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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
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4 秘密の小部屋と革の本


夜の深いうちに、ルイは目を覚ました。寝室の真ん中に置かれた大きなベッド。重みにへこんだシーツの隣では今日の出来事で疲れたのだろう、シャルロットがぐっすりと眠っている。

怒涛のような一日だった。

いつも通りのゆったりとした日常が突如として嵐に巻き込まれた気がした。子供の頭に知らなかった話をあまりに多く注がれて、処理するのに余分なエネルギーが必要だった。

シャルロットと同様にルイも疲弊しているはずだったが、何故か一度起きてしまったら目が冴えて眠ることができなくなった。

諦めて起き上がり、ベッドから滑り降りる。

ふと、外が気になったのはどうしてか。ルイは誰かに呼ばれた気がして部屋を出て廊下を歩いた。右、まっすぐ、左に折れて…。

足の向くままに進み、とある扉の前に立った。生まれた時から過ごしている宮。中心にある庭も含めて許される箇所は探検し尽くしているはずなのに、何故かそこはあった。ルイもシャルロットさえも未知の扉だった。

一寸の間、躊躇ってから扉の握りを回して開けると、極々狭い小部屋があった。

内には小さな丸い小卓が一つだけ。

そこに茶色の革で装丁された厚い本が置かれていた。

本、か。

文字は一通り読むことはできる。

ルイは無造作に手を伸ばした。ペラ、と本を開くと最初のページに、


ルイ・シャルルたる男子へ贈る


と明記されていた。

「僕の名前だ」


驚きつつページをめくる。

次に記されたのは、読み手への歓迎。


乙女ゲーム、『聖なる祈りと三つの宝』が形創る世界へようこそ

この本を読んで、君が新たな生を楽しみ、正しく物語を牽引していってくれることを望む


「──」

知己の者に対しての餞を不思議に感じながら、先を読み進める。すらすらとまではいかないが、六歳にしては早いペースで字面を追う。


──まず、乙女ゲームとは、主人公であるヒロインがゲームの中で起こる出来事、事件、これを称してイベントとする、をこなしつつ、主に男性と関係を構築、即ち攻略してストーリーを進めていくものである。鍵となる複数の男性の中から一人を選びルート別に攻略しつつ、世界の物語に沿った展開をしていく。

対象男性と交流を深めていくことでストーリーが進み、問題がクリアされていくが、そのため障害、妨害が明確に設定されている。対象本人の人物設定による障害と共に、ヒロインと対象の間を裂く人物の存在は一般的である。



この世界の基となるゲーム『聖なる祈りと三つの宝』では、王国の学校に入学したヒロインが第一王子と出会った後、聖なる力に目覚める。学校で仲間と学びながら聖なる乙女として得る力を強めていく。学校を中心として出会う攻略対象者や他の人々と協力しながら鍵となる三つの宝を探し出し、国を揺るがす悪しき勢力を倒して世界を救う──。


本の頁はまだ続いていたが、今のルイが読むことができたのはそれだけだった。

そう、いわゆる乙女ゲームの基本概要とこの世界の中での位置付け、だ。


僕は何を言った?

ゲームの基本概要?ゲームってなんだ、ナンダ?


自身に問いかけるうちに奇妙な感覚が生まれる。

ぼんやりと浮かび上がる生まれる前の白い世界の記憶。天の声によってルイに課せられた役割。

──!

はっ、と思った時には白い世界、低く語られる神の言葉が蘇り脳裏を目まぐるしくかき乱す。

頭の中が混乱と驚きで満ち、ルイはしばし立ち尽くした。


思い出した。思い出した。思い出した!


神と想定した声の告げた話。ゲームの中のストーリーに沿って世界が進んでいくこと。


ちょっと待て。

ふと引っ掛かるものを感じて書かれているものを丁寧に読み直した。

短い文章の中に大事なことが書いてある。

簡易に説明されただけのものだが、この世界のゲーム展開の主題はこうだ。

ヒロインが攻略対象者と共に聖なる力を使って世界を救う。


世界を、救う。


救わねばならないような危機が必然的に起きると確定されている、世界。

そして多分、救う使命が課せられるであろう、自分。

神様(仮)──!

ルイは心の中で記憶にある「声」の主に呪いの言葉を放った。


確かあの時、ヒロインと出会うイベントだけが必須、健やかに過ごしていれば大筋に添っていくから容易いもの、生きるだけ、などと安直にまとめていたはず。

しかし、目の前に提示された未来は平穏無事とは程遠い。


くら、と目眩を覚えながらページを繰る。

冒頭を今一度見て、ルイははっとした。

最初に見た時にはなかった文字列が紙に浮かび上がっていた。


王子に命じる

くれぐれも破滅に至る選択はせぬように

破滅はこの世界そのものの崩壊に繋がる故に


念押しのような恫喝のごとき一文。

今更、後戻りのできない状態に放り込まれていて、なかったことはできない。

取り敢えず、今夜はこれまでだった。これ以上考えるのはやめにした。

本を閉じ、全てをそっと元通りに戻すと、ルイは急いで寝室に帰った。




次の日、ルイは寝過ごした。

あれからベッドに戻っても、思い出した白の記憶の断片とついさっき得たゲーム設定が頭の中でぐるぐると回ってしまって明け方まで寝られなかった。お陰で、目が覚めたら寝室に一人取り残され、日差しは高いところに昇ってルイを照らしていた。

急いで服を着替えて、朝食を取りに飛び出した。


何事もなかったように一日をシャルロットと共に過ごして、夜半、寝室から脱け出す。なるべく静かに、そっと。

それから、ジグザグと道を辿り、小部屋に着いて秘密の本を読みふける。不思議なことに、昼間に小部屋を訪ねようと試みても決して行き着けなかった。この世界にルイを放り込んだ神様(仮)の秘密の操作が成されているのかもしれない。

誰にも内緒の活動が常習となって一週間。夜中に起きても身体が慣れて日常に支障をきたさなくなったルイは、一つの結論に達した。


行動を起こさないと、駄目だ。


記憶が蘇っても、残念ながら知識が劇的に増えたり能力が追加されるということはなかった。ただ、かつての世界の大人の一般教養や常識が備わっただけ。しかもゲーム未経験なのでこの世界に対する予備知識は皆無。さらに、どうやら今の身体の年齢に体力はもちろん頭脳も引きずられているようで、つまりはルイという六歳の子供の学んだ限りの能力しかなかった。

それでも多分、生育環境のせいか実年齢より知識も語彙も豊富だ。それだけは良かった。しかし物語のスーパーヒーローのような特段有利な材料はない。あの革の本を除いては。

ならばあの本を道標にするしかない。



しかしここに大きな問題があった。

神様(仮)が授けた本の内容で、ルイが読めたのはわずかに冒頭数頁のみ。あとはルイの知らない字、読解できない言語で書かれていた。外国語かこの国の高等言語か。

宮にある本を一切合切浚ってみたが役に立つことはなかった。とにかく一般的な知識では読解できないそれは、この宮で幼児の双子に与えられたわずかな書の中には存在しない。とにかくこのままでは学びようがないとだけ知れた。

二人に文字を教えてくれたアンヌにはそれとなく確認したが、新たに教えてくれるような素振りはなかった。宮で唯一の知識人がそれならば、このままでは永遠に理解できるようにならないだろう。

本の中身を読むには、どうしたらいいのか。読める知識を得るには、どうしたらいい。

考えて、ルイは書庫のようなものが近くにあればと思いついた。


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