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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
57/275

56 失意


ガチャン、と激しい音がして、光の破片が周囲に散った。

とある貴族の寄進した見事な硝子の花瓶は、王妃に投げつけられて見るも無残な形に砕けた。

ナディーヌの怒りが己ではなく花瓶に向けられたことにわずかに安堵して、身をすくめていた侍女がそろそろと跪いて硝子片を集め始める。これ以上、王妃を刺激しないよう努めて静かに。


事態を把握できたのは事が起きて四日も経ってからだった。その間、じりじりと待ち続けていたナディーヌは、判明した事実に怒りを抑えることができなかった。

刺客が死んだことは早い段階で掴んでいた。

手配の男が襲撃で不測の事態に陥った際には死に至るよう、グレゴワールは時限魔法をかけていた。主に反撃に遭って逃げられぬ時に、男と王妃の繋がりが証されるのを未然に防ぐためだ。

あの雛を襲ったと考えられるタイミングとほぼ同時刻、術をかけた魔道師グレゴワールは男が死んだことを即座に感知し、ナディーヌに知らせた。

任務に失敗し、秘密の保持も帰還も叶わぬ役立たずは死ねば良い。

駒が一つ消えたことには何の痛痒も感じなかった。しかし襲撃の詳細がなかなか知れず、ナディーヌは苛立ちを募らせた。

刺客はどこまで命令をやり遂げたのか。何を成して何を成し得なかったのか。状況が掴めなかった。グレゴワールは刺客が死んだと告げた後は、こちらに姿を見せていない。居たとしても王居の中では遠見の魔術は行使できないのだが。

当時、宮に間諜が一人も潜りこめていなかったのも災いした。直前に最後に残った者も駆逐されて、新たに伝を辿って入り込む前の決行だった。兄の助言を無視して、時を待てず襲撃を逸った自分を悔やんだ。

周辺を張っていた者共の報告から、刺客が決行する直前、アルノーの馬車が宮に入ったことはわかっている。その後、慌ただしい様子で、今一度馬車が出立し、王居を出でて王都の医者の処へ向かったのも。その後ブリュノ将軍が呼ばれ宮に留まったと、追って知らせが来た。


いつもは決まった馬車の往来以外ほとんど動きのない宮に、慌ただしく人が出入りするのだ。さすがに何もなかったとは公言できない。

王宮へは、ロランから言上があった。

双子の宮にてアルノー卿がにわかに篤い病に倒れ動かすことも叶わず、平癒まで療養することになった。伝染性ではないので王子王女に障りはない。しかし不安なため知己のブリュノ将軍が見舞いがてら滞在する、と騒ぎに対する詫びと共に報せがあった。

ナディーヌは国王の元へ伺候してそれを聞いたが、もちろん信じるはずもなかった。


アルノーが倒れた。

それは真実であろうが、病ではあるまい。

アルノーは傷を負ったのか。刺客の男の所業か。それは雛を襲った際の出来事なのか。雛は無傷なのか。

真実を探ろうとしたが、宮にはブリュノ将軍が居座っていて警備が厳重で、間諜は宮の周りを固めるのが精々だった。

四日が過ぎて、アルノーが寛解したとして自邸に戻ると衆知された。

襲撃からの四日間、忙しく出入りを繰り返していたアルノーの馬車は、自邸で療養する主を乗せて宮を出立した。その見送りを宮を窺っていた間諜が見届けた。その時、老いたアルノーが馬車に乗る際、寄り添うように傍らで手を握り声をかけていた金髪の十歳程に見える少年がいたという。見た限り些かの不具合もなかったというその子供は、紛れもなくあの憎い雛なのだろう。


つまりは、刺客は完全に失敗したのだ。


雛に傷一筋つけることもできず、老いぼれを寝込ませただけで返り討ちに遭い死んだのだ。

失望が制御不能に膨らみ怒りに変わる。

ナディーヌは込み上げる感情のままに、手にした扇を肘掛けに叩きつけた。


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