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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
7/261

6 出会い



と、

「何をしている!」

突然、上から声が降ってきた。

次いでばらばらと駆けてくる複数の靴音。

「子供か?」

離れたところから見つけてきたのか。揃いの制服を来た兵達がルイをぐるりと取り囲んだ。

「なんでこんな子供が」

「一人でいるのか?」

全部で五人。高い位置からじろじろと見回し怪しむ視線に、ルイはすくみ上がった。ぎゅっと荷物を抱きしめ、知らず足下を向いてしまう。

宮を抜け出すことばかりに注意を払っていた。外に出たら、ただ道を歩いているだけで兵隊に捕まるなんて考えていなかった。

「身なりは悪くない。貧民が入り込んだという風でもないが──」

「貴族なら、こんな子供が一人で歩いてるわけがない」

「おかしいです」

口々に言い合い、またルイに視線をやる。年嵩の男が乱暴に声をかけた。

「おい。お前、口は利けるか?」

「は、はい」

びっくりして顔を上げた。急いだので声が裏返った。

「お前、どこからこの王居に入った?」

「どこ、から。──住んでいる家の、外に出ただけ、です」

元より、住んでいる場所がどこなのか把握していない。生まれた時から居続けた宮。その塀から転がり出たら兵に囲まれる理由も思い当たらない。

答えようもなくて、考え考えルイは自身の知る限りを話す。

「住んでる家?」

「ここは一帯が王居だ。住んでいる方など極限られている」

「子供が、出鱈目言うんじゃない」

だが懸命の言葉にも、男は怪しむ気持ちを大きくしただけだった。さらに他の兵達はとんでもないことを聞いたと言わんばかりに否定した。

おうきょって何。

知らない言葉にルイは戸惑う。それからもう一度繰り返した。

「出鱈目じゃ、ないです。本当です」

「 馬鹿を言うな。ここに住むことができるのは王族と高位の貴族、官僚の方々だけだ。お前、どこの子供だ」

どこの。

問われて浮かんだのは白い世界の記憶。

確か、神様(仮)が言ってた、と思う。

「お、王子です」

多分。

あやふやなまま、それしか当てがないので口にする。

「王子!?」

「まさか…」

ルイの言葉に兵達は一斉に動揺をみせた。慌ててルイの全身をまじまじと見直す。

さらにお互い顔を寄せて囁き合う。しかし子供の一言に容易に焦った自分達を恥じたのか。今度は別の兵が顎をひいて威嚇するように睨んだ。

「戯れ言を言うな」

「本当です」

ルイはそれしか言えなかった。

「嘘だろ」

「王子殿下がこんなところに一人でいるわけがない」

「……年頃は合わないか?」

「いや。俺は一度お見かけしたことがあるんだ。遠目だがはっきり覚えている。髪色が全く違う」

それぞれ疑いと万一の畏れを口にしていたが、最後に一人の兵がきっぱり断言したことで、さっとルイへの態度が変わった。

独り歩きの不審な子供から、王子を騙る不敬で忌々しい浮浪児へと。

兵達の囲んでいた輪が縮まり、ルイを圧迫する。


間違えた。


明らかな証言で否定されて、ルイは完全に行き詰まってしまった。


神様(仮)は確かに王子に生まれ変わると告げたはず。

覚えている限りを絞り出して行き着いたのだが、しかし省みればアンヌにも誰にも王子と扱われた覚えはない。

迂闊だった。

頭を巡る神様(仮)の記憶を安易に信じて動いたことを後悔したが今更だ。

このまま兵達に捕まってしまったら、どうなるのだろう。

「本当のことを話せ。お前はどこの誰だ。

何故こんな奥にまで入ってきた──」

兵達に押し潰される勢いで詰問されて、ルイは言葉に窮した。

ぐっと唇を噛みしめ、懸命に考えるが活路が見つからない。



「──何事か」

突如割り込んだ、空気を制するびんと張りのある問いかけ。放たれた低いそれは、威圧感を持って兵達の輪を裂きルイの耳まで届いた。

殺気立っていた兵達が我に返るほどの場を圧する力。

ルイが首を伸ばして声の主を探すと、道の先に停まった馬車からマントを羽織った年配の男が降りてくるところだった。

「これは、ロラン様」

兵達が緊張を身体に漲らせたので、男が地位のある身だとわかった。ざっ、と皆一様に新たな人物に向き直る。

「どうしたのだ。衛兵がそのようなところに集まって」

「いえ、ロラン様がわざわざお気にかけるようなことでは」

背筋を伸ばし固く応える兵達の間にルイを見つけて男──ロランはおや、と顔を傾けた。

「その子は?」

「いえ、その、いずこかから紛れ込んだようでして」

「供も連れず一人きりなんて、どうしたものやら」

「──城壁が囲う王居に紛れ込んだ?」

ロランが眉をひそめる。兵が急いで付け加えた。

「身なりはそこそこですが、こんな場所をふらふらしているのでどうしたものかと」

「商家の金持ちの子あたりでしょうが、見咎められて身分を詐称するなんて、ろくな者ではございません」

「身分を詐称?子供がか?」

す、とロランの周囲の空気が冷えた。長いマントを翻し大股でルイに向かう。

慌てて衛兵達が制する。

「宰相閣下のお手を煩わせるまでもないことで」

歩みを邪魔をせぬよう退がりながらも言い募る。それを聞き流して、ロランはルイの前に立った。

「ほんの子供ではないか」

大人からすればはるかに小さいルイを見下ろして、呆れたように言った。

既に衛兵にもまともに答えられないでいたルイは、さらに身分の高そうな男の視線に晒されて身体を縮めた。

どうしよう。

本当にまずい。

それでも、ぐっと気力を集めて顔をあげた。

「あの、」

何とか、言い訳を考えなければ。

だが、反駁しようにも自分が何者かさえわからないルイには手札がなかった。

唇をなめ、声を出そうとして言葉に詰まる。見上げた姿勢で固まってしまったルイとロランの目が一瞬合う。

五十絡みの灰色の短髪を撫で付けた背の高い男と金髪の幼児。

威厳に満ちた大人の男に対峙してルイは萎縮する。しかし、お互いを瞳に映して表情を変えたのはロランの方だった。

「貴方は──」

逡巡の後、ロランは口調を丁寧に改めた。

「名を、お教えください」

「あ。僕は、ルイ・シャルル、と言います」

おずおずと告げると、ロランは目を見開いた。

「やはり。エルザ様のお子か?」

先日知ったばかりの母の名が零れて、ルイは急いで頷いた。

ロランは小さく唸った。と、流れるような身のこなしでマントの裾を払いルイの前に跪いた。

「第一王子殿下──」

「宰相閣下?」

「ロラン様!何をなさいますか」

小さな子供に対し頭を垂れた国の重鎮の姿に、悲鳴のような声があがる。戸惑い、いぶかる兵達にロランは静かに告げた。

「──臣下ならば王族の前では膝を折る。当然のことだ」

「ひっ」

「まさか、本物……」

慌てて宰相の言葉を吟味し、礼を尽くす姿にそれが紛れもない事実と知る。目の前にぽつんと立つ子供の素性を確信してざわめいた。

「閣下、それではこのお方は……」

恐る恐る年嵩の男が確かめる。起き上がったロランは、すっと右手を伸ばしてルイを示した。

「表立って語られぬゆえ、知られていないが。こちらは確かに陛下の第一王子、ルイ・シャルル殿下であられる」

はっ、と皆が整列し、ぎくしゃくと敬礼した。

ルイは大人達の慌てる様を呆然と目に映していた。

王子ではない、と思ったすぐ後にこのような扱いをされて、気持ちが追い付かない。態度を激変させた衛兵達に呆れるより、自身が翻弄されている。

さらに、ロランの何気ない言葉の中でルイは一つの事実を知った。


陛下の子


そうか、王子だったら親が王様だったりするんだ。そうなのか。

父親のことはほぼルイの頭になかったので、これはかなりの驚きだった。

つまり自分とシャルロットは国王の子供となるらしい。

想像の外だった。

新たに明らかになった己の身の上にある種の感慨に浸っていたルイは、その姿をロランが注意深く見つめていることに気づかなかった。

ルイを映す視線を衛兵達に移すと、ロランはふいと纏う空気を変えた。わかりやすい、牽制の為の威厳。

「ここを指揮する者は?」

男達を検めるような問いかけだった。

は、と最初にルイに声をかけた男が急いで前に一歩出た。

「わかっていると思うが」

命令に慣れた者の物言い。

「このことは、決して口外しないよう。殿下のお身については特に。私も今日のことはうちに納めておくゆえ」

「は。ありがとうございます!」

暗に、従えばこの失態を不問に付すと仄めかしていた。王族への不敬は厳罰。それから逃れられるとあって、隊長はむしろ安堵したようにロランの要請を受け入れた。

きっちりとした礼を見せて衛兵達が去っていく。

揃った靴音が遠ざかった後に、ルイはロランと残された。




「ルイ殿下。少しお話ししてもよろしいでしょうか」

静かにロランは許しを請うた。ルイが頷いたのを見て、道の向こうへ片手をあげる。馬の蹄の音。先に止めてあった馬車がこちらに近づいていた。

「お乗りください」

ロランはルイを自らの大きな馬車に招いた。

「ここでは目立ちますから」

戸惑いながらも、ルイは豪華な車内に入る。中は外から見るより広い。

大きな座席に向かい合って座ると、ルイは改めてロランを眺めた。

彫り深い造りに年齢相応の皺を刻み、思慮深い灰色の瞳と鷲鼻を持つ威厳ある顔立ち。

大人の男性を普段あまり間近にしないので、不躾なほど見つめてしまう。

そう言えば、と先程耳にした肩書きを口にする。

「宰相閣下、なのですか」

「はい」

「では、この国を司ってらっしゃるのですか?」

「殿下はよくご存じですね。非才の身ですが王命により担っております」

ふっ、と笑い、ロランは身を乗り出した。

「私の方からも少しお伺いしても?」

「はい。どうぞ」

ルイは無意識に身構え、膝の上で両手を握りしめた。

「殿下は何故あそこに?お一人でいらしたのですよね」

「はい。一人です」

「黙って抜け出されたのですか?」

「う、あの……はい、よくおわかりですね」

「随分と半端な通りに立っておられましたから」

ロランの見方は鋭く的確で誤魔化しようもない。

「アンヌ殿は思慮深い。大切な殿下をお一人で宮の外に出すなどあり得ません」

はっきりと言われて、己の考え無しの行動までも指摘された気がした。

ルイは膝においた手を見つめた。組んだ手に力が入る。

改めて今の自分の立場を考えた。

今日の冒険はこれでおしまいだ。すぐに宮に帰されて、アンヌの厳しい叱責を受ける。しばらくは監視されて、すぐに追加の使用人が来る。アンヌは新しくルイ達の見張りもつけるかもしれない。

次はいつ抜け出せるだろう。もう一度図書館を目指せるチャンスはあるのだろうか。

「それで?殿下はどうして宮を抜け出されたのですか。アンヌ殿を困らせたかった?それとも単なるいたずら、息抜きですか」

語調は丁寧だが、ロランのそれはどこかルイを軽んじる風があった。

我が儘な欲求を満たすことしか考えていない、浅はかで愚かな王子を残念に思っているのかもしれない。

確かに自分の思いつきの行動がこうして迷惑になっているのだ。軽蔑されても仕方なかった。

ルイは萎れた気分のまま、もはや潰えた希望を口にした。

「図書館に行きたかったんです。どうしても読めない言葉を知りたくて」

「図書館。王立図書館を、目指しておられた?」

ロランの眉がわずかに上がった。鋭い眼差しがルイの傍らに置かれた帳面に投げられた。詰問のトーンが変わる。

「学ばれたかった、と」

「宮ではもう調べられないんです。だから」

「調べられないとはどういうことでしょう。アンヌ殿には教わらなかったのですか」

「アンヌに習った文字は読めるんです。でも全然わからない言葉があって。それを知りたいんです。だから」

「お手元の本では学べない類いの言語ということでしょうか」

「はい。宮の書斎で全部、いろいろ探してみたのですが見つかりませんでした」

「──なるほど」

重々しく首肯して黙り込む。しばしの後、ロランは再び口を開いた。

「わかりました。確かに、殿下のご希望には図書館は最適と思われます」

「え、」

「王立図書館は私もよく知るところ。せっかくですから、この馬車でお送りいたします」

何故かはわからない。だが先程までの咎める風情は消えて、ロランは恭しい程の丁寧さでルイを誘った。

「私が、ご案内致しましょう」

ロランは胸に手を当てて一礼した。

本気で図書館に連れていってくれるのだ、とようやく理解したルイの心に喜びが沸き上がった。嬉しくて勢いよく頭を下げた。

「ありがとう存じます」

ロランは目を見張った。

「これは、ご丁寧に」

苦笑いした宰相は、また一つ思いついたように問う。

「殿下は、宮では礼儀作法などはどなたに教えを?」

「?宮にはアンヌしかいませんから。ずっと一緒で。教え、というのかわかりませんが、文字はアンヌに。シャル、シャルロットと学びました。作法は見様見真似だと思います」

「シャルロット殿下?」

「双子の。僕と一緒に生まれた」

「存じております。双子のシャルロット殿下。それは、大変でしたな」

軽いねぎらい。それから何事か考えるように逡巡した。ルイは気にせず続けた。

「そうですか?でも、だから宮にある本だけじゃ足りなくて」

「よく、わかりました。お教えいただき感謝します。この件はまた改めて。では時間もありませんし、図書館へ参りましょう」



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[良い点] 自然にスラスラと読めますね。ルイとシャルは双子でとてもかわいいです。最新話まで追いつきます!
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