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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
37/275

36


一瞬の自失の後、強い感情が胸を満たす。


駄目だろう!王族が決まりを破っては。

というか、許されるのかこれは。この数年にも及ぶ違反行為は。


知らず禁忌を冒していた衝撃に頬に血が上っていく。込み上げるものをぐっと拳を握って耐えていると、アルノーが肩を竦めてみせた。

「んー、たまにいるのじゃよ。様々に規制を課しても、内に備わる力で軽々と飛び越えてくる者が」

ルイの上がったボルテージをいなす惚けた物言い。もっと幼い頃はルイも素直に受け止めていたが、今はこれがアルノーのいつもの手口と知っている。こういう時は良からぬことを言うのだ、大抵の場合。

「教えなくてもいつのまにやら身に付けている。下手に規制するとおかしな形で習得してしまう。何もわからぬ素直なうちの正しい学びが一番じゃでな」

「ルイ殿下で試したわけだ」

ジュールの吐露にアルノーがしみじみとした風に首を振った。

「我らに出会った頃は六歳。あのお年で一般教語を解し、古語を学べばあっという間に諳じる。書を与えれば次から次へと読破する。そうなっては直ぐ古代呪術語に行き着くのは自然の流れ。

そもそも呪術語は教えられて読めるようになるものではないのじゃ。読み解く者に適性と魔力が満たされていなければ、読んだとしても解せぬ。頭の中を通りすぎるだけじゃ。故に我らは殿下に可能性を感じた。優れた資質を信じて、学問を教えた。そこに遣り甲斐を感じても、後悔など一片も感じぬわ」

今度は正面からルイを評価する。

狸だな、とアルノーを前世で存在していたイヌ科の動物に例えて、ルイは内心溜め息をついた。

上げ下げの激しいアルノーの言い様に振り回されている。経験値があまりに違う。こちらがまともにやりあっても仕方ない。

だから、まずは単純に浮かんだ疑問を投げる。

「僕がそうだって、最初から知っていたのか?」

「予感はあったのう。確信を抱いたのは殿下が古語をあっという間に修得した折ですかな。まったく、我らがお教えせずとも古語文の書を与えておけば、貪るように読んでおしまいになる」


いやいや、アルノーが参考にと寄越した本。続きが気になる読み物ばかり渡してこなかったか?


幼いルイが夢中になる内容ばかりだった、と書庫で読んでいた本の題名を思い出す。

しかし。

「普通はすぐに躓いて師に泣きつくものじゃからな。それがあっさりと読みこなして次から次へと…」

アルノーは、思い返してはうんうんと頷いている。


知らなかった。

読み進んだのは、至って普通の、面白おかしい読み物だった。楽しくて先が気になって、ついでに知らない言葉が読めるようになるのが嬉しかっただけ。

それがこんな裏事情があったとは。

「──わかったよ。僕は知らないうちにアルノー達に乗せられたんだな」

「申し訳ないことをした」

「いいよ。勉強は楽しかったから。でも、国家が禁止してるのにこんな禁書を使った教育、許されるの?」

ジュールの心の籠らない謝罪を流して、気になったことを問う。国に咎められるのは無しにしたい。

「『基本的に』と言った。殿下の場合、そもそもの身分もあります。宰相が承知の上なわけで、公けになっても問題はないのです。もちろん、何処にも口外していないですが。だから現状、殿下が呪術語を会得している事実は存在しません」

きっぱりと言い切ったジュールはいっそ見事だった。

つまり、未だ書庫に通い詰めているルイ第一王子は、アルノーから家庭教育を受けて貴族としての教養を学んでいる、ということらしい。保護者不在の宮邸ではいろいろ行き届かないので王立図書館に赴いているのだ。いずれ入学する王立学校で遅れを取らぬように準備している、と対外的には見られているのだろう。


「僕が魔法が使えるなんて、言えないな」

「殿下が言われても、信じない者が多いかもしれんのう」

ぼそりと呟くと、アルノーが惚けた調子で混ぜ返した。

ふっ、と少しだけ笑えた。無意識に入っていた体の力が抜けて頬の筋肉が和らいだ。

ぐるりと書庫の天井まで頭を巡らして、浮かんだそのままを口にした。

「僕が言えた義理ではないけれど、隠れて幼児から呪術語を教育するって他でもありそうだよね」

アルノーがうんうんと首を振った。

「そういうことが起きないよう、古代呪術語の文献の管理は厳重になっておるのじゃがな」

実態はなかなか難しいらしい。

「関連の書籍は、この書庫と学校の閉架書棚、あとは秘匿の場に封印されている。閲覧は許可が要るし、教育するのは免許持ちの魔道士に限られている」

「だがいずれも漏れはあるものでな」

禁止令が出た当時も、大貴族が拠出焚書の指示に従わず隠し持っていたり、個人が秘蔵していたりと公けには無いはずの呪術語が隠匿されていて、その数は少なくないという。



「表沙汰にはなっていないが、自身の子女にこっそり教育を受けさせる高位の方もある程度いるようだな」

「教育というよりは強要じゃな」

「強要……」

「才に恵まれない幼子にとっては苦行に過ぎんよ。王妃陛下も必死にされたという噂じゃったがの」

「ああ。フィリップ殿下は気の毒だったな」

「フィリップ?弟が?」

二人が言い指す名前に驚いた。第二王子も禁止令を無視して教育されていたのか。

「あのお方の負けず嫌いにも困ったものだ」

ジュールは苦笑いする。

「陛下のこともあって、王の跡継ぎに魔力の強弱は関係ない。特に幼い頃はな。故に周囲は第二王子殿下に魔力を強く求めることもしていなかった」

そこでアルノーが口を挟む。ほんの少し悪い顔で。

「じゃが、逆さまに考えれば、フィリップ殿下が強大な魔力保持者となると次期国王としての地位が磐石になる。さらにはフォス家の王に及ぼす力もいや増すというもの。陛下の、王家の弱みを補強するのだからな」

故に密かに手練れの魔導師を招いて、第二王子に有らん限りの知識を詰めこんだらしい。

「しかし子供の精神や体力を考えない過酷な指導にフィリップ殿下は疲弊し、思うように魔力は発現しなかった。その間、四年」


四年。


ルイは慄然とした。

まだ子供の自分達にとっては余りに長い。努力しても成果が見られない上に終わりが示されていないなら、尚更。

初めて弟王子に同情した。

翻ってルイは。

自らの意志で、好んで学んでいた。

最初のきっかけは、この世界の指針となる革の本を読むためであったとしても。しかも興味を引くような教本を選んでくれたアルノーの授業は楽しかったし、ジュールの魔力の訓練は厳しかったが成果があって遣り甲斐を感じていた。

親に捨てられて、形ばかり認められた後も放っておかれたが、それは案外に整えられた道だったかもしれない。

ルイの意外な気づきを余所にアルノーが話を続ける。

「遂に王妃が諦め、役立たずの魔道師を解雇した。フィリップ殿下の能力に問題があるとは考えんでな。あのお方は王子殿下を変わらず溺愛しておる」

「しかしフィリップ殿下の方は。

ひどく気難しくおなりだ。母王妃を嫌って儀礼上の最低限の会話の他は、口も利かない」

冷えた親子関係を語られ、ルイは沈黙するしかない。母と不仲で他に兄妹もいない彼は、孤独に育っているのだろうか。

「まあ、幼い頃に学んでモノになるなど千に一人の確率なんじゃ。フィリップ殿下も学校生の歳に達すればそれなりに使えるようになるじゃろう」

陛下のように全く魔力が無い、というわけではないのでな。

アルノーがこう結んで、雑談と言うには不穏な話はお開きとなった。



が。

ふと気になる点があった。

「そういえば」

「何じゃな」

「詰め込み教育の切っ掛けになった、強力な魔法使いはどうなったんだろう。一族は一番の貴族になったと言っていたよね。あれ?フォス公爵家のこと?」

「ああ。いや、違う」

ジュールが否定したのをアルノーが補足した。

「フォス家は建国以来何百年もアストゥロ王家と共に発展してきた譜代じゃからの。成り上がりの魔法使いを苦々しく思っていた側じゃ」

なるほど、選民意識の強い大貴族なのだろう。

「それでも魔法使いが王の信頼篤く地位が揺るぎない時は、フォス家は抜かりなく歩み寄っておった。じゃが」

「数年後、王が病に倒れた。時節を待ち望んでいた貴族達の動きは早かった。簡単に言えば、示し合わせて邪魔な魔法使いを放逐したのだ。口実を設けて西の最果て、湖と隣り合う、人の寄り付かぬ係争地に任を与えて追いやった。何の扶けもなく。誰も行きたがらぬ呪いの地だ」

その追いやられた土地は、ナーラ国の中でも民が住まぬ、何か忌避される所以のある命が危うい場なのだろう。

続く答えがルイの推測を裏付ける。

「そして魔法使いは帰還しなかった」

「──」

「件の魔法使いがいなければ、その親族などひとたまりもない。常はそれぞれが思惑を抱いてばらばらな貴族達だが、成り上がり者を排除しようという意思は一致していた。彼らが謀った決議は極めて強引だったが、その場にいた誰からも異論が出ることはなく速やかに裁定された。王は存命であったが口添えもなく、時を置かずして一族全て追放された」

貴族社会の闇と言うべきか、容赦ない策謀と政争に巻き込まれた者達の末路は悲惨だった。

「一足飛びの出世も、既得権益を侵された、と思う貴族の面々も怖いじゃろ?」

アルノーはふざけたように言うが、ルイが気になったのは別の点だった。

「出世した魔法使いを追い落としたのに、自分の子供には魔力を発現させようと必死になってるのが一番怖いよ」

「ん、その通りじゃな」

「家名を上げる為ならどんなことでも平気でする、そんな輩が殿下の国の貴族なのです」

ジュールの言葉の意味を、ルイは後々噛み締めることになる。


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