41 侵食
魔道庁の仕事は多岐にわたる。
内勤と俗に言われる古文書の編纂と研究、魔術の向上を目指した庁舎内での実験を伴う研究は、遅々とした歩みながら連綿と続けられている。
他方、外勤と言われるナーラ国の各地を見回って要地に防御魔法を施す仕事は、魔道庁以外の人々に認知されたいわゆる魔道士の活躍と見なされるものである。内勤と比して就く魔道士も多いそれは、その業務範囲の広さもあって難易度の高い任務であった。
国境近くの人の住まぬ荒れた地に不測の者が蔓延ってないか、集落と街を結ぶ街道に怪しげな変事が起きてないか。騎士団とは別に、あるいは連携して事にあたる。国の民が魔力を保持するが故に魔道関連の問題も多く、その禍を治めるのも仕事の一つだ。魔道庁の管轄下にない魔道師が事件を起こすことも少なくない。
時間の経過で土地の状態が変わり、人も入れ替わる。全てを見通すことができないから、定期的な見廻りと丁寧な監視が必要だった。
そんな中でも、特に念入りに人を割いて防御壁を張り、常に監視を怠らない最重要地が王宮をうちに抱く王居である。
国王と王族、さらには国の中心たる大貴族と官僚という支配階級が住まう地は、魔道庁が庁を賭して保持しなければならない護りの場だ。
昨今、何故かその鉄壁を維持している筈の王居の防御に不具合が生じることが多く、魔道庁はその対応に追われていた。数年に及ぶ懸案に魔道士達は優先して力を注ぐようになり、その結果、他の地への手が不足した。
密かに拝命している王家の禁足地の守護。
秘密を知る魔道士長のみで護りを司らねばならない地。己の力を冷徹に測った魔道士長トマは、核とも言うべき狭い範囲を強く防御膜で覆った。それが自身の限界と見たのだ。そうして内側の護りを済ませると、秘密を知らぬ魔道士達を集めて大きく外側から遮蔽魔法を張らせた。
理由は知らせず、ただ魔術を紡げという魔道士長の命は、多忙な魔道士達には他の何度も繰り返される指示と同じ重みにしか過ぎなかった。
内側に何があるとも知らぬ魔道士達の、真面目だが通りいっぺんの魔法は特別である筈もなく。
次第に魔道士長の意図から離れて、年月を経る間に遮蔽はお座なりになった。綻びが生じて小さな穴が次第に大きくなるも、遠く目視のみで内から確認することもされぬまま、疵は気づかれることなく放置された。故に省みられぬ破れ目から入り込んだものは、何にも邪魔されず内側を自由に侵食した。
そうして、時は過ぎていった。




