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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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一方、顔と肩に傷は残ったものの、身体の機能は万全に回復したシャルロットは、剣の稽古に熱心に励んだ。マクシムが騎士団の業務で忙しく、訪れは日が空くようになったが、その分自主練習に余念がない。

無論、合間にはメラニーの教育、クレアのダンス指導をこなして。

綺麗な頭の形に沿うような短髪になったルイに対して、シャルロットの少々オレンジがかった金髪は長くなった。とはいえ、せいぜい肩より下辺りまでで、明らかにルイの要望には届かない。うるさい言いつけに対するせめてもの反抗だ。

怪我が治って専用の一人部屋に通された夜、ルイの気配のないベッドでシャルロットは少しだけ泣いた。


それでも残った傷痕を見たルイの顔を見たら、シャルロットに傾ける思いの強さは変わらないと知ったから。自分を守る為に、一人決めたことをやり遂げようとしているのだとわかったから。

シャルロットも自分の選択した道を進もうと決めた。

ルイを確実に守れるように、皆が心配しなくても良いくらい強くなる。ただ、物理的に守る力を強化するのは剣の腕を上げるだけしかシャルロットに採れる手段はない。せめてもと、ルイの足を引っ張らないように勉強も教養も最低限身につけると心に決めた。

大変だけど剣はマクシムが助けてくれる。他はメラニーとクレアが。

だからきっと大丈夫。

そう確りと思えるようになった頃、シャルロットはようやく広いベッドでの一人寝の寂しさにも慣れていた。



さてしかし。

「シャル様」

ある日の午後、剣を振ろうと中庭に急ぐシャルロットの前ににっこりと笑みを見せて立ちはだかったのはメラニーだった。

「もうすぐ、マクシムが来るんだけど」

なんとなく嫌な予感がして、予定があることをアピールする。

「ええ。ですが剣のお稽古までにはまだお時間があるようなので、その間に少し講義を」

「え。勉強?」

露骨に顔をしかめたが、メラニーは全く動じない。

「はい」

「普段、やってるのに。もっと増やすの?」

「いつもの教養に新しく加えるべきと考えまして」

「ええー!なんで」

「魔物について、です。常世の森でルイ様達が遭遇されたそうで、今後、想定外で侵入や遭遇の可能性もあるので、アンヌ様から早急にお二人にお教えするよう、ご要望があったのです」

「魔物!」

それまでひたすら逃げの姿勢だったシャルロットは目を剥いた。ルイとマクシムから森の洞窟内の話を聞いて、頭の中で魔物について様々に想像していたのだ。こっそり落書きしてみたこともある。


知りたい。


一転、前のめりになった生徒に、メラニーは静かに続ける。

「ただ、恐らくルイ様はアルノー様、ジュール様から相応のご講義を受けておられると思うので、まずはシャルロット様に、と」

そこで穏やかに首を傾げた。

「シャル様もジュール様達の教授をご希望なら、私はご遠慮いたしますけれど」

「いや、メラニーでお願い」

図書館に行くのは気乗りがしない。宮で事が済むならこの中で終わりにしたい。

「えっと、今からだっけ?」

「はい。シャルロット様もお忙しいでしょう。空いてる時間に少しずつ、と思っておりますから」

「あの、マクシムも一緒じゃ駄目かな。多分、聞きたいと思うんだよね」

魔物について知りたいのはマクシムも同じだろう。そして、彼も図書館に行く柄ではない。

するとメラニーは頷いて意外な提案をした。

「わかりました。でしたらマクシム殿に早めに来ていただけるか、お伺いしましょう」

「え?」

「私、ご連絡いたします」

「連絡って。今からじゃ馬車でも間に合わなくない?下手したら行き違いになるし」

「大丈夫です、すぐ、お知らせしますから」

微笑んで、メラニーは両手の平を胸の前に掲げた。

掌の上で小さな風の流れが生まれた。くるくると舞い上がる極々細い空気の渦。手のうちに収まる程のそれにそっとメラニーが顔を近づける。唇が何事かを紡ぐ。

魔法だ。

シャルロットにとってはルイとジュール以外では初めて見る魔法。

最後に渦をふっと息一つで消滅させると、メラニーは事もなげに言った。

「マクシム殿にお伝えしました。急ぎいらっしゃるそうです」

「すごい…!」

何がなんだかわからない。

だが今の短いやり取りで、メラニーはマクシムに魔物の講義をすること、参加するなら早く来て欲しいこと、それに対する返事まで受けてしまった。

まさに魔法としか言いようがなかった。

目を丸くしていると、メラニーは視線に気づいて言った。

「私に出来るのはこれくらいなのです。特に伝達系が優れていたので」

謙遜している。

シャルロットはとんでもない話だと思う。ぶんぶんと首を振る。

「本当に。よく知る人にしか術をかけられないなど制限が多いのですよ」

控えめに微笑んで、すっと顎を引いた。いつもの落ち着いた侍女の姿に戻ったメラニーとシャルロットはマクシムが来るのを待った。



マクシムが宮にやって来たのはそれから程なくだった。正直、かなり早い到着だ。

「メラニー殿、お誘い下さってありがとうございます」

息急ききってやって来たマクシムは見慣れない服を着ていた。灰色の肩章がついた少しかっちりとした上着。

「マクシム、その格好なに?」

「もしや、騎士団の制服では」

メラニーが控えめに指摘すると、マクシムは慌てて言った。

「すみません、着替える暇がなくて。見習いのお仕着せです」

「初めて見た。マクシム格好いい!」

シャルロットは歓声を上げた。

森の泉の一件について、事件に関わったブリュノやアルノー、宮邸の一部の者は起こった出来事を共有していた。小鬼の襲撃と蜥蜴の魔物の存在はシャルロットも知っている。

「俺も洞窟であいつらと戦っていろいろ知りたかったんですが、ジュール殿に聞くのはさすがに敷居が高くて」

「だよね」

「図書館のルイ様とアルノー殿の勉強会とか、俺なんかついていけそうにないし」

マクシムの言葉にシャルロットは強く同意する。

「私がお教えするのは、本当に基本的な本で学んだレベルの話です」

「それでいいんだよ」

「お願いします」

居間に場所を移して、テーブルを挟み三人で向き合う。シャルロットとマクシムは揃ってメラニーの授業を聞くことになった。


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