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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
55/275

54


ジュールは滝の前に進み、左の掌を向けて目を閉じた。ルイは、レミもマクシムも息を詰めて見つめた。

ジュールが目を開けた。

「魔力に満たされている。いけます」

「うん」

「この魔力を器に容れて、王女殿下の元に戻ります。器は、魔力耐性が強く…元気な」

言い淀んで、言葉を継いだ。

「ご無礼とは存じますが、殿下の体をお借りします」

ジュールの断りに否やはない。ここまでルイを引っ張ってきたのはそれ故だろう。強行手段は全て、本来なら命が尽きるはずのシャルロットを救うために他ならない。

大きく頷いて、ルイは努めて身体の力を抜いた。

ジュールの左手が舞う。それに滝の水が、魔力が引き寄せられ集まっていく。水流が小さな竜巻のように掌に巻き取られる不思議な現象。実際は水ではない。しかし水にしか見えない。

「瞼を閉じて。身体に違和感が出るとは思いますが、気持ちを楽にして受け入れて下さい」

稀代の魔道師に己の全てを委ねるように明け渡す。

そのくらい信頼している。

最後に見たのはジュールの掌が自分に向けてひらめいたこと。

しかし水をぶつけられたという感覚は一切なかった。ただ、何か力のうねりを、圧を受けた。

目を閉じて、鋭敏な感覚は直ぐに体の火照りを感じた。次いで喉の奥の熱い塊。それを呑み込むと、胸に凝りのような籠った熱を抱えた。

じわじわと体を蝕む熱と軽い痺れ。それが全身に行き渡り循環して馴染んでいく。

ルイにはひどく長く感じられたそれ。

ひと息つき、少し汗ばむ体を腕で抱き締めて顔をあげると、額に汗を湛えたジュールがほっと息を吐いた。

「成功です、殿下のお身体に魔力を蓄えることが出来ました。多分、これで足りる。シャルロット殿下をお戻し出来る。アルノーにも借りを返せるに足るでしょう」

「シャルロットは治るのか」

「はい。全てを取り戻せます」

「やっ、た!」

叫んだのは、それまで息を潜めて見守っていたマクシムだった。

洞窟内ゆえに思ったより響いた声に、マクシムが身を縮める。その姿にルイはかすかに笑った。ほっとした。

だがレミが何事かを察知したか、周囲を素早く見渡した。次いでジュールがはっと身構えた。

「来る!」

池の向こう側から、一斉に小柄な複数の影が現れた。今日だけで馴染んでしまった暗い緑灰色で狂暴な魔物。小鬼だ。

キィー!ギキィー!

十匹以上いる。暗い落ち窪んだ目に敵意を漲らせて向かってくる。

「さっきの奴らの仲間が?」

「わかりません!」

短く答えてジュールが両手を翳す。既にレミも掌に炎を揺らせていた。

よし、とルイは思った。魔力は漲っている。またマクシムを防御せねば。隣に視線をやると、はっきりとした頷きが返ってきた。マクシムと意思の疎通も完璧だ。


いける。


まさに術を放とうとした時。

「殿下、おやめください!」

ジュールの鞭のような鋭い制止がかかった。びくりと動きを止めたルイに、勢いを殺した声で告げる。

「泉の魔力で満ちた身体です。術を放ってはなりません。何もせず、身を守ることを優先して下さい」

さらに振り返り、

「マクシム殿」

「はい!」

「ルイ殿下の守護を。防御は私が担当する」

ジュールの指示にマクシムは戸惑うことなく従った。ルイの前に立ちはだかり、

「ルイ様、下がって!」

腕を引かれて後ろに押しやられた。小鬼は鋭い爪を振り上げ襲いかかってくる。マクシムが剣で胸を突いて引き倒した。しかし次々と小鬼が奇声をあげながら飛びかかる。右と左上から来たのは、マクシムの剣が左右に動いて突き落とした。

キィー!

マクシムの足元から別の小鬼が掬い上げるように棍棒で殴りかかってきた。

「うわっ」

体勢を崩しながらもマクシムは、小鬼の足を薙ぎ払う攻撃を躱した。横に逃げ、剣を構え直す。ルイはマクシムの動きに遅れた。それでも爪で引き裂こうと手を伸ばす小鬼から、距離を取るため下がった。

「ルイ様!」

足元がぐらついた、と思った瞬間びしゃ、と水に半身が浸かっていた。逃げようとして池に上半身が倒れ込んでしまった。

濡れた感触は完全に水だ。

ずぶ濡れで呆然とするルイの頭上に、小鬼が爪を振りかざして向かってくるのが見えた。


魔法は駄目だ。

咄嗟に術を放つのを自制して、せめてもと顔と頭を両手で抱えた。目を閉じてやり過ごす。


ばしゃん。


背後で大きな水飛沫が起きた。

ルイは慌てて目を開いた。

池から飛沫をまき散らし飛び上がってきたのは、青緑の鱗を閃かした巨大な蜥蜴。銀白の腹をくねらせ宙でひと跳ねすると、大きく開いた口が今まさにルイを裂こうとしていた小鬼を飲み込んだ。

「!」

突然至近距離に現れた怪物に、ルイは息を飲んだ。

小鬼の攻撃を受けずに助かったが、目の前で見た光景の衝撃は大きかった。しかもそれだけで終わらない。池から一歩踏み出した蜥蜴は、太い尾をばしんと大きく打った。その波動を受けて小鬼が一匹地に落ちた。

動けず固まるルイの脇を蜥蜴はのそのそと這い、倒れた小鬼を頭からぱくりと口にした。大きな口の端から覗いた手足が懸命に踠く。鋭い爪が宙を引っ掻くが、そのまま蜥蜴の口の中に消えていった。

二匹目の小鬼を飲み込んだ蜥蜴は、口を大きく開けた。

コォォー。

かすれた地に響くような吠え声に、近くにいた小鬼がまた一匹倒れた。

キィー!

ギィー!

ギッ。

小鬼達が異常に気づいたのか騒ぎ出す。ジュールやマクシム達に向かっていた小鬼も蜥蜴を認めて攻撃をやめた。

再び蜥蜴が吠えた。

ごろり。

また一匹崩れた。

ギ。

ギキッ。

動かなくなった小鬼にゆっくりと近づいて丸飲みする。蜥蜴の喉がごくりと鳴った。

遂に、小鬼達は一斉に逃げ出した。


洞窟の陰、細かい横穴などほの暗い闇の向こうに緑灰の魔物が消えて、洞穴の中はしんとした。その静かな中で変わらず落水音だけが響く。

そんな中、のそりのそりと蜥蜴は地を這いずってルイ達の前で止まった。

突如現れて小鬼を駆逐してしまった怪物を、マクシムも、ジュールもレミも構えを崩さぬまま戸惑ったように見つめた。

青緑の鱗で全身を覆われた蜥蜴は、マクシムと同じ程の大きさだ。尾を入れればもっと大きいかもしれない。

ルイはそろそろと口を開いた。

「ジュール、これって何」

「魔物です。私もここでは初めて見る…」

「さっきの、小鬼達が倒れたのって何なのですか」

マクシムが問う。

「恐らく、波動の魔法かと。それもかなり強い」

「強い魔物なのか」

「いえ。多分、この魔力の池を住まいにしているせいで力が増大している」

ルイが尋ねている間にじり、と蜥蜴がこちらに向いた。丸い黄色の眼。会話する二人とレミ、マクシムの後ろ、隅の方には倒した小鬼が数匹転がっている。蜥蜴はこれをエサにするのだろうか。

「巨大化も、池の影響でしょう。蜥蜴の魔物でこれ程の大きさは有り得ない。油断されないよう」

ルイは蜥蜴をじっと見つめた。丸い頭の両側にある薄い黄緑の目がこちらを見た気がした。

「ジュール。この蜥蜴、危険?」

「異様に強化された魔物です。数年にわたり池の魔力を得た。故に力は予測できません」

蜥蜴から目を離さず会話する。その間、巨大な魔物は吠えるでも暴れるでもなく、ぬらぬらと濡れた鱗を光らせていた。

「泉は魔道庁が遮蔽しているので魔物が入り込む余地はありませんでしたが、こちらは無警戒でしたので」

蜥蜴はこちらを向いたまま動かない。それに対しレミが掌に炎を発現させ、マクシムが剣を構える。

今にも倒そうというその時。


「ちょっと待って。え?」

ルイは異変を感じた。

体が熱い。

泉の、池の魔力を内に感じたこもる熱さとは違う、外からの直接の熱。

ルイは発する元、腰に提げた宝剣を見やった。

「光ってる…!」

常に帯剣していて、もはや意識もしない第二宝剣。地味な造りの短剣が、熱を発してほのかに光っていた。

「え、何で?」

慌てて触れようとして躊躇った。しかし、さらに宝剣の温度が上がってとてもではないが身につけていられなくなった。ルイは急いで柄を握って腰から抜いた。意外にも柄は触れぬほど熱くはなかった。

覚えず、勢いのまま抜いた宝剣は宙に突き立てる形になった。

「!」

「一体!?」

「え!?」

洞窟の天井に向けて剣を翳した瞬間。

薄く淡く、青緑の光に包まれた。

それは上からか、それとも宝剣の剣先から紡ぎ出されたのか。

空より広がった淡くきらめく粒子が辺りを照らし染めた。


そして。

蜥蜴の魔物をも光は飲み込んだ。

ルイは目の前の信じられない光景に目を奪われた。

魔物の頭上に大剣が現れたのだ。

宙に浮かぶ剣は抜き身で幅広の黒い刃を内側から輝かせていた。長さは宝剣の三倍もあり、柄は飾り気のない金。

その柄がくるりと返ってルイの目の前で止まった。まるで手に取ることを期待するかのように。

「あ…」

手を伸ばそうとして、宝剣を握ったままなのに気づいて腰に提げ落とす。いつのまにか宝剣の熱は消えていた。

思いきって大剣の柄に触れると、刃が光を放った。レミの魔法より強い、洞窟内をあまねく照らす程の強く輝かしい光。

ルイが剣を頭上に掲げると、光はさらに辺りを白く明るく闇を蹴散らした。

隅に転がる小鬼がその光に舐められた途端、じゅっと音を立てて消え失せた。


コ、アァア、コォ!

光を嫌ってか、蜥蜴が鳴いた。それは小鬼を倒した吠え声ではなく、呻くように漏れる鳴き声。

キュ、ココッ。

最後に苦しげに鳴くと、蜥蜴はのそりと方向を変え、這いずって池に帰った。縁に短い足をかけ、どぼんと体を沈めると最後に長い尾が水の中に消える。

とぷんと泡が立って、名残のように水紋が池の表面に広がって鎮まった。

「終わった、のか」

「もう大丈夫でしょうか」

「池を浚いますか?」

レミの言葉にジュールはゆっくりと首を振った。

「放っておけ。害はない。それより」

ジュールがルイに視線を移した。

「わあぁ!」

呆然と、掲げた大剣が力を放つのに任せていたルイは、突然感じた腕の重みに思わず叫んだ。

急激に増した重力が手に伝わり、限界に達した腕ががくんと落ちて、大剣は地に突き刺さった。腰が砕けそうになるのを大剣を杖にして支えた。

さっき振り上げた時は、重さなどほとんど感じなかったのに。

「一体、何なんだ、これ」

剣に体重をかけてそう溢す。

「恐らく、ですが」

傍らに歩み寄ったジュールが言った。

「伝説の剣、聖なる大剣では」

「聖なる大剣?」

「はい。魔を祓うと言われる王国の宝の一。聖剣ではないかと」

ルイの体の下にある剣を検分しながら語る。

「は。本当に?」

「断言は出来ません。伝説の中でしか語られていない代物です。まさか、実在していたとは」

言われて、ルイは自身が支えにしている、地に突き刺さった剣を見つめた。

腰よりも高い幅広の剣は刃の長さだけでルイの脚程もある。輝かしい光でこの洞窟を照らしていたのが嘘のように、漆黒に戻った刃は光を反射すらしない。

ただの大きな黒刃の剣、むしろ武骨な模擬剣にしか見えない。

伝説の聖剣、とはジュールに言われてもにわかには信じがたい。そもそもどうしてこの場に突然現れたのかもわからないのだ。

答えは出ない。

ルイはゆっくりと首を振った。

今は考えても仕方ない。

それよりも。

「時間を取られた。早くシャルのところに戻ろう」



泉の、池の魔力を身に保ったまま来た迷路のような道を帰る。行きにはなかった重いモノがルイの歩みの著しい妨げになった。

「ルイ殿下。聖剣を」

思いがけず得た大剣。狭い隘路を行くのに差し支えていた剣を、ジュールの求めに応じて手渡した。両の手で持ってもずしりとくる重さのそれを、ジュールは押し戴き軽く息を吹きかけた。

薄く雲母のベールが剣を包み込んだ。と、瞬く間にそれはメダル程の大きさの青緑の玉石に変えられていた。

そうして、目を丸くして見つめるルイとマクシムをよそに、ジュールは艶やかに輝く丸い玉を第二宝剣の柄の根元、鍔に押し当てた。

「わ、あ!」

ルイは己の腰に提げられた宝剣の変化に声をあげた。マクシムは驚きに口を開けた。

宝剣の鍔に押し付けられた青緑の玉石の周りから、するりと金色の蔦が生き物のように伸びて絡まり宝剣と同化した。鍔と柄の交わるところに玉石は輝き、まるで始めからそこに嵌め込まれた装飾のようだった。

「ジュール」

「こうしておけば持ち運べる。それに、殿下が聖剣を得たことはあまり人に知られぬ方が良い。宝剣に隠せば目眩ましになります」

いかがか。

いとも簡単に成す魔術の威力に、改めて目の前にいる魔道師の才を思い知らされて、ほんの少し言葉を失う。

「あー。うん、そうだね。ありがとう、ジュール」

それでも狭い穴道を通るのに適しているのは確かだった。礼を言って帰り道を辿った。



不思議なことに玉に化した聖剣は重さも見た目と同じ程らしく、腰に提げた宝剣もそれ程負荷が増えた感じはない。細く狭い道も支障なく、さらに心配した魔物の襲撃も皆無だった。一行は滞りなく常世の森を抜けて、馬車は王居まで転移した。

魔道庁の術の及ぶ王居では、宮邸まで速足で走らせた。お陰で、宮を出てからわずか一昼夜でシャルロットの元に戻ることができた。


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