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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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49 森へ


まずはアルノーの馬車で王居を出ることになった。徒歩は目立つ上に馬車の方が早い。加えて敵方の詮索からも幾ばくか逃れられる。真相がバレたとしても、あくまで外向けに言い繕うのに都合が良い。

ゲームの展開だと襲撃者を差し向けたのは王妃のはずだが、時期のズレなどで確証がないのでルイは「敵方」と考えることにした。

正直、王妃がエルザの子に敵意を持っているのは確かなので、今回の襲撃の黒幕は彼女であって欲しいのが本音だ。王妃が首謀者でなかったら、さらに悪意を持つ者が存在することになる。ルイとしては、それはあまり考えたくなかった。


アルノーが所有する飾り気のない箱馬車にジュールと向かい合わせに乗り込んだ。マクシムはルイの、ジュールの従者が主人のそれぞれ隣に座った。

馬車は御者の鞭で走り出す。常歩から早足へ。しかし四人も乗った箱馬車では急いでもたかが知れている。苛立ち逸る気持ちを堪えようと、ルイは唇を噛んで下を向いた。

「ルイ殿下」

ジュールが口を開いた。

「王居を出たら、すぐに常世の森へ向かうことになる。悩む暇はありません」

「え。まだ随分とかかるよね?」

ルイは驚いた。

書庫で地理を学ぶために見た地図を思い出して距離を測る。馬車では半日以上かかるはずだ。

「いや。魔道庁の制限下にあるサギドを出たらあっという間です。目眩まし、それと空間転移を行うつもりです」

ジュールは表情を変えることなく、とんでもないことを言ってのけた。

「殿下の馬車ではなくアルノーの馬車で動くのは、その為ですから」

そうしてジュールは魔法による細かい操作を教えてくれた。

「実は、馬車が宮邸に入った時間をずらして認識させているのです。外部の人間には襲撃の前にアルノーが宮邸に着いたと知覚させている。そして我々が乗ったこの馬車は、王都の医者の元に向かったと誤認される。宮の周囲には常に敵の監視があるのです。だから本当の行き先は、絶対に知られるわけにはいかない」

「敵方」の監視に対する周到な偽装工作にルイは感心した。それと同じくらいジュールを空恐ろしく感じたが、現況では頼りになることこの上ない。

そうして馬車に揺られていると、どうしても己の行動を省みてしまう。

未だに現実とは思いたくない無惨な結果。

初手で自分がもっと上手く立ち回れていたら、こんなことにはならなかったのではないか。暗殺が失敗に終わった。それ自体は良しとするものの、大事なものが損なわれるのは耐え難い。


シャルロットの命を奪いかねないひどい怪我。

それは大きな衝撃だった。

軽傷で済んだ筈のゲームの展開と違う。

どうしてだ。

何故。

あの本から読み取れる控え目な王女と違って、活発で剣技を身に付けていたから?

いや、シャルロットのせいじゃない。僕がもっと剣を善くしていたら。僕が外に出ていたら。

そもそも、刺客に襲われる、シャルロットが怪我をする、と知っていたのにどうしてもっと注意してなかったのか。

本の記す時期が過ぎていたから?

愚かすぎる。不穏な要素はあった。警戒を怠るべきじゃなかった。

事前に備えることができたはずなのに!全ては僕が──。

「殿下。余計なことをお考えですか」

正面に座るジュールが問いかける。

「──余計じゃない。本当は僕が襲われる筈だったのに」

己の至らなさを噛み締めていた。

「過ぎてしまったことは戻せません。ただ、今はまだ間に合う。繋ぎ止める手段が残されている」

「わかっている。だけどもっと上手く立ち回っていたら!」

ジュールはルイの為に言ってくれているのだ。それはわかっている。だが簡単に自分を許すことはできない。せめてこの馬車に乗っている間だけでも、

「殿下のお陰です」

ジュールの一言に思考が止まった。

「ルイ殿下は持ち得る全ての魔力、治癒魔法を駆使してシャルロット殿下の命をこの世に繋ぎ止めた。だから今がある。それは揺るぎない事実です」

強く、ルイの心に届くように語りかける。

「そして我々は殿下を取り戻す為に行動している。その猶予があるのは皆の力です」

ぽかりとルイの内にあった凝りが軽くなった。わずかに光が見えた心地がして、不器用な笑みが頬に浮かんだ。

ふとジュールが改めてルイの姿に目を留めた。

「剣に、血が」

「あ」

視線を追って下を向くと、腰に提げた宝剣の柄が血に染まっていた。座席にかけているせいで、剣が体の横から飛び出ていた。血はシャルロットを助け起こした時に付いたのだろう。肌に付いたものは綺麗に拭い着替えもしたので痕跡は消えたが、ここまでは気づかなかった。

手持ちの手巾で拭う。拭いきれずに残った血は柄頭の穴に溜まった。固まりきらない血は光を反射して紅い玉のようだった。

戻ったらきちんと磨こうと心に留めて、ルイは前を向いた。



「先程の話ですが、魔力の発現は精神の均衡が大事なのです」

ジュールが気を取り直して話し始めた。

「殿下。昔話を、これから訪れる場所について簡単に説明してもよろしいですか?」

「うん」

「以前お話しした禁忌について覚えていますね」

ちら、とルイの隣のマクシムを見てジュールは言った。

公けにできない秘匿の話。それは国王の即位式において禁術を為したことだ。

気づいてルイは素早く頷いた。

「もちろん覚えてる」

「あの術、あれに用いた力を生む場があるのです」

「ま、…ちからを?」

「はい」

寸でのところで誤魔化した。声を被せるようしてジュールは続けた。

「国王陛下、宰相、そして魔道士長のみが知り得る我が国の秘密です」

また国の中枢しか知らぬ機密に立ち入った、とルイは息を殺して話の行く先を聞く。

「王居の外、王都のはずれにある常世の森、そこに魔力が溢れ出る泉がある。この泉はナーラ国の秘密、アストゥロ王家の力の源泉であり、以前お話しした禁術の種なのです。我々はそこへ向かっています」

ルイは少し無理やり割り込んだ。

「ちょっと待って。そんな重要な秘密の場に一緒に行っても?僕に、マクシムにも教えて良いのか?」

「もちろん口外禁止です。秘密は守っていただきます。それに深い森の内にある泉には、知ったとしても単独では辿り着けない。強い目眩ましがかけられているので」

「目眩ましの魔法?」

「ええ。これを解いて森の泉に迷いなく到れるのは、当代の魔道士長のみです。魔道庁が管理して、時の魔道士長が秘密を保持して国王陛下や宰相の命に応じて利用します」

「時の魔道士長」

「私の後任、現在の魔道士長トマになります」

「その人の許可がないと無理なんだね」

「はい。まず国の支配層の極一部にしか存在が知られていません。また具体的な位置、泉そのものは当代の魔道士長しか扱えないよう厳しい制限がかけられています。万一、ルイ殿下やマクシム殿が触れ回るようなことがあれば、恐らく記憶を封じられます」

ジュールの説明は明確だ。しかしルイは大きな矛盾について尋ねた。

「でも、ジュールは知ってるよね」

「はい」

「先代の魔道士長だから機密を知ってるということ?」

「それでは秘密が漏れる。だから士長の職を辞する際、新魔道士長が忘却魔法をかける決まりです」

「へえ?」

「だが後任の魔道士長トマの術は、私には無効だった」

ジュールは、さらりと危ないことを言ってのけた。

「それって」

「なので術にかかったふりをしました。忘却魔法は自らにかけることは出来ないので。全てを忘れたと装って、魔道庁を去りました」

「術がかからないってことがあるんだ」

ルイは溜め息をつくしかない。

ジュールの魔力が強いからかトマの魔法の術が弱かったのか。

いずれにしろジュールが飛び抜けて優れた魔法使いなせいだろう。

「トマの魔力では私の記憶に働きかける力が及ばなかったのでしょう。もちろん、この件は他言無用。現魔道士長は私が魔道庁の機密の記憶を失ったと信じているのですから」

もし記憶封じが成らぬとなれば、先代の魔道士長ジュールは死を命じられたか、何処かに幽閉されたか。今のように自由に動き回れる身の上ではなかっただろう。

「王家や他の貴族、官僚も知らない。魔道庁では古来、代替わりの際には後任が記憶封じと魔力の一部を剥奪して王家やナーラ国に纏わる機密を守ってきたのです。

だが恐らく、私のように次の魔道士長の忘却魔法が上手く作用せず、記憶を保持したまま沈黙を保って去った者は国の歴史の中、幾人もいたのだろうと思う。次代が必ず先代の力を上回る、そんな奇跡が数百年も欠けずに続いたとは思えない」

自分だけが特別ではないとジュールは言う。

しかし、とルイは考えた。

…逆にジュールが忘却魔法が成功したと思い込ませたのかもしれない。

そのくらいは簡単に出来そうだ、とルイの師の計り知れない魔法の実力を思う。

そして常世の森、そこにある魔力の泉。

王家所有となっているが、基本、魔道庁が管理しているという。代々、魔道士長が秘匿の術で守護しているそこへ、今から行く。

つまりは。

「森の泉に行って何をするつもり?」

「溢れ出でる魔力を王女殿下の命を回復させるために使います」

「それは」

「殿下の容態は秘されている。王家の泉を用いる許可など出るはずもない。魔道庁には秘密裏に使用させていただく」

今の自分達の不安定な立場では、シャルロットの怪我が公けになろうとも無理だったろうと思う。なればジュールの選択に乗るしかない。

ルイはこくりと頷いた。


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