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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
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39 革の本 呪術語編


革の本の解読は長らく進んでいなかった。

あまりやる気が起きず、小部屋を訪れることもやめていた。

既に古語で解読した箇所で自分とシャルロットの成長についてある程度記述されていたから、安心していたのだ。

呪語を習得するにつれて読み拾える語句は増えたものの、やはり難解でもあり、どうしても優先順位が下がって億劫で放置しがちだった。

修得した呪語を使って魔力が操れることに夢中になってしまったというのもある。覚えることは山ほどあり、魔法を実践するのにも時間が取られた。急ぎ読み終えねばならないという気も起きなかったのだ。



しかしある日、ルイは夜中に目覚めた。やけに頭が冴え、ベッドから起き上がるのも苦にはならない。さらに、ぎしりと結構な音を立てたというのに、隣で眠るシャルロットはぴくりとも動かない。


これは、呼ばれている。


以前にあった感覚にそう考えて廊下に出れば、やはり迷うことなく足が覚えている順を辿って小部屋に着いた。

二年以上訪れていなかった部屋で、革の本は変わらずテーブルにあった。

何度も手に取った上質な革の本を開く。

古語で読んだルイとシャルロットの箇所を浚い、特に改変もないと確認する。

それから、まだ未読の複雑な呪語で書かれた文をぽつりぽつりと読み拾う。

始めに意味が取れたのは、ルイ以外のゲームの主要人物についてだった。


──正直、関係ないよな。


早々に興味が失せていくのを堪えて、どうにも馴染まない不自然な文字を辿る。

「ヒロイン、の、対象相手?は、…第二王子、あーフィリップか」

口で読み上げて、意味を繋げて得心する。

「騎士、の未熟者、見習い?将軍の子」

これってマクシムのこと?

「まもの。え、魔物?魔物がいるのか、この世界」

魔法が有りの世界だから魔物もいるか。

この世界の指南者であるアルノーとジュールは、全くその点に触れていなかった。

今度、聞いておかなければ。

心に留める。

「隠された人物。……隠された存在。魔法の、助け」

ある程度読めるが、情報量だけが異様に多くて全体を把握できそうにない。今、苦労して読み込んでもあまり役に立たない気がした。

ゲームの対象者として幾人かが挙げられていた。それでも、第二王子は存在を知っているからなるほどと思えるが、あとは現時点では未知の存在過ぎた。

いずれ成長して関わるとしても先の話なのだ。ゲームの始まりは十五歳か十六歳。今、不完全な読解力で必死で知ったとして、何になるだろうか。

そんな風に考えて、ルイは大胆に該当箇所を読み飛ばした。頁全体を眺めて、知ってる単語で自身に関わりそうなものを探す。王子や王女、国王、王家などなど。

見つけたら単語の前後を読んで、さらに自分達について書かれていると思えたら、真面目に読むことにする。

二頁飛ばしたところで気になる文を見つけた。かなり量がある。

数日かかりそうだと当たりをつけて、その晩は部屋に戻った。



それから三日、ルイは昼間の勉強はほどほどに留めて夜の活動に力を注いだ。

何てことはない、昼は魔力の試技をやめて呪語を学ぶことに集中して、ジュールへ文法や単語について活発に質問をした。読み解く力をあげてどんな難しい文も解読する覚悟で夜に臨んだ。

革の本を広げて、自分達に関わる箇所を丹念に追う。

そしてルイは衝撃を受けた。

そこには、過ぎてしまった年の大事件が記載されていたのだ。



──騎士団主宰の剣術大会。

八歳の王子は身分を隠して年少の部に出場して、見事優勝を勝ち取ってしまう。しかし、その輝かしい活躍が災厄を招くのだ。

審判に呼ばれていたのはブリュノだが、主賓にフォス公爵が招かれていた。

フォス公爵家といえば王妃の実家、当主は王妃の実兄だ。大会を通じて知った王子の見事な剣の腕、華やかな姿に強い危機感を抱いた公爵は王妃に注進し、事件が起こる。

自身の子、第二王子を後継にと望む王妃が、王子に刺客を放つ。

暗殺は未然に防がれたが、その場に居合わせた王女が斬られてしまう。幸いにして怪我は軽く済んで程なく完治する。

しかし事件は王女の背中に大きな傷を残した。これを恥じた王女は元々内向的であったのが高じて、宮に引き籠り双子の兄のみを相手に成長することになる。兄も妹を不憫に思い二人きりの兄妹として溺愛する。これにより、王女の兄王子への執着はさらに増していくことになるのだった。



──。

なるほど。

こうしてゲーム内でも兄と接触する主人公にマイナスな感情を抱いて、二人の仲を裂く障害になっていくのか。

これまで、あの活発なシャルロットが成長後引き籠るということに、ゲームのシナリオであっても想像できないでいた。

だが子供の時分に刺客に襲われて消えない傷を負ってしまったなら、その後の展開として筋が通るし納得がいく。

ルイ自身も、八歳で騎士団の剣術大会に出て優勝するとは、年少クラスとはいえ失笑するほどのとんでもない天才だ。

さすがゲーム。



そういえば以前、騎士団の剣術大会があるとマクシムが言っていた。とても見ごたえのある、剣を持つものなら憧れる大会だとも。

だがゲームの王子は傑物らしいが、こちらのルイは剣の腕は並レベルだ。当然、出場するなど夢にも思わず聞き流した。

確か、シャルロットが出たいと言い立ててマクシムとアンヌがやめさせようと宥めすかしていた。前回、二年程前か、その大会の素晴らしさをマクシムから詳しく聞き込んでいて、次は自分もと密かに夢見ていたらしい。

さすがに王女が観客に囲まれて剣を振り回してはまずい。全力で止められ、しばらくシャルロットが不機嫌だったのを思い出した。

その後、双子の間の自主練で八つ当たりめいた激しい剣筋から逃れるのに、苦労した記憶がある。

それが、一年ほど前のことだった。

本に書かれているのは八歳の時の暗殺事件。

今、ルイは十歳だ。

さらにマクシムから聞いた剣術大会は去年、九歳の出来事だった。

ルイはおろか、シャルロットも剣術大会に参加したことはない。

そして現実の宮は何事もなく、今も平穏無事でシャルロットには傷一つない。平和で健やかなものだ。



……この本の通り、ゲーム設定の通りに世界は進んでいかない?


ルイはしばし愕然として立ち尽くした。

もちろん、暗殺未遂事件が起こっていないのは現実に生きる上では歓迎すべきことだ。だが、ならば今後、この本に書かれていることはどれくらい現実になるのだろう。

この本に出会ってから、記憶を取り戻してから、記された未来を指標にして起こり得ることに備え、未熟な点は補うよう動いてきた。

しかし今、そんな守りの生き方の根本を翻されたようで、拠り所を見失う。これまで過ごしてきた数年間の、正しいと信じて登ってきた梯子を外されたような気がした。



一気に全てを放り出したくなって、ルイはそんな自分を宥めすかした。

待て。落ち着け。

今起きていることの明るい面を見よう。

ひとまず深呼吸だ。大きく息を吸って、吐いた。

それから、こめかみを押さえてルイは懸命に文字を追う。

剣術大会は、今後もルイが出場することはない。だからこの事件は起きない。起きないことで何かが変わるのかもしれないが、刺客を送られないのは幸いなこと。

あの快活なシャルロットがゲーム内で引き籠っている理由はわかったが、ここがズレてもそれほど進行に支障は出ないだろう。きっと。



それでも、頭に留めておくべきことがある。

この世界でルイとシャルロットを邪魔と思う王妃は、容易に非道な手段を採択する人物だった。

いざとなれば如何様にもする。

正視しがたい醜悪な現実だが、これはゲームが始まる前に得た成果だ。注意すべき対象を知ったことは今後の糧となろう。

そして、今やるべきことを見出す。

治癒魔法のさらなる習得。

既に適性があるからと重点的に習得を目指していたが、もっともっと上達するよう力を注ぐ。

かすり傷は治せた。軽い傷、も恐らく治癒させる力はある。だがさらに精度をあげねば、と決意する。

どんな状況でも如何なる精神状態でも容易に、負傷者に痛みを与えないように迅速に治せるように。

ゲームの展開上起きること、起きないとされていること。いかなるアクシデントにも対応出来るよう備えておくべきだった。

それから。

魔物。

飛ばし読みだったから確実ではない。だが世界に、この国に魔物がいるのか真偽を確認する。

存在するなら、魔物が宮や二人と関わる可能性、生息圏などを知っておきたい。ただ、これは後回しでもいい。今、問題が起きているわけではないのだから。


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