫んでいた。この世界に生まれてから十数年。久々に、口に出してはほぼ初めて、日本語の名前を呼んだ。


それは、元いた世界、日本の女性アイドルグループのメンバーの名前。かつて画面越しに観ていた可憐な日本女性が、濃い灰色の飾り気のないドレス姿で佇んでいた。

「…へえ。私のこと知ってるんだ。同世代?」

その顔に驚きの色が浮かぶ。覚えていたより低い声が探るように尋ねた。

「え、あの、ええ!本物?」

驚愕に動揺を隠せないままのルイに苛立ったのか、小さく舌打ちして改めて矢継ぎ早に問う。

「前世日本人?ニ〇XX年頃に日本にいた人?」

声が出ぬまま、ただカクカクと首を縦に振った。

「なるほどね。王子様は転生者か」

いろいろカオスね。

ひとりごちて、サヨはルイの顔を覗き込んだ。

「なんで、西野サヨなんだ」

前世のヨーロッパ系にあたる人種でほぼ構成されているこの国で、彼女は前世のままの完全日本人、アイドルの容姿だった。

しかも。

「亡くなったのは二十六だったのに。どうしてデビューした頃の姿なんだ!」

最後に覚えている姿は訃報と共に映った引退会見の映像。しかし今目の前に立つのは、十代半ばのデビュー当時の初々しさを残すサヨだった。

少女は胡乱な目でルイを見た。

「あんた、いろいろ詳しいわね。芸能好き?」

「や、あの、グループのファンだった、から」

メンバーを前にして言うことではないが、誤魔化しを許さないサヨの視線にもごもごと呟いた。

「ふうん。で?誰ファンよ。その様子じゃ私以外のどちらかだよね」

すっかり見透かされている。観念してルイは白状した。

「センターの、成田若葉のファン、でした」

はっ、とサヨは鼻で笑った。

「若葉のね!わかりやすいわー。イイコちゃんでかわいいもんね」

圧倒的な美貌で十年に一人の美少女という体で売り出された西野サヨと違って、庶民的な愛らしさと明るさ、滲み出る性格の良さで三人グループのセンターだった成田若葉。

画面越しでもキツイ口調と冷めた対応で度々悪評を被っていたサヨは、この世界でも変わりなく見える。

などと眺めていたが、サヨははっと気づいたように周囲を見回した。

「っと。予想外の展開だわ。もっと会話が必要だけど、このままじゃまずい」

言われてルイは自身の立場を思い出した。帰宅途中に、力ずくで止められていたのだった。


往来の真ん中で馬車が斜めに止まり、馭者は気を失っている。馬は魔物の気配を感じてか繋がれたまま大人しくしているが、いくら人通りが無いとはいえ、そんな状況で少女と少年が話し込んでいてはあまりに不審だ。

「あー。今から一緒に宮に、ってわけにもいかないか」

いきなりルイが見知らぬ少女を宮邸に連れ帰って無事に済むとは思えない。魔物という正体は誤魔化せるかもしれないが、出会った切っ掛けなどアンヌとシャルロットに言える筈もない。

困って、しかしこれで終わりにはしたくないルイは逡巡する。

「こんな日中に揃っておうちに行くのは無しよ。馬鹿なこと考えないでね?」

「わかってる。けど、まだいろいろ聞きたい」

それはお互い様だったようで、ルイを一瞥して、サヨは握った右掌をそっと開いた。

「羽根。もう一回だけあげる。部屋の窓に貼っておいて」

「え。それって」

黒く光る風切り羽根。受け取って目を丸くする。サヨの姿は消え、声だけが聞こえた。

「目印になるって言ったでしょ。絶対捨てないでよ。夜、訪ねて行くから」


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