57 伝承
宮邸襲撃事件の細かな辻褄合わせをロランに押し付けて、その日ジュールは王立図書館の書庫にいた。体調が回復したアルノーがちょうど仕事に戻った初日でもあった。
書庫に足を踏み入れた病み上がりの主は、そこで友の背中を見た。珍しく人の気配にも気づかぬ程、夢中で書を読み耽っている。
「何を熱心に見ているんじゃ」
何気なく問うとジュールの背が一瞬強ばった。が、すぐに声の持ち主がアルノーと悟って顔を向けぬまま返事をする。
「ロランに買わせた本だ。購入リストにあったのを思い出してな」
買ったはいいものの、書庫に積んで長らく放置していた。
「?何か気になるものがあったか」
「有用だと適当にしるしをつけて買わせたんだが。王国に纏わる伝説を書き記した書だ。王家所有の口伝書の写しという触れ込みだ」
「そんな希少なものが、闇とはいえ市場に出回っておるかのう」
王家の蔵書の中でも建国や王族に纏わるものは、公文書以外は殆ど禁書とされて門外不出の王宮の奥深くに秘されているという。それこそ、国王か継承者といった極一部の者にしか閲覧は許されない代物だ。存在すら知る者は稀となる。
「偽書かもしれん。だが興味深い」
少し横にずれたジュールが書に指し示した先を、アルノーは覗き込んだ。
古い黄ばんだ皮紙にかすれたインクで書かれた語句。
呪術語で紡がれた文字の意味を読み取ったアルノーの皺に埋もれた瞳が光った。
「王女殿下が怪我をした折、偶然にも第二宝剣が血を吸ったと告げただろう?」
「うむ、確かに」
「ルイ殿下が拭ったが、取りきれない血が石留に残ってな。まるで紅玉のように丸く溜まっていた」
ルイ王子が常世の森で聖なる宝の一、聖なる大剣を得たことは、アルノーにも告げられていた。漠然と伝説の宝だとお伽噺の種として扱われていたに過ぎない事が現実となり、さらには時の王子が手にしてしまった。
その意味が成すものは何なのか。
「成る程、実に興味深い」
第二宝剣は聖なる宝──闇裂く光剣を導く鍵なり。
柄頭にある石留の窪みに王家の血が捧げられ、常世の森の秘匿の泉に湛えられし聖魔の力を浴びた時、剣は闇を裂いて現れる。
そは漆黒の剣。ひとたび力が満ちれば光を放ち闇の魔族を殲滅する。遣い手は選ばれし者。聖剣を持して聖なる乙女と国を守護せしめたり。




