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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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宰相の元を辞して、公爵は魔道庁に帰ろうとするトマを自身が王宮に与えられている一室に半ば強引に連れてきた。

自身の好みを反映した、豪奢で洗練された部屋に引き入れて扉を閉める。事前に人払いを命じていた為、完全に二人きりだ。

トマは大人しく従った。先の話の流れから、公爵に問い詰められると覚悟していたのだろう。


その通りだ、とフォス公爵は唇を噛み締めた。

あれは、先程見たあの遺体は、恐らく妹の所業の成れの果て。

ロランの元で受けた衝撃は大きく、消化するには誰かが必要だった。さらに事の真偽を詳細に追求したくて堪らなかった。そうして全体を把握した後は、急ぎ隠し切らねばならないのだ。

それでも必要以上にきつく厳しく当たってはいけない。落ち着いてわかっている事象を確かめる。それだけだ。

「宰相の言っていた話だが。既に察しているだろうが他言無用だ。魔道庁の者達に各地の魔道の強化を下知する際も、件の話とは切り離すよう」

「それは、もう。先程目にしたものも含めて我が胸だけにしまっておきます」

「うむ。それで良い」

トマの言葉にようやく一息をつけた心地がして、そこでフォス公爵は部屋に入ったきり立ち尽くしたままであったのに気づいた。自ら応接用の椅子に腰掛けると、トマにも座るよう促した。


居心地悪そうに広々とした一人掛けの椅子に座ったトマに改めて話し出す。自身は馴染んだ滑らかな絹張りの椅子に気持ちが落ち着いて、理性的に語れそうだった。

「それで。あの骸についてわかったことは他にあるか」

「と、言いますと?」

「禁忌の魔道のレベルや、魔道を施した者の力量、魔力の多寡だ」

「それは。宰相閣下に申し上げた通り、私には判じかねます」

言われて、眉をしかめた。

「きちんと判断がつかねば宰相には言えぬであろうが。ぼんやりとわかるもので良いから、隠さず申してみよ」

「いえ、ですから。私の魔法を弾く、禁忌の闇魔法であるとしか判断がつかぬのです」

トマの言葉を咀嚼して、意味を理解して身を襲ったのは失望。そしてそれは簡単に苛立ちに変わる。

「そなた、魔道庁の長であろう!魔道についてわからぬでは、モノの役に立たぬではないか」

怒りに任せて詰った。ナディーヌの企ての全てを宰相に握られてしまった焦燥が公爵をささくれさせる。

しかし椅子の中で身を固くしたものの、トマは静かに顔をあげて公爵と目を合わせた。こちらを見る茶灰の瞳は怯えてはいなかった。

「私は魔道を学ぶことだけに邁進して参りました。ただひたすらに国のお役に立つ正なる魔法を。それがナーラ国と我が身に幸いをもたらすと信じたからです。

故に下法、邪法とされる魔道の類いは一顧だにしませんでした。それは今でも過ちではない、正道を進んだと自負しております」

基本控えめで自らは口を開かず、大臣や貴族に問われてようやく答えるのが常のトマである。

公爵に向けてこれほど真っ直ぐに返すのは珍しかった。


そうであった、と公爵はトマの出自を思い出した。

下級貴族の、次男。王立学校では寮住まいの貧しい目立たぬ生徒だった。

貴族の子女達が在籍中に許された比較的自由な生活を謳歌する者が多い中で、友達も作らず魔法学を修得することに時間を捧げていた。人と話すといえば教師を追いかけ質問攻めにするだけであったという。

学究の徒。

王立学校の三年間、王族が一人も在籍していなかった為、まさに学校の王のように崇められ君臨していたリュシアンは、当時の記憶を探る。一つ上の学年にいる地味な男子生徒など目に入るわけもないが、一度だけわざわざ探して見に行ったことがあった。

魔道の授業で目覚ましい活躍をしたと取り巻きから聞いて、将来に向けて有用な人物と感じたからだ。だが実際に本人を遠目で見たら、あまりに自分とかけ離れた人間で興味が失せた。欠片も目を惹かぬ地味ななりは失望しか感じなかった。

卒業後、再び魔道士を探させた時にリストの上位にトマの名があった。何れの家の影響下にもない手付かずの優秀な人材。

二度の推薦にさすがに無下には出来ず、面談の後、後ろ楯になると申し出た。

生真面目に実力を磨くことで魔道庁のトップに立った存在。

派手ではないが努力に裏打ちされた確かな知識と技を持つ優れた男だ。

その者を蔑ろにしていたと公爵は思う。

「すまない。少々理性を失い誤った。そなたの考えは間違っていない」

「ご理解ありがとう存じます」

己を恥じて詫びると、トマは謝意を示してから表情を改めた。

「それよりも。閣下がそれ程お気になさるのは、先の男についてお心当たりがおありなのでしょうか」

「──」

核心を問われて、厳しい顔で黙り込んでしまう。それを見たトマが、答えは得られないと判断したのがわかった。

秘密を語るに価しない相手と自身を卑下したか。諦めたように目を伏せるトマに、公爵は苦しい事情を低い声で語り始めた。


「妃殿下が。傍に寄せている野良魔道師がいる」

語るも厭わしいと嫌悪が滲んだ。

「何か仕出かすだろうと警戒していたが。私の目を盗んで妃殿下を唆し、あの宮の子らを襲わせた」

「何ということを…!」

トマは絶句して、それから思い当たった。

「ではあの骸はその、?」

「恐らく。当の魔道師は足がつくことはないとほざいていたが、まさかロランに実行者を押さえられるとは」

苦々しさを抑えて語る。

常は不遜さを隠さず傲慢な姿を誇示する公爵の弱い箇所。そこを正確に穿った傷は何としてでも塞がねばならない。傷が拡がれば、及ぶ先に在るのは至上のものだ。フォス公爵家にとっても、公爵の庇護にある者達にとっても。

「それは…」

「禁忌の魔道について、そなたの信念を傷つける言い方をしたのは詫びよう。だが下法を用いる魔道師をそなたが御せるなら、魔力が上とわかるなら、私は安心できると思ったのだ」

「……こちらこそ申し訳ありません。下法に関して判断が為せないのは、やはり私の力不足でもありましょう」

確かに、下法を学ばずとも高みから魔力や魔法の威力を明らかに出来得る圧倒的な魔力の持ち主ならば、あの骸からも痕跡を辿って遣い手からその力量まで測れたかもしれない。だがそんな強大な魔力の持ち主は存在しない。

「魔力が高い魔道師だから手元に置きたがる。だがあれは質が悪い。故に妃殿下をお諌めした。それでも止められなかった」

そなたなら良かった。

漏れた言葉にトマが薄く苦笑う。

「私は妃殿下の信頼を失っておりますから」

「フィリップ殿下の件だな。あれは、そなたに落ち度はない。推薦した魔道師にも問題はなかろう。言ってはなんだが殿下ご自身の問題だ。ただ、あれはそれを認めるのが耐えられなかったのだ」

そこで公爵はずっと言えなかったことを告げた。


「私は今でも、妃殿下の元に侍る魔道師はそなたが相応しいと考えている。王妃と王子の傍にあるのは正道を行く魔道師だけで良い。だが妃殿下にはそれが理解されない」

強く高慢な大貴族、その体現者とも在るべき公爵は珍しく弱い姿を見せている。

見慣れぬ権力者に戸惑う魔道士長に、改めて言う。

「私の信頼は揺るがない」

トマは大きく瞬きをした。

驚いたような茶灰の瞳がこちらをまっすぐに見返している。

冴えない、身分も低い男に真剣に語り掛けてしまった。そのことに気恥ずかしさを感じて、公爵は椅子に深く座り直した。

「とにかく、そなたは魔道庁の全てを用いて国内の魔道を制御せよ。我が家からも予算を割こう。──金の威力は侮れないからな。それで上手く配下の魔道士を使いこなせ。ロランの言に従うのは腹立たしいが、奴の言うのも一理ある。魔道庁の魔道士によって、無法な魔道師の跋扈を阻止せよ」

「はっ」

誠実な魔道士長は深く頭を下げた。


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