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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
6/261

5



「アンヌ!」

朝食の後、ルイはシャルロットを置いて仕事に戻るアンヌを追った。

「いかがされましたか」

廊下の途中で足を止めたアンヌに少し緊張して切り出した。

答えが見つかるかはわからない。

「文字を勉強するには、どうしたらいい?」

「ルイ様は、本はお読みになれるのでは」

軽く首を傾げるアンヌに、ルイは違うんだ、と訴えた。

「ここにある本は読めるようになったよ。アンヌのお陰だ。でも世の中にはもっともっと難しいことがあるよね?世界のこととか、病気のこととか。そういう、いろんな難しいものごとを知りたい場合は大人はどうするの?知ることができる場所って、あるのかな」

「それは、やはり王立の図書館ではないでしょうか」

少し考え、アンヌは答えてくれた。

図書館!

この世界にもあるのか図書館。

アンヌの語る「図書館」は、ルイのうちの異世界の記憶にあるものと、知の集積所、学問の宝庫というイメージで大差がないようだった。

ルイの目がきらきらと輝いたのを見てとって、アンヌは珍しく、さらに「外」を事細かく教えてくれた。

ここからはそれ程離れてはいません。私は建物の内側は存じませんが、石造りの立派な造りで、この国中の全ての知識が集められているそうですよ。とても、学問の為になるとか。

「行ってみたい。そこに入ることはできる?」

わくわくして訊ねると、アンヌはふっと顔を曇らせた。話し過ぎと感じたのか。首を振った。

「まだ無理ですよ。ルイ様には早過ぎます」

「じゃあ、いつ?」

せがむように言ったが、アンヌは柔らかく笑んだだけだった。

「そうですね、ルイ様が大きくなって今よりもっと賢くなられたら」

やんわりと包み込むような宥める言い方だった。だが微笑む顔には一切の譲歩もない。ルイの願いを叶える気はないのだ。


今は。

いや、ずっと。


小さい頃から一緒にいるのだ。顔を見ればある程度はわかる。

アンヌはルイを図書館へ、宮の外へ連れていく気は毛頭ないのだ。

何故かはわからない。少なくとも、今は考える余地もないということだ。いずれルイがアンヌより大きく成長したら、あるいは。

だけどそんなには待てない。あの革の本を読むには知識が必要だった。

ぐっと拳を握って、ルイは意識して唇を上げた。アンヌが望むであろう聞き分けの良い子を装う。

「わかったよ、アンヌ」

でも大きくなったら、絶対連れていってね。

子供らしい念押しをするとアンヌはほっと力を抜いた。優しいまなざしで頷く。

「もちろんです」

「約束だよ」



アンヌを廊下に置いてけぼりにして、ルイは一番の味方のところに走って戻った。

二人の自室のソファに寝転んでいたシャルロットに駆け寄る。

「シャル!」

「ルイ」

驚いたように起き上がるシャルロットに勢い込んで話し出す。

「お願いがあるんだ、助けてよ、シャル」

「いいよ、なあに?」

「実はね──」

聞くまでもなく請け負ってくれたシャルロットに、語って聞かせる。

アンヌにこの宮の近くに図書館があると聞いたこと。図書館とは、たくさんの本を集めていて皆が読んでいい場所だということ。ルイはどうしてもそこへ行ってみたいがアンヌが許さなかったこと。だけどどうしても行きたいので秘密で抜け出すと決めたこと。

等々。

「だから、シャルには宮から出るのに協力して欲しいんだ」

「わかった。私も行く」

「駄目。二人一度だとアンヌを誤魔化せない」

新しい探検の話にシャルロットは目を輝かせた。今にも宮の外に駆けていきそうになるのを肩を押さえて留める。シャルロットらしい反応だが、ここはルイがきちんと説得するしかなかった。

「僕は勉強に行くんだ。図書館はその為の場所だよ。僕でもわからない、難しいことを探すんだ」

「勉強」

へにゃ、とシャルロットの眉が下がった。二人はほとんど一緒に過ごしていたが、ルイと比べるとシャルロットは本をあまり好まない。

元気が有り余っている彼女は、空いた時間に本を手に取るよりは外で遊んでいるのが常だった。アンヌに教わったさらに先を、とルイが本に取りついているのを邪魔するようにシャルロットが外に誘う、それが二人のよくある日常だ。

「だけど、そこに行くにはシャルに助けてもらわなきゃ。アンヌを捕まえてて欲しいんだ。頼むよ」

「うー」

逡巡し、シャルロットはルイの顔を見た。

ルイは願いをこめてシャルロットの瞳を覗き込んだ。二人はほとんど同じ姿だったが、瞳はシャルロットが藍色でルイは空の青だ。その濃い藍色をじっと見つめた。

「わかった。協力してあげる」

少しばかり拗ねながらもシャルロットは折れた。でも、とルイを見る。

「助けられるの、これ一回だけだよ。それでいいの?アンヌにバレたらもう次は無理だし」

育ての親とも言うべきアンヌの怖さは二人ともよく知っている。そして、多分これは本気の怒りを買う「悪さ」だ。

「わかってる。でも一度だけでも行ってみたいんだ」

とにかく一回でも図書館で取っ掛かりを見つけたい。図書館に、外に行くのが目的ではない。あの不思議な本を読む力を得るためだ。何の言語で書かれているのか、どんな言葉を学べば読み解けるのか。手掛かりさえ見つかれば、閉ざされたこの宮から出なくても学べるかもしれなかった。




それから、二人は毎日遊ぶ時間を使って木に登った。

あの噂話の後、アンヌが数人の使用人を辞めさせたのを知っていた。すぐに新しい人を雇い入れるはずだが、とにかく今は人目が少ない。大人の目の届かないうちの方が企みは成功する。

宮の中でもなるべく高く、遠くまで見晴るかせる木に登り、外の道や建物を覚えた。

二人で四方を見極められるように確認して、なんとなく周りの地理を把握する。

石で覆われた広い道。こんもりと手入れされた植栽と堅牢な建物がいくつも点在していた。

図書館がどれかはわからない。ただアンヌの、宮邸からそれ程離れてはいないという言葉が正しいなら、この宮の周辺の建物のいずれかと考えた。

それっぽい館を候補に挙げて、都度そこに向かう道順を考えて紙に記した。

四日かけて二人は一つの建物を目標に決めた。判断材料が少ないから選んだ根拠はあまりない。ただ図書館という特性から、人の住まう雰囲気から離れたものに絞った。

子供二人にはそれが精一杯だった。




決行したのは、その日の朝食を終えてすぐだった。

ルイは動きやすい服に筆記具と帳面をまとめて紐で縛って胸に抱えた。

アンヌが朝の使用人への指示を済ませて、双子の部屋にやってくる。ここで、シャルロットがアンヌを足止めする計画だった。

部屋を見渡し、シャルロット一人なのに気づいたアンヌがおや、という顔をする。既にルイは息を殺してベッドの下に隠れていた。

「シャル様、ルイ様は?」

「書斎。読まなきゃならない本があるって。私はお邪魔って言うの」

「まあ」

「今日は一日ずーっとだって!信じられないよね」

「仕方ありません。ルイ様は本がお好きですから。読み始めたら止まらないものだと言います」

ぷりぷりと怒ってみせるシャルロットをアンヌが宥める。それを待っていたシャルロットはアンヌの腕を引いた。

「アンヌー。一人じゃつまらないよ。今日は私と遊んで?」

「お部屋で遊ぶ、というわけにはいきませんわね。シャル様ですもの」

「そうだよ。外に虫探し」

「あらあら」

下からルイがこっそりと覗くと、アンヌが肩をすくめて苦笑いをしていた。シャルロットの我が儘を仕方ないと受け入れている。

「じゃあ、早速行こう!」

アンヌの腕を両手でしっかり抱え込んで逃がすまいとする、こんな強引さもシャルロットなら許される。

二人で顔を見合わせ軽く笑いながら部屋を後にする。扉が閉まる瞬間、シャルロットが素早く振り返ってベッドの下のルイに目配せを寄越した。




ルイはしばらくそのままの体勢で待った。ゆっくりと百を数えて、ベッドの下から這い出る。

扉に近寄って廊下の気配を探った。物音はしなかった。

主の居るかもしれないこの場所には使用人は近づかない。だがもたもたしていれば、部屋の掃除に来た者と鉢合わせしかねない。今のうちに彼らと重ならないように動いて宮の外に向かわなければ。

ルイが籠っていると告げた書斎は宮の北側の端にあって、恐らくアンヌによって人払いされている。そして宮を取り囲む塀は北に切り取られた形で裏口がついていた。

荷物をしっかり抱えて、ルイは廊下を音を立てずに走った。

アンヌのことはシャルロットが外とは真逆の中庭に連れ回してくれている筈。

使用人が減ったためか、読みが当たったのか。誰にも見つかることなくルイは宮の北、日の当たらない裏口に行き着くことができた。使用人が日常出入りするのはここから離れた厨房に近い勝手口で、ほとんど使用されていない扉は錆び付いた鍵がついている。開かない扉には目もくれず、ルイは荷物を紐で背負い、扉の取っ手に片方の足をかけた。握りを足場にして扉の上部に取りつき体を引き上げる。

裏口の扉の所だけが何故か一段低く、さらに塀の上に等間隔で据えられた侵入を阻む鋭い剣先がそこだけ途切れているのだった。

登りやすい。

ルイがシャルロットと探し回って見つけたそこは、狙い通り外への出口になった。

アンヌは二人を外に出すつもりはないが、閉じ込めているわけではない。ルイ達もこの宮から出る意志を持たないので見張る必要もない。だからこんな抜け道が見つけられた。

だが今日のルイの脱走を受けて今後は厳しく監視されるかもしれない。

何とか不安定な扉の上に掴まり、塀を乗り越えてルイは外の世界に降り立った。

これまでいた箱庭と外を隔てる塀にしばし背中を預けて、ルイは息を吐いた。


ここが、外。


切り取られた宮の内で知るものより、どこまでも広がっていく高い空。道の両端に配された木々の緑。目に飛び込む全てが中で思い描いていたものよりはるかに大きかった。

石畳で整備された道は広く、人は歩いていない。恐らく徒歩よりも馬車で往来するのがほとんどなのだろう。立派な道だ。

空を見上げ、目印に決めた遠い先に建つ塔から方角を考えて進む道を決める。

だが、歩き始めてすぐにルイは後悔した。

宮の樹上から眺めていたより、全体が大きく感じた。距離感が掴めない。頭で考えていたより街路も各所にある植え込みも建物も立派で、自分がとても小さく思えた。

確信を持って歩いていた筈が、角を折れたり曲がったりしているうちに目当ての高い塔も視界から消えてしまった。

どこにいるのか、どちらを向いているのかわからなくなる。

道の真ん中に立って出来るだけ遠くを見渡そうとしても、手前にある植え込みはルイの丈よりはるかに高く、奥に見え隠れする建物は石の壁が傲然と聳えていて、宮で眺めていたものと丸きり違っていた。

そのまま立ち尽くし、ルイは途方に暮れた。


どうしよう。



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