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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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「私の下から去るとはどういうことじゃ」

王妃のサロンに響く鞭打つような鋭い声。だが敏い者ならそこに不安が滲むと感じただろう。

王妃ナディーヌの足下に跪き、強く詰られているグレゴワールは無論、彼女の押し隠した動揺を逃さず嗅ぎとった。嗤いを堪えた顔を床に向けて、もっともらしい苦しげな声音で事情を語る。

「公爵閣下が我を厭われまして」

「兄上が?馬鹿な。グレゴワールは私の頼りにする者だというのに」

甲高くなる声音はさらなる揺らぎの表れだ。

「閣下は先の襲撃の件に強い懸念を抱かれたようです」

「確かに失敗はしたが、特に問題にもならなんだではないか」

「我もそう申しましたが、公爵閣下は妃殿下の御身を心配されてのこと。お心を無下にするわけにもいかず…」

「じゃが、それでは私はこれからどうしたら良いのじゃ」

トマでは信頼に足りぬ。

落ち着かなげにその繊手を揉み合わせる。

ナディーヌの深い不安をグレゴワールは承知していた。ご安心を、と告げて立ち上がる。

「代わりにこの者を置いておきます。何かありましたらこの者に命を。何時でも我が駆けつけますゆえ」

グレゴワールが横に退いた後に、小さな塊が座っていた。

「名はオロール。最低限の用は果たせますので、宮の端にでも留め置きください」


いつの間に。


ナディーヌはかすかに驚きを顔に出したが、まずその者の容を検分するのを優先した。青い双眸が鋭く全身を撫でる。

痩せこけた小娘。魔力は些少。

いかにも冴えない姿に王妃は落胆したようだ。

グレゴワールの力を頼みとしていたのに、代わりに残されるのがこれでは不満が残る。紅い唇がわずかに歪んだ。

だが目の前の魔道師の意志は変えられないだろうという諦念が、娘を受け入れることを認めた。

小さく頷くとグレゴワールを指し招いた。

「妃殿下」

「私が必要としたならそなた、何をおいても参るのだな?」

「もちろんでございます」

深く禿頭を下げる。

「よい。ではこの者をそなたとの繋がりとして手元に置くとしよう」

小娘は、グレゴワールの目として王妃の住まう東の宮に留められることになった。



───────────────────────



魔道師が辞した後、ナディーヌは馴染んだ長椅子から身を起こした。人を待つ間に、部屋の片隅に視線をやる。

常は宮に仕える小者など幾たりいようと人とは思わぬ。身近にいる数人の侍女以外は、物事を円滑にするための道具でしかない。

だが。

ナディーヌは件の魔道師の置き土産をほんのわずかな関心を持って見つめた。

この宮の絶対的主人の視線を浴びて、小娘は身を縮めたようだった。

子供じみた怯えは、しかしナディーヌの心にわずかな揺らぎも起こさない。

自身の気づきを解くことだけを追う為に、すっと意識を高めてさらに睥睨する。


問題ない。


自らの受け取った感覚は先程魔道師の前で見た時と同じ。違和感もない。

ナディーヌの持つ魔力のうち、秀でた能力は他者の魔力精査だった。普段は自ら発現させる意志はなく、王妃という立場から王居の守りに任せているが、このような時は気まぐれに判定した。

グレゴワールから感じる魔力と比べるべくもない小者。保持した魔力は微かに有るのみ。

容れ物も凡庸だ。

薄茶けた髪を引っつめて後ろで纏め、灰色の瞳のありふれた顔立ちの地味な娘。

華やかな宮では裏方に回るために生まれたような。


今一度見直して、わずかな引っ掛かりを感じた。濃い睫毛に彩られた瞳を大きく瞬かせる。

だが確かに問題はない。我の元から消えると言って聞かぬ者との連絡係りとして側に置くには都合が良い。我が宮の片隅に飼っておけばいざという折に役に立つ。

「妃殿下」

待ち人が着いたという侍女の先触れに鷹揚に頷いて、ナディーヌは部屋の染みのように灰色の娘へ興味を向けるのをやめた。


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