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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
35/275

34


翌日もジュールは書庫で音を遮断する魔法を使った。

ルイの父、現国王アランについて、ジュールはもう少し語るべきと考えたようだった。

昨日と同じようにアルノーに師事していた頃から馴染みの椅子に腰掛けて、ルイはジュールを見上げた。


年若い王子に未だ見ぬ父への不信や疑念のみを膨らませてしまった、とジュールは言う。

当然だ、とルイは思う。

魔力がない身で、魔力保持者が支配層を占める国で即位せねばならない苦渋はわかる。

だが、父を、秘密を守るために、多くの臣下が動き、力を注ぎ盾となり罪を犯してまで盛り立てようとしているのだ。その結果が今だ。

自分とシャルロットの境遇はともかくも、そこまで必死に守る価値が父にはあると思えなかった。

しかし。

「魔力が多い殿下に言うのは失礼かもしれませんが」

そんな前置きをして、ジュールは言う。

「魔力保持の多少で身分や価値は決まらない」

魔力の多寡や術の巧拙が問題になるのは、魔道を極める場合のみ。魔道を職とする際に限られる。

それはそうだろう、とルイは頷く。

たまたま適性のある者が進む専門職みたいなものだ。

だが、とジュールは続けた。

「高い魔力で成し得ることが万能感と結びつく」

苦々しささえ感じる声音だった。

「残念なことに、勘違いをする輩が消えることはない。魔力が強大な者が優れている、人として上位だ、他者を支配する権利があるのだ、と。そう信じる愚者が常に存在する。支配者層が押し並べて魔力を持っていて魔法が身近であるはずのこのナーラ国でさえも、その思想は根強くあった」

時に、強大な魔力で卓越した魔術を使いこなす魔法使い、魔道師が出現する。一定の間隔をおいて稀に。その者への強い傾倒、従う者、媚びる人々。

ジュールはまるで他人事のように語る。彼自身が恐らく偉大な魔術使い、優れた筆頭魔道士であったにも関わらず。

「それが魔道庁や王家の軛の下にいれば良し。だが国の理に従わぬ者、野心を得て至尊の位を夢見て行動を起こす者がいる。軛から逃れて不遜な考えを抱く者さえも」

国を傾けようとか支配者の地位を簒奪しようという企み。


「もしかしたら最初は自身の純粋な探究心だったかもしれない。もしくはよりよい世界を夢見た理想に燃える心。だがその衝動を後押しするのが、人々の抱く魔力、魔術を至高と見なす誤った強い憧憬だ。圧倒的な力、だがそれは政務を執る政治家や剣を持って国を守護し民の盾となる騎士と何ら変わることはない。それでもナーラ国の人々の魔力に対する特別な思いが、魔法使いを勘違いさせる」

魔道師は、ただの道具使いなのだ。そのことを理解しない者が、時に魔力を持たない者をひどく蔑む。そしてそれを当たり前とする空気が生み出す怪物は、人を狂わす凶器だ。

ジュールは鋭い舌鋒で語る。最早ルイはただ黙って聞き入る他ない。

「その中で魔力を全く持ち得ない陛下の存在は、非常に危うかった。王家を継ぐものとして、僅かでも魔力を持ち、形式的な簡易魔法を使えればそれだけで良かった。ナーラ国の支配者層の普通、というものを満たしていれば、それだけで。

だが現実は惨いものだった」


支配者層の証しとも言うべき魔力。それを一切持たない次期国王たる王子。

ナーラ国の人々の感覚では、王位を継ぐ際の瑕となり得た。だが次代を継ぐべき王子はアランしかいなかった。故に至極当たり前に、あるべきモノが備わっている筈という根拠のない期待が王子にのし掛かった。


成長したらきっと、必ず。


十を過ぎた頃から、王子の周辺は困惑と焦りを抱くようになった。学校入学を前にして、愈々魔力がないのではないかと国王夫妻や王子を推す大貴族は感じ始めた。

だが疑いと不審は年を追うごとに裏に潜み、表立っては口にされず公けにはまこと立派な王子、と喧伝された。

王立学校に入っても魔法関連の授業を取らなければ良い。あれは魔道庁を目指し、魔道を究める者でなければ取る必要のないもの。アラン王子は魔法には興味がない、それで話は終わる。

全てを隠し通す方向で乗り切るつもりだった。

簡易魔法、生活魔法を持たなくても実際は困ることはない。特にアランは、魔法を使って雑事をこなす者に事欠かない王子なのだから。

だが学校生活を送る中で、級友達との付き合いの延長で簡易魔法を披露する機会がやってくる。遊びや話のついでに魔力の話題が出て、軽い気持ちで見せ合うような、友達同士のひとときの暇潰し。


入学してすぐだった。

困惑と羞恥と屈辱、周囲からの憐憫。王子の身で経験し得ない立場に、不意打ちで放り出されようとした時。

「エルザ様が陛下の前に現れたのです」


ここで母が出てくるのか。


意外な流れに、ルイはごくりと唾を飲んだ。

「エルザ様は高い魔力をお持ちにも関わらず、魔術関連の授業は最低限しか取られていなかった。故に一般教科を取る同い年の陛下と授業が一緒になることが多かった。なんとなく顔見知りになり、次第に言葉を交わすようになって、早い段階で聡いエルザ様は気づかれた。

アラン王子は魔力を持たない、と」

それでもエルザの態度は変わらなかった。

「以前、まだエルザ様がご健在であった折り、陛下が洩らしたことがありました」

その頃を思い出したのか、ジュールが遠くを見る眼差しになる。

「傍らに在るのを許されるようになった頃からだったか。学友達と魔力を用いた遊びや戯れに興じた時など、エルザ様は極々自然に、然り気無い形で陛下をお救けしていたという。皆に気づかれないよう、始めは陛下すらわからぬほど、そっと。魔力で誤魔化すだけではなく、然り気無く魔法の披露の場を遠ざけたり自身が魔術を見せて終いにしたり。見事なものであった、と陛下は笑っておられた」

すごいな、とルイは感嘆した。

常に衆目に晒されている中で、誰にも知られぬよう王の瑕をカバーするとは並みの技ではない。魔力だけでなく賢しさも備えていたのだな、と顔も知らぬ母を思う。そして、王が何故母に強い想いを抱いたのかもわかってしまった。

「陛下は、エルザ様の存在によって秘密を暴かれる恐れから解放された。エルザ様の助けもあり、陛下は立派な王子という評判と共に学業を終えられたのです」


その頃には、陛下はエルザ様をお側から離さぬようになっていた。これについては、陛下の妃を擁立する心積もりであったフォス公爵家から、強い懸念と抗議があった。

「ただ、学校生活で孤立無援であった陛下をお支えしたのはエルザ様。

後に王妃となるナディーヌ様は陛下の二つ年下なので、学校での関わりは薄かった。ナディーヌ様の兄のフォス公爵、当時はまだリュシアン伯だが、彼は陛下の入学と入れ替りで卒業だった。その上、この時フォス家は未だ王の魔力のことは知らされていない。なので、学校時代のアラン王子の味方になり得たのはエルザ様しかいなかった」

ルイは、知らずつめていた息を吐いた。

何となく、今に至る父と王妃、そして自分達の置かれている不安定さの理由がわかってきた。

ジュールの話は続く。

「だがこの事実を知るのは極一部の者のみ。王をお助けする理由そのものが伏せられていたのです。故にエルザ様は学友の立場を利用して陛下に近づいたとして、貴族社会では評価を落とした。陛下がエルザ様を大事にする程、エルザ様に対する評判は悪化していきました」

このことで即位から立妃まで争いが起きたのだという。それがどれくらい酷いものであったのか。エルザの子であるルイに配慮してか、ジュールは深く語らなかった。


そして、ルイに最後に告げる。

「そのようなわけで、魔力を持たない陛下の存在が、いろいろと事を複雑にしているのです」

王の能力の秘匿には、さらに前の世代の混乱が関係した。

「アラン王子が生まれるより一世代ほど前に、魔力の発現に関する教育が規制された。発現の訓練を幼少から学習させることを禁止にしたのだ。故にアラン国王の魔力の実態を周知すると、あたかも王子の能力を隠蔽するが為の規制であったのか、と取られかねなかった。

規制は貴族の間でも、賛成派と反対派が拮抗する非常に意見の割れたものでした。それでも禁止することを強行したのだが、規制から数十年が経っても異論を持つものは未だにおります。魔力の無いアラン王子は、反対派にとっては切り込む良い口実になったであろうし、賛成派には幼い王子の能力を測ったが故の失敗と見られ、いずれにせよ大いなる論争の生け贄にあげられたに違いない。

そして恐らく結論は出ないまま、跡継ぎの王子は立場と評価を徹底的に傷つけられ、人々の好奇と侮蔑、憐れみに晒され、心も病むほどに切り刻まれ打ち捨てられただろう。

それを避けるため。次代の国王になる少年一人を守るため、それだけの為に我らは禁忌を侵した。そういうことだ」

ジュールは、魔力に振り回される者達の滑稽さを嗤うかのように微かに唇を吊り上げた。


そうして最後に静かな声音で、ルイに告げた。

「魔力が有る、ということはナーラ国の誇りでもあり、他国や他者に対する優越を感じる、どうしようもない正と負が切り離せぬ特性なのです」


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