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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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55 魔力の水


宮邸に着くと、ルイはジュールと共にシャルロットの眠る部屋に直行した。

ずっと付き添っていたメラニーがそっと立ち上がって目礼した。

「シャル」

別れた時のまま、青白い瞼を閉じたシャルロットはベッドに静かに横たわっていた。額から大きく走る傷が赤茶色に乾いているのだけが時間の経過を感じさせた。

ルイは頼みの魔道師を無言で見つめた。

頷いて、ジュールはベッドの傍らにある小卓から水差しを取り上げた。軽く振って中身を確認するとルイの手を取った。

「弱った身体に直接強い魔力を注ぐのは負担が大きい。壊れぬために、水を媒介にします」

強い魔力とはいえ溜まりにあった水の形態と同化させるのは、扱いを容易にするのだろう。

ルイは両掌を捧げるように差し出した。そこに水が注がれる。次いで、シャルロットの額に水差しから細く水が注がれた。

水は額に丸く留まってから、こめかみを通ってベッドに吸い込まれる。

だが全てが零れ落ちる前にジュールの左手が素早く術を放った。ルイの掌に溜まったわずかな水からシャルロットの額を濡らす水滴が繋がるように水の流れを作る。細い水流が曲線を描いてシャルロットの額に落ちる。水そのものは少量であるのに何故か途切れない水の流れ。

目の前の不思議に目を瞪っていたルイは、喉の奥が熱く凝ったような違和感を覚え、それから無理やり塊を剥ぎ取られる感覚になった。かっと体が熱くなったが耐える。

身体の塊がなくなった時には、ジュールの生み出した水流の魔術は消え失せていた。

それと同時に、ルイの身体からすっと芯が抜けた。気力と体力全てがごっそり抜き取られたかのようだった。

ふらりとルイの膝が崩れそうになる。

「ルイ殿下」

「ルイ様!」

ぐいとジュールが肩を掴んで助け起こす。ふる、とルイは首を振って顔を上げた。メラニーが気遣わしげに見つめていた。

「殿下から魔力をシャルロット殿下にお移しした。ルイ殿下ご自身のものではないとはいえ、身に宿したものを無理やり抽出して移し変えたのだ。負担は大きい」

「そう、なんだ。結構大変…だね」

「ああ。それでもルイ殿下は保持魔力も耐性も強い。だから膨大な魔力を引き受けることが可能なのです」

「役に立った?」

「はい、とても。シャルロット殿下のお命は留めることが叶いました」

「良かっ…」

ジュールの確約は信頼できる。ほっとして言葉にならないルイにメラニーが毛布を手にソファを勧める。

「ルイ様、お休みになられては」

「でもジュールは」

どうするのか、と問いかける。

「私はアルノーの元に参ります」

「アルノー?」

「あれも起こしてやらねば」

シャルロットの延命の為に己の魔力のほぼ全てを明け渡したアルノーも、すぐ魔力を注がねば命に関わる。

「じゃあ僕も行く」

「殿下から移した魔力は、ここに」

手にした水差しを持ち上げる。あれ程水流を注いだのにまだ残っているのはやはり魔力、魔術の為せる故か。ちゃぷんと濡れた水音がした。

だから無理はしなくて良い、と言う。

だが、

「行くよ。そこまで見届ける」

ルイは足に力を入れて姿勢を正した。

身体を案じるメラニーにシャルロットの見守りを頼んで、ジュールと部屋を後にする。



シャルロットが休む部屋から程近い客間にアルノーは寝かされていた。傷もなくただ寝入っているかのごとき姿だが、少しばかりやつれている風にも見えた。

静かに横たわるアルノーに水差しの水、魔力を注いでジュールの手が術を施す。シャルロットの時よりも軽く簡易なのは、命が削れているわけではないからだろう。

「これで」

「はい。アルノーはもう半日もすれば目を覚ますでしょう」

「シャルは?」

「王女殿下は死の淵を覗いたので還るまで時がかかります。恐らく明後日か明々後日には。意識が戻ればもう大丈夫なはずです」

ジュールの言葉は迷いがない。

「じゃあ、僕はシャルのところに行くね」

「はい。私はこれが目覚めたら連れて帰ります。殿下は少しシャルロット殿下の側でお休み下さい」

隠蔽工作が必要な時はお呼びします。

告げられた意味を努めて噛み砕いて頭に入れる。疲労でぐずぐずと思考がまとまらなくなっている。

全て抜かりなく考えてるらしいジュールに、ここは甘えよう。

意識を保つのも危うい中、ルイはかろうじて礼を言うことだけは出来た。

「うん、本当にありがとう」



シャルロットの休む部屋では、メラニーがベッドの見える位置にソファを移動させていた。

「ルイ様。お疲れでしょう。もうお休みになられては」

「そうする。ありがとうメラニー」

シャルロットから離れがたい気持ちに配慮し寝床を設えた侍女は、静かに微笑んだ。

「お着替えはこちらに。水差しも新しいものをご用意しておきました。他に何かご入り用なものはございますか?」

ともすれば意識が沈みそうになるのを堪えて、ルイは言わねばならないことを告げた。

「うん、来られるようだったらアンヌを呼んで。頼みがあるんだ」



ソファに横たわり毛布を胸まで被っていると、アンヌが足早に部屋を訪れた。

「ルイ様」

アンヌの静かな顔が、ほっと安堵に緩むのがわかった。既にメラニーから事は無事に終わったと聞いているはずだが、それでも実際にルイの顔を見てシャルロットの姿を確認して、全てが好転していると改めて実感が湧いてきたのかもしれない。

ルイは馴染んだアンヌの姿に心が解けかけたが、大事なことを思い出して尋ねた。

「マクシムは?」

「ブリュノ将軍と客間に。シャル様がお目覚めになるまで滞在したいとのお申し出で」

「常世の森でマクシムにはとても助けてもらった。アンヌに抜かりはないと思うけど、よろしく頼むよ」

「お任せください」

ふわりと笑う。アンヌの包み込むような慈しみに満ちた表情に、とても安心した。

心の奥がほんのりと暖まる。

「ありがとう、アンヌ」

急速に眠気が襲ってくる。もはや寝入る寸前だった。懸命に抗って、ルイはアンヌに頼み事を託した。

「アンヌ、申し訳ないけれど。僕の部屋の手配と、それから、僕の目が覚めたらやって欲しいことがあるんだ」


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