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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
47/275

46

前ページに続いて流血及び血塗れ表現があります。

苦手な方はご注意ください。


ルイの目の前で鮮やかな真紅が散った。

「シャル!」

自分が叫んだ声が遠く聞こえる。どさりと重い音を立てて、シャルロットが地に崩れた。

「シャル!」

ルイは飛ぶように跳ねて近づくとシャルロットの傍らに跪いた。

震える手で落ちかかった髪をかき分ける。常は太陽の輝きをはらんで輝く金が赤黒く固まってごわつく。触れた白い額から顎、肩先まで血に染まっていた。

どくんどくんと心臓が跳ねる。それに合わせるように、シャルロットの割れた額から血がどくどくと溢れた。



何故?

ゲームの展開では襲撃者に斬られるのは背中ではなかったか。ほんの軽傷で済む筈ではないのか。

あの本に書かれていた程度の傷ならば、ルイが鍛練してきた術で痕一つなく完璧に治癒できた。しかし、目の前で倒れたシャルロットの額と肩の傷は爆ぜて割れ、血を溢れさせている。

何故、どうして、という疑問が頭をいっぱいに満たす。その間にもシャルロットの目から光が消え、虚ろになりゆくことに心が冷えた。

遂に瞼が閉じた時、ルイの中の強い意志が身体を動かした。

シャルロットの出血を止めなければ。

流れる鮮血が命のかけら、失われていく一筋がシャルロットを喪う未来に向かうと痛いほどわかっていた。

歯を食い縛り、魔力を両の掌に込める。

止まれ、塞がれ。

治癒魔法を使え。

ぼう、と有らん限りの魔力がシャルロットに向けて放たれる。

ちり、とシャルロットの傷口がわずかに震える。それが新たな出血をもたらすものではなく、ゆっくりと光の力で膜を張ろうとするのをルイはまばたきもせず見つめた。爆ぜるように開いていた額の傷がじわじわと塞がり始める。肩からの出血の勢いが弱まっていく。

両手を翳したまま集中力を切らさぬよう呼吸を調える。



どれほど時を費やしたのか。一点に注力していたため、ふっと場の把握と時間の経過にズレを感じた。魔力を生じている右手を左手で支えて維持したまま、視線を巡らす。

凍りついたように立ち尽くしていたクレアが、ようよう我に返って身動いた。彼女にしては鈍い足取りでシャルロットに歩み寄ると、ぱたんと膝を落とした。手巾を取り出し、血にまみれた姿に手を伸ばす。

肌の不自然な青白さが鮮血の赤のせいで際立つのを、クレアが丁寧に拭っていく。

「シャル様」

割れた傷が走る顔は慎重に整えられ、静かで怖いほど白く。床に広がる赤色の示すとおり、あまりに多くの血が流れ過ぎた。

クレアはシャルロットの髪を一度だけ優しく撫でつけると、さっと立ち上がった。

きりりと頭を上げた姿は平静さを取り戻していた。クレアは、片手に剣をぶら下げたまま立ち尽くしているマクシムを呼んだ。

「マクシム殿!こちらへ。私の代わりにお二人のお側に」

「あ、」

それでも暗灰色の塊の前から動けないマクシムに、手を引いて強く誘う。覚束ない足取りでやって来たマクシムは、縺れるようにシャルロットの前にしゃがみこんだ。

「私はアンヌ様の元に参りますので。お二人ともお願いいたします」

素早く言い残し、クレアは人を呼ぶべく廊下に足早に出ていった。

「シャル」

ルイが小さく呼んでも応えるはずもない。

落ち窪んだ瞼。見たこともないほど血の気を失った白い顔に、ルイは喪失の恐怖に震えた。

どうしようもなく怖かった。



クレアが去った後、ルイはシャルロットから目を離すことはせぬまま、マクシムに話しかけた。

「動かないな」

「え」

「あの男。マクシムが斬った?」

視界の隅、床にくず折れた暗灰色の布で覆われた身体がある。マクシムはちらりと視線を飛ばして、目を背けて首を振った。

「いいえ。あの、俺は剣で殴っただけで」

「そうなのか?じゃあ」

「わかりません。俺が打ち据えた後、突然苦しみ出して」

「そうか。でも、ありがとうマクシム」

ルイは掌を伸ばしてひたすらシャルロットの傷に治癒魔法を当て続けた。マクシムは座り込んでそれをただ見ている。ぽつりぽつりと落とす会話は、しかし決して目の前の彼女には触れない。

二人とも何か確信めいたことを口にするのが怖かった。

シャルロットはぴくりとも動かない。

血の気が失せた顔は白く、かすかに唇が動くのだけが生を感じさせる



出来うる限りの治癒魔法を終えて、ただ待つしかなくなった頃。

「ルイ様」

クレアがサロンに戻ってきた。手には毛布とおぼしきもの。

「お任せして申し訳ありませんでした。アンヌ様はロラン様の元へ。ジュール様には遣いが出されております」

言いながらシャルロットの傍らに跪き、細心の注意を払って傷ついた頭の下に畳んだ毛布を充てた。さらに血塗れの身体をもう一枚の毛布で覆う。

「血を喪うと人は寒く感じるそうです」

言って、力なく投げられたシャルロットの手を両手で温めるように包んだ。

いつものごとく落ち着いた様子のクレアに、ルイはほんの少し気持ちが軽くなった。それでも今までシャルロットを床に転がしたまま、何も気遣いできなかったことに唇を噛み締めた。

「気づかなくてごめん」

「そんな、謝らないで下さい、ルイ様」

「でも」

言い募るとクレアがゆっくり首を振った。

「後悔は皆、感じています。主をお助けできなかった私ももちろん、ここに駆けつけられないアンヌ様も。でも、だから今動いている」

ルイ様も、と先程まで魔力を発し続けていた右手を撫でた。

「待ちましょう」


土日の更新はお休みします

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