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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
2章
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44 稲妻


その日、ルイは書庫に向かわず宮で日がな過ごすことにしていた。

午前はシャルロットとダンスのレッスン。午後はマクシムがやって来て三人で剣の稽古をする予定だった。

クレアの指導の元、ルイとシャルロットはお互い組んで距離を測りつつ、新たに教わったステップを踏んだ。

正確なステップを覚えて踏むのはルイだが、シャルロットは細かいことは留意せず大きな動きで流れを掴む。二人の違いがそれぞれ活きると見事な踊りに昇華する。しかし互いの長所を打ち消す方向に向かうと無惨な崩壊がやって来るのだ。

最初のダンスでは、試しに合わせてみたというのに上手く噛み合って、クレアの手拍子に沿って最後まで踊りきった。

だがたった今、二人の間に起きたのは惨事だった。シャルロットに足を引っかけられ、ルイが尻餅をつく。その上にべしゃりとシャルロットが倒れ込んだ。

成功と失敗のあまりの落差に、クレアが天を仰ぐ。

ダンスの師である彼女は、二人で組んだ当初からの問題を何とかしようと奮闘しているのだ。それが失敗に終わっては嘆きたくもなるだろう。

クレアの意図は汲んでいるが実行が伴わない生徒達は、ぎくしゃくと向き合った。

「はい、もう一度」

クレアがぱん、と手を叩いたのに合わせて踏み込んだルイは、突如足首の力が抜けてがくんと膝から崩れた。

「ルイ!」

「ルイ様!」

シャルロットとクレアの二人に一斉に駆け寄られてしまう。ルイはわずかに赤面した。

恥ずかしい。

「ごめん、ちょっと足が滑っただけ。大丈夫だから」

急いで立ち上がろうとすると、クレアが制した。

「もう、今日は終わりにしましょう。お疲れの体で無理をすると怪我に繋がりますから」

「でも」

「そろそろ昼になります。軽く食事をとって午後の稽古に備えましょう」

シャルロットがクレアの言葉に強く頷いた。

「クレアの言うとおりだ。ルイ、ダンスは終わり。お昼にしようよ」

「わかったよ」

多分、昨日書庫でルイが根をつめすぎて疲れが残っていると察したのだ。二人の気遣いをありがたく受け取ることにした。

「今から着替えてくる。ルイの剣も取ってくるね!」

シャルロットは先にドレスを脱ぐのだと走って部屋に戻った。クレアが着替えを手伝うために後を追う。

シャルロットは相変わらず、ドレスよりもパンツスタイルが好きだ。剣の稽古のようにドレスから解放される機会は逃さない。

早目に着替えて、ドレスに戻るのはなるべく後回し、だ。もちろん剣術は最優先で、できる限り剣を手元に置きたがる。

変わらぬ妹の在り方にルイはやれやれと思う。同じようにダンスのレッスンで絞られたというのに、自分より余程元気だ。

ルイはサロンの二人がけのソファに横になった。身を横たえると疲れがどっと襲った。

シャルロットが戻るまで、少しだけ。

目を閉じると、ぽかりと空気の落とし穴に入ったような、不思議な感覚に陥った。


次に我に返って目を開けると、至近でシャルロットが覗き込んでいた。

「起きた?」

ぱちぱちと瞬く。身体を起こしてあちこち見回した。いつの間に掛けられたのか、レースに縁取られた薄布が胸から足元まで覆っていた。

「寝てた、か」

「少しだけ。着替えて帰ってきたらルイ寝てたから。先にお昼食べちゃった」

「お疲れのようでしたので」

後ろに控えていたクレアが静かに言葉を添える。ソファから立ち上がろうとすると二人に止められた。

「もう少しそのままで。何か軽くつまめるものを用意して参ります」

「もうマクシムが来るよ。ルイはここで食べながら私とマクシムを見てて」

元気になったら稽古しよう?

「剣は準備してあるから、ゆっくりでいいよ」

言われて、またソファに逆戻りした。クッションに頭を預けて、シャルロットを見る。

シャルロットはマクシムが来るのを待ちきれないのか、剣を手に素振りを始めた。木剣ではない。今年ブリュノから贈られた、先を潰しただけの鉄の本格的な剣だ。

その時。

サロンに風が起こった。




クレアが戻ったのだ、と何の疑いもなく振り向いてルイはぎくりとした。

暗い色を全身に纏った、見たこともない男がそこに立っていた。

サロンの入り口からすぐ、奥の壁際のソファからも剣を手にしたシャルロットからも離れた場だ。だが明らかに異様な存在に、ルイもシャルロットも息を詰めて見入った。

油断なくこちらを睥睨する瞳は黒い。パサついた短い髪は白髪が混じっているのか色味がぼけていた。汚れ灼けた顔に刻まれた皺は深いが、何気なく立つ全身から放たれる殺気が、彼がまだ壮年の盛りと示していた。頂点の技術と仕事を完遂する力を持つ、選ばれて差し向けられた者だ。


剥いた目がぎょろり、と動いた。低い姿勢で構えたまま素早く視線を走らせ、奥と中央、ルイとシャルロットを捉える。

わずかに惑うように頭がぶれたが二人から意識を逸らさず、す、と腰の後ろに右手を回した。流れるように戻した時には、前に突き出して構えた右手に、鋭い刃の剣が握られていた。

ルイの心にざわめきが走る。

「おい「お前、僕を狙った者か?」

声をかけようとしたルイに被さるように、シャルロットが鋭く問いを放った。驚いて、その意図を悟ったルイは歯を噛み締めた。

剣を持つシャルロットは、咄嗟にルイに成り代わろうとしたのだ。

馬鹿なことを!

シャルロットを睨むと、視線に気づいてかすかに首を振った。それから男に身体を向けた。

「誰に頼まれた?僕を殺せと命じられたか」

シャルロットは強く明確に詰問する。ゆっくりと剣を握りしめ、じり、と足を踏み進めた。それは正しくルイの盾となる位置を取ろうとする動きだった。

男がシャルロットの歩みに合わせて構えを変える。標的を完全に絞っていた。


シャルロットを殺しの的に?

許せるはずがない!


薄布を跳ねあげ、ルイはソファを滑り降りた。

「王子は僕だ!シャルは関係ない」

男子と一目でわかる姿に腰に佩いた短剣。

男は明らかに動揺した。

恐らく、依頼の対象の王子が双子と知らなかったのだ。

隙を見せぬまま僅かに視線を動かし、身体を傾ける。やはり、剣を手にしたシャルロットに狙いを定めたとみえた。

と、がしゃん、と物の砕ける音がした。

「これは、一体…」

「!」

軽食を用意して戻ったクレアが盆を落として立ち尽くしていた。

サロンにいた全て、ルイとシャルロットはもちろん、襲撃者である男さえも不意を突かれて各々注意が散った。

「お前は何者です!」

見たこともない厳しい顔をしたクレアが男に詰め寄る。剣を持つ相手に怖れもなく近づいた。

いや、ルイとシャルロットから男の注意を逸らすつもりなのだ。意図を悟ってルイは間に入ろうと動いた。

だが同じくクレアを庇おうとしたシャルロットに、男は瞬時に仕掛けた。身を低くして一足飛びに間合いを詰める。それは無駄のない早さで、ルイが動く間もなかった。

「シャル!」

せめてもと何の役にも立たぬ叫びを上げるのが精一杯だ。しかしシャルロットはわずかに右手を振り上げ、男の一撃を受け止めた。


ガキッと金属のぶつかる音がした。

ざっと飛びすさった男は弾かれた剣を引き寄せた。体格差をものともせず攻撃を見事防いだシャルロットは、反動で反った身体をぐいと戻す。じり、と足元を踏み固めて剣を掴み直した。

「はっ」

息を吐いたのはどちらだったか。

再度、男が床を蹴った。キィン、と今度は高い金属音が鳴る。さらに剣が振り下ろされ、また交差し打ち合う。

ルイは、クレアも、息を潜めて目の前の鬩ぎ合いを見つめた。


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