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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
36/275

35 詰め込み教育


現国王──ルイとシャルロットの父の秘密を教えてもらうことで、二日間に渡ってほぼジュールとの時間を費やしてしまった。

聞いた話の重さと国の込み入った内情に溜め息が出てしまう。



ルイは、また改めて書庫を訪れた。

今度はジュールに加えて書庫の主であるアルノーも姿を見せていた。

つまり。

ルイはそっとジュールを窺った。かすかに口角をあげたのを見て、今日の話は秘匿ではない、禁忌に触れるものではないと安堵した。

「ルイ殿下。ジュールから聞いたのじゃが、魔力発現に繋がる古語と呪術語の教育について知りたいとか」

「──ああ!」

ルイは何のことか、と頭を巡らして、はたと思い出した。

「はい。古語や呪術語を規制したとかジュールにこの間、少しだけ聞いたので」

「ふむ、こやつはわしの悪口を言ってなかったかの?」

「いえ、とんでもない!」

慌てて顔の前で手を振ると。にやりとアルノーは笑った。してやったりの表情に、ジュールが眉をしかめた。

「殿下をからかうな。魔法全般を学んでいけば、上達に時間も意欲も必須とわかる。途方もない時を費やすともな。広く魔法の普及や錬度をあげることを考えれば、学びの規制について疑問を感じて当たり前だ」

「まあ、の。普通に考えればそうなんじゃが、かつて規制せざるを得ない事態に我が国は陥ったのよ」

「それは、どういう」

「まずは、国の呪術語教育の現状をお話しするかの」



呪術語は、王立学校でしかきちんと教える場がないという。

ルイは初めて知る事実に目を瞬いた。

ナーラ国には国内に平民のための基礎教育の学校が運営されているが、それは読み書きと日々の生活に必要な計算術を学ぶ初等教育だ。貴族は家庭教育で賄うこれらを、公教育で広く国民に与えているのは、この国が総じて豊かな故だろう。この初等学校を終えて尚、さらに勉学を、という数少ない平民には高等予備校という道がある。学問として専門性のある授業を受けられるのだが、しかしここに魔力に繋がる教科は一切無い。

また、貴族の子女は家庭で基礎教育や教養を学ぶが、早熟で古語を良くする者もいる。しかし。


「呪術語は正規には王立学校でしか教育されないのじゃ」

呪術語は学校入学後、初歩の文字や発音などを基礎学として習う。さらに学力──魔力とほぼイコールになるが、これに応じて選択教科に設定された難易度の高い授業を採ることもできる。王立学校に在籍するものは魔力の多寡に関わらず最低限指導を受けられるが、一般社会に魔法を習得するための教本は普及していない。王立学校入学後に適性有りと認められ、かつ希望する者は魔法学を取るクラスに振り分けられる。魔法学の選択クラスでは呪術語を重点科目として習得、一般魔術を超えた魔道を単位として取得したり、卒業後の進路に魔道士選択がある。

「つまり、実質王立学校に入らないと呪術語は習えない、魔法をきちんと学ぶことが出来ない、と?」

「まあ、そういうことじゃな」

「なんでそんな…」

それでは庶民には魔力の基礎を学ぶ機会はほぼ奪われているのではないか。

ルイの呻きにジュールが答えた。

「何故かと言えば、早期詰め込み教育が過熱したせいです」

「早期、詰め込み」

「ああ」

ジュールが重々しく頷いた。



今から百年以上昔、強大な魔力を持ち、若くして偉大な魔法使いとなった人物が現れた。言葉を話せるようになったほんの幼少期に呪術語に触れ、瞬く間に魔法を開花させたという伝説の魔術取得者。


──それだけを聞くと、二歳で魔道庁に放り込まれたジュールと同じ印象だ。

ルイは思わずジュールに視線をやったが、軽く首を振られてしまった。その時代の空気、魔法の発現も違うのだろう。


現在までに至る多様な魔法の確立と発展に寄与した彼は、末端貴族の庶子であったにも関わらず、一足飛びに当時の国王の側近に取り立てられた。一族はにわかに貴族第一等の名門となった。

この厳然たる階級社会にとっては目を見張る出来事だった。以降、魔力と魔法に対する貴族社会の熱狂が巻き起こった。

それまでは皆、簡易魔法が使えれば充分で、たまたま魔力に恵まれた者、特に優れた者がさらなる魔法を得て魔道師、魔道士になる。それは単なる一つの職の選択でしかなかった。多くの貴族は手ずから魔力を使うことを忌避すらしていたのだ。力ある者は専門家を使う。ある意味住み分けのようなものができていたのだ。

それまでは。

だがこの稀代の魔法使いとその一族の繁栄は人々の固定観念を揺るがし、隠れていた野心を呼び覚ました。

魔法の出来不出来が家の浮沈を左右するのだ、と。

そして、かの魔法使いが幼い頃より魔力の使い方を学んだことが注目された。


「誰もが早くから教えれば優れた資質が見つかる、魔道に長けると考えたのじゃ。子供は様々でな。いろいろな資質がある。頭脳が優れた者もいれば、身体の優れた者もいる。技術の習得に長けた者も。さらに頭が良くても呪術以外の学術に伸びる者もいる」

「当然のことだ。しかし呪術語への期待が人々の判断を狂わせた。皆が子供になるべく早いうちに教育を施すことを願った。

そして。

生まれてすぐから過度な呪術語習得を強要し、自身の子が向いていない、優れた資質がない、となると打ち捨てる者が現れた。他の学問や体術を学ばせることを怠って。さらに早期に芽が出た者のみの養育に熱心になり、他の子には無関心になる者。次から次へと生まれた子供へ教育を施し、いずれも才が出ず家庭そのものが崩壊した者。親族で優れていた子を後継者にして本来の跡継ぎを放逐する者、さらには町の浮浪児や乳児院の子を拐い教育を施し家人に抱え込む者。もちろん、この抱え込んだ子のほとんどは、役立たずとして再び町に放り出されたのだが」

「ジュール、ちょっともう」

アルノーから引き継いだジュールの口から、滔々と流れるように気分の悪くなる事例が語られる。ルイがやっとのことで口を挟むが、淀みない話を止めることは叶わなかった。

「それだけではない。この強要教育を受けた子自身にもひどい弊害が起きた。魔道に繋がる呪術語と魔道教育に偏った結果、健全な人格形成は犠牲にされた。情操教育は疎かになり、魔術の暴走、倫理観の欠如による凶悪犯罪への加担、闇組織への親和性の高まり」

これでもか、と言わんばかりに畳み掛けられて、ルイは諸手を上げて屈伏した。

「よくわかったよ…。古語と呪術語の幼児期習得の狂乱は」

「それで、国家が規制することにしたのです。古語はともかく、幼少期の個人での呪術語教育は基本的に禁止されました」

「え」

ルイは一瞬、言葉の意味を捉え損ねた。おかしなことを、あってはならないことを、言われた気がする。


今、ジュールは何と言ったか。

明確に国家が規制した、禁じた、と言わなかったか。


「ちょっと待って。国が、呪術語の私教育を禁止した?」

「ああ。それに伴い各貴族達が所蔵していた呪術語と魔力魔法関連の書は全て供出が求められ、個人の所有も禁じられた。王立学校以外での早期呪術語学習は、実質不可能となりました」

ルイはこくりと己の喉が鳴る音を聞いた。恐る恐る、狭まった喉をこじ開け声を出す。

「あの、僕は書庫で散々呪術語習っていた気がするんだけど。それってつまり、王立図書館で、禁書を使って違法の教えを受けていたってこと?」


とんでもないルール違反じゃないか。

呆然とするルイに、ジュールは平然と宣った。

「ま、そうなります」


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