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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
54/275

53


それでもしばらくは何事もなく洞窟の奥へ進むことができた。足元と、それから何者かの襲撃に注意を払いながら歩んだ。

「着きました」

初めてレミが話すのを聞いた。淡々とした低い声。その事実に囚われて目の前の光景に気づくのに遅れた。

「あ、」

洞窟の突き当たりは拓けた空間になっていた。

そこに、大人四人が手を繋いだほどの大きさの水の溜まりが、こんこんと湧き出でる水を湛えてる泉があった。洞窟の隙間から光が入っているのか、上から射す光の柱が水面に反射して光っていた。

地下だというのに清浄な空気が満ちている。

「この泉が?」

「ただの水のように見えますが、魔力の溜まりです」

「──」

言われて目を凝らしても、透明な水が湛えられているようにしか見えない。

これが魔力の泉。

絶え間なく魔力が生まれ出る不思議。静かに満ちる水面は水盤のように澄みきっていた。

ルイは美しさに惹き寄せられるように一歩踏み出していた。

触れたい。

無意識に伸ばした手が泉に浸かろうという寸前、声が飛んだ。

「お待ちください」

ジュールが目の前に立ちはだかった。

「手は触れぬよう。下がってください」

言われて距離を取る。

奥にある泉をぐるりと囲う空間、そこをジュールがいくつか掌をあてる仕草をした。天井にも手を掲げて何かを確認する。

所々にある石柱や隆起した石灰石でわかりにくいが、泉の周囲に薄く強固な魔力の壁が張り巡らされているのだ。

「泉は遮蔽魔法が維持されているな。さすがにここの守護は保持できていたか」

納得したように頷くと、ジュールがこちらに顔を向けた。


その時。

暗い塊が上から降ってきた。

キキーッ。

高い声が上がる。

「えっ」

「伏せてください!」

さらにいくつも同じようなモノが柱や隆起した石の陰から飛び出した。

素早く動く緑灰色の影の背丈はルイより低い。人の子供のようだが手足が異様に細く、尖った耳をした頭が大きい。数は七。背を丸めた姿勢でこちらに迫ってくる。

「小鬼だ。マクシム殿、剣で応戦を。殿下は防御魔法を!」

小鬼は尖った爪を構えて近づくもの、棍棒のような得物を振り回すもの、耳まで裂けた口から歯を剥き出し威嚇するものなどまちまちだったが、こちらを敵と見倣して襲ってくるのは一緒だった。

「「はい!」」

マクシムがルイの前に出て、剣を構えた。背後に庇われる形になったルイは、両手を伸ばして自分ごとマクシムの前まで防御魔法を張った。

しかし防御の術は試技した経験がない。効果はわからないぶっつけ本番だ。それでも、今はできることをするしかなかった。

既にジュールはレミと背中合わせで小鬼達と対峙していた。敵意を剥き出しに近づく小鬼にレミの手から火球が放たれ、その身を焼いた。

キィャー!

火だるまの小鬼が、断末魔のような高い耳障りな悲鳴をあげる。火の威力は凄まじく、すぐに黒焦げになって地に倒れた。

だが他の小鬼は仲間の死に怯まない。襲う勢いは弱まるどころかキィキィと声をあげ、レミの背後を狙って飛び上がった。だがジュールが軽く右手を振っただけですぐさま二匹の小鬼が動きを止めて地に落ちた。一瞬の硬直の後、苦しみのたうって動かなくなった。

ルイは目の前の光景に身震いした。しかしそれ以上、ジュール達を見ている余裕はなかった。

二匹の小鬼がマクシムの手にある剣の輝きに惹かれたのか、奇声をあげて襲いかかってきたのだ。

鋭い爪を振り上げマクシムを引き裂こうとする。避けようと彼は大きく後ろに飛び退いて、

「だっ」

背中がルイを押し潰した。マクシムが慌てて振り返った。

「すみません!」

「大丈夫、気にしないで敵を見て!」

言い合う間に距離を詰めた小鬼が、再び爪を振り下ろした。獲物を屠る期待に裂けた口が吊り上がる。

ガツン!

「あ」

小鬼の爪は、見えない壁に弾かれた。

「僕の防御だ!効いてるから。あいつの攻撃は避けなくても大丈夫」

「はい!」

「マクシム、いけ!」

はっ、とマクシムの呼気が聞こえた。

大きく踏み込んで、瞬速の剣が小鬼の胸を刺し貫いた。

ギィヤァー!

剣が引き抜かれる。

どさりと緑灰色の体が地面に落ちた。マクシムの剣が突いた箇所から紫の傷口が広がり、爛れ崩れていく。

濁った断末魔の叫びにルイは身をすくませる。目の前にある背中も強張っていた。


当たり前だ。

生き物を殺したのは、殺すのは初めてだ。死骸から目を反らして、だが手は止めない。わずかに震える手で防御魔法を張り直す。マクシムも剣を握る。

もう一匹の小鬼が棍棒を手に、怒りに顔を歪ませ飛びかかってきた。

ただ、シャルロットの為に。

二人の気持ちは一つだった。

ルイの防御魔法を盾に、マクシムが再び剣を振り下ろした。

小鬼の顔を半ば切り裂いてとどめに腹に突きを繰り出す。マクシムの剣は的確に小鬼を屠っていた。

ぐしゃぁ、と地に緑灰色の体躯が崩折れた。

「やった…」

「倒せた、良かった」

二人、安堵の吐息を吐く。

「よくやった」

気づけば、残りの小鬼を余裕で排除したジュールが見守っていた。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

魔物は退治した。これで泉の魔力を持ち帰ればシャルロットとアルノーは救える筈。

ようやく目的のものを手に出来ると安堵した。しかし、ジュールは厳しい顔で地に転がる骸を睨んだ。レミが何事か耳打ちする。

頷いて呟いた。

「確かに。小鬼の数が少ない」

「え」

あれで?と思うが魔物に詳しいレミによると、小鬼は群れで行動する種で、一つの群れは数十匹単位なのだという。少なくとも二十近くはいるはずで、今倒したのが七匹だから倍以上群れは残っている計算だ。残りの小鬼も近くにいる可能性は高い。

「泉の近くでこれ以上の戦闘は避けたい。異変を知って群れの小鬼が追ってくる前に逃げましょう」

「泉は大丈夫なのか」

「守護が保たれている。小鬼達は魔力に惹かれて集まりますが、泉に近づくことは不可能です」

泉に満ちる魔力は膨大かつ特別強い。

故に魔物達を引き寄せる力があるという。彼らを近づけないよう、常世の森全体を管理し、場合によっては駆除するのが魔道庁の義務であった。少なくともジュールが魔道士長の時は。しかし今は理由はわからないが森は放置され、魔道庁の術は辛うじて泉の周囲を守護するのみ。

「このまま触れては歪みが生じる」

だからこのままの状態を保つためにこの場を去ると言う。

ルイは不信でいっぱいになった。思わずと早口で尋ねた。

「泉から離れてしまっていいのか。せっかく来たのに。まだ魔力を採ってないのにどうするんだ」

シャルロットの為に、ここまで来たのではないのか。

「大丈夫です。元より泉を使うつもりはありません」

「ジュール!?」

意外なことを平然と宣う。

「何の為にさっきルイ殿下が泉に触れるのを止めたと思います?宮を発った始めから、泉の魔力を使うつもりはなかった。喩え力が及ばず常世の森の管理が出来ずとも、泉の魔道庁防御は生きていた。ならばこちらが泉に関与したら、即刻あちらに察知される。王女殿下の傷を明らかに出来ぬ以上、我々の動きは知られてはなりません。だから泉を使わない、と決めておりました」

「──他に、方法はあるんだな」

それだけは聞かないと、とルイは口にした。

「むろんです。レミ」

「はっ」

「教えた道を」

ジュールの言葉に、レミが心得たように流れ石の壁に開いた横穴の一つに進んだ。細く曲がりくねったトンネルが続いているのが、レミの背中越しにほのかな明かりに照らし出されていた。

「まだ魔物が襲ってくるかもしれません。ルイ殿下、マクシム殿、油断無きよう」

ごくりと唾を呑み、ルイはレミとジュールの背を追った。小鬼達の襲撃を受けた今では魔物との遭遇は純粋に脅威だ。しかも魔というだけに不可思議な手段で出没することだってある。

レミが照らす狭い範囲の他は、闇が覆っていて何が潜んでいるかわからない。四人が一列になって行くのは、先程まで通っていた洞窟が広々と感じられるほど、狭く細い洞穴。曲がりくねった道だが、レミの先導は乱れず迷う風はない。さらにジュールが平然と後についていくのでルイも懸命に足を動かした。狭い穴は閉塞感をもたらし、疲れ以上に心が締め付けられる。後ろから聞こえるマクシムの息遣いが心強かった。

右に曲がり左に折れるうちに道は段々と狭くなり、遂にはルイの頭がつかえる程になった。慎重に背を屈めて前を行く。子供のルイが頭を低くしなければならない狭さだ。体格の良いマクシム、さらにジュールとレミはもっと大変だろう。しかし誰一人不満も疲れも口にせず黙々と前を急いだ。

どこを進んでいるのかどこに向かっているのか方角もわからない。目を落とし地面のでこぼこを見つめて苦しさを誤魔化すうちに、いつの間にか緩やかに坂をあがっているのにルイは気づいた。

と、目の前の背中が止まった。足元ばかり注視していたルイは気づくのが遅れた。トン、とジュールに鼻をぶつけた。

「ごめん」

いえ、と短く応えジュールは前方を示した。

「着きました」

言ってルイに視界を譲るために横にずれた。

横に。

いつの間にか先頭にいたレミも坂の先に拓けた洞窟の端に立っていた。狭い横穴の終わりに、またぽかりと開けた空間に出ていたのだ。

広い。それから耳を叩く強い落水音。

音の発生元は小さな滝。水飛沫をあげて流れ落ちる先は池。先に見た聖なる泉より二回りは大きい澄んだ水溜まりだ。

「これって」

「泉の魔力はどこから生じていると思いますか」

まさか、という思いがジュールの問いかけで確信に変わっていく。

つまり、ここは。

「迂遠な道行きでしたが、実はここは泉の上に位置しています。泉に湛えられる水は、この滝から池、そして石灰石の内を染み通っているのですよ」

常世の森の地上の入り口から少しずつ下っていった先にあるナーラ国の力の根源、聖なる泉。その湧き出でる魔力の元は、迷路のように張り巡らされた横穴を辿って行き着く池、そこに落ちる滝から成っているということらしい。

「こんな場所にそんなものがあるなんて」

人の胴程の細い滝だが、絶えることのない水の流れ落ちる音。弾ける水飛沫。

「魔道士長だった折に、偶然見つけました。泉の管理の為、幾度もここと王宮を往復したので、常世の森とこの洞窟に張り巡らされた横穴は熟知しております」

ジュールが豪語するならば、ほぼ事実なのだろう。

しかも。

「魔道庁は森を管理した上で他者の侵入を厳格に禁じました。私が士長の頃に。なので恐らく、この滝と池を知る者はいません」


私以外は。


言外に聞こえたジュールの声に、ルイは小さく溜め息を溢すしかない。

敵に回ったら怖い。勝てる気がしない相手だ。

「──ああ、そう」

ここまで来るのに労力を使った。だから疲れているのだ。

いろいろ言いたいことがあるのをそんな風に誤魔化して、大事な点に立ち返る。

「それで。この滝の水でシャルロットを救うんだよね」

今度こそ。

「はい。潤沢にあるこの魔力の水。魔道庁の管理外のこの水を用いれば、シャルロット殿下の本復は可能です」

「そうか」

やっと。この森に来た目的を果たせる。

ふと気づいてジュールに訊ねた。

「今、何時頃?宮を出てからどれくらい経ったかな」

「宮邸を出たのが夕刻前。王居を出て森に着くまで二時間程、それから洞窟を移動して…今は夜、八時を過ぎた頃になりますか」

馬車で移動し、その後は外の様子が窺えない地下の洞窟だ。ルイにはわからない時の経過をジュールは淀みなく答えてくれた。

昼過ぎにシャルロットが傷を負ってから半日が過ぎたことになる。

まだ、大丈夫。猶予は充分すぎるくらいある。

でも。

「急ごう。なるべく早く戻りたい」

「はい。すぐに」


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