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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
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33 王家の事情


ルイがいつものように書庫を訪れると、ジュールが既に待っていた。

挨拶をして今日も魔法の習練を、と意気込むルイを制止するように肩に手を置かれた。そして空いた手、左手をすっと宙に掲げる。

空気が僅かに揺らいだ気がした。

「ジュール?」

「音の遮蔽を施した」

「え」

高位魔法の使用を事も無げに告げる。

「万に一つも、誰かに聞かれてはならないので」

師に常の様子と異なる厳しさを感じて、ルイはジュールを問うように見つめた。

「これから話すことは、他言無用です」

「はい…?」

「国に関わる禁忌だ。シャルロット殿下にも、絶対に告げてはならない」

「──」

何を言い出すのだろう、とルイは身構えた。この数年、彼に魔道に関する様々な教えを受けて来た。結構な秘密事項もアルノーと共に語ってくれたが、ここまで厳格に秘匿を求めるのは初めてだった。

「王家の秘密だ。知っているのは国王夫妻と王妃の兄公爵、宰相と魔道庁の長など国の中枢にある者、そして亡くなられた殿下の母上だけ」

「それを、僕に?」

「ああ」

「何故」

「殿下がこの国の民の魔法教育について疑問を持ったから」


ルイは随分と前の会話を思い出した。

確か、貴族以外にも魔道教育を施さないのかと尋ねた。その時は、師からはっきりとした答えはなかった。

「ロランから許可も取った。慎重に話せと釘を刺されたが」

宰相の許しが要る話。自ずと背筋が伸びた。

ジュールは緊張に固くなるルイを、書庫の椅子へ座らせた。自分はその横に据えられた本棚に背中を預ける。

長い話になるのだろう。

「現行の貴族に限った魔道教育の偏りは、私も痛感している。広くナーラ国民に向けた、素質のある者がもっと容易に受けられる教育制度ができればと思う」

だが。

「今のアラン国王の施政下では変革はできない」

「どうして」

「アラン国王が魔力を持ってないからだ」

ルイは息を詰めた。


まさか。


「国王は生まれつき、一欠片も魔力を保持していない。貴族の中には稀にいる。また極僅かしか魔力を有していないという者は実はかなりの数になる。だが王位継承者でここまで全く力を持たぬ者は、皆が知る限り初めてだった」

「そんな」

「この事実が判明した王家は動揺した。だが当時アラン王子以外他に有力な王位継承者となる王族はおらず、結局、幼い王子は成長に従い魔力を持つだろうということで話は打ち切られた」

それは、国王が今のルイより年少の頃という。


ルイは思いもかけない話にショックを受けた。そしてそんな自分に驚いた。

ほんの数年前までは魔法などお伽噺の世界のものとしていた。それが、この書庫で魔法を見せられ、この国には当たり前のように存在し皆が日常的に使っていると知った。そしてまた、自らが魔法を発現したことで、術の習得に力を注ぐようになった。

それから時を経て、ルイは魔力に恵まれ、発現も上々で魔法を使いこなせるという事実に満足していた。適性がある治癒魔法の習得も順調で、最早魔力があること、魔法の存在が当然になっていたのかもしれない。本人が自覚する以上に。

「ここまでは、貴族で陛下の子供時代を知る世代ならば誰でも知っている話だ」

ルイの受けた衝撃を他所に、ジュールの話は続く。

「だがその後取り立てて話題に上ることはなく、王子の魔力に関する噂も学校に在籍される頃には消えていった」

そして。

「アラン王子が二十歳を迎えた年、先王陛下が突如崩御された。慌ただしい準備期間の後、王子は即位した」

ルイとシャルロットが生まれるより前のことだ。

「即位式では多くの伝統的な儀式が行われる。特に注目されるのは『噴水の間の幻想』だ。ナーラ国の魔力の根元と伝えられる噴水の間に虹をかけることで、国王として認められる。アストゥロ王の代々続く儀式で、魔力でもって噴水に触れると美しい虹が出現する」

初めて知る話はルイの興味を引いた。即位式など知識もないから、聞くもの全てが新鮮だ。

「といっても、実際は簡易魔法レベルの魔力でも再現可能な約束の儀式なのだが。参列出来る貴族は一世に一度のこの観覧を栄誉とするし、即位式の華とも言うべき分かりやすい美しさを伴うので国民にも知られている。そして陛下は見事、契約を成し遂げた」

ほっとルイは息を吐いた。未だ目通り叶わぬ父ではあるが、王としての晴れ舞台で成功したことに安堵する。

「以降、陛下の魔力の有無を問う声は完全に消え失せた。即位式で虹をかけたのだからな。高貴な王の魔力の一端を見せたのだ」

ルイはただ聞き入るしかない。この話の行く末はどこになるのか。

「しかし、これにはカラクリがあった」

カラクリ?

ジュールがつと口を噤んだことで、ルイは試されていると悟る。しばし考え、思いつくものを挙げた。

「誰かが代わりに虹をかけた、とか?」

「あの場にいた参列者のほとんど全員が魔力を持っていて、術の行方も見えるのだ。全ての目が陛下に集中している。そんな子供騙しは効かない」

ならば、と吟味してこれ以上はルイには考えが浮かばなかった。恐らく、容易に人が気づく手段、怪しむような方法ではないのだろう。

「この術を施したことを真に知る人間は限られている。さらに術の詳細を知るのは今は亡き陛下の母君と宰相ロラン、魔道庁の長のみ。つまり、当時魔道士長だった私が実際に関与した」

国を司る数人しか知らない秘密だ。正直、こんな年端もいかない子供に告げて良いのだろうかと疑問に思う。

だってつまり、その術は恐らく。


「魔力を陛下に付与した。禁忌の法術だ」

やっぱり。

想像が当たった。当たってしまった。

国で定めている魔法の法令。

魔力を持つ人々は魔法という道具を手に入れるための努力を惜しまない。放っておけば魔力と魔法への尽きることのない探究は、人の世の理を一足飛びに逸脱する現象さえ引き起こせる。世界を変える力を生み出す可能性を秘めた魔力と魔法。故に明確に侵してはならない領域、発動してはならない魔法を定義して禁忌の魔術としている。絶対に人が為してはならない事象。試技すらも禁じられている強い規制。

ルイもある程度魔力を使いこなせるようになった頃に、ジュールに教えられた。魔法をわずかなりとも使える者全てが知り、守らねばならない義務、規範と強く言われたので心のうちに叩き込まれている。

そんな魔法、魔道についての規律、術によって起きる暴走と国の混乱を防ぐために決めた法令を、王家と宰相、そして魔道庁が無視し、進んで破ったわけだ。

王の権威を守るために。

「そんな顔をするな。私とて禁忌を侵した意味は理解している。即位式で陛下が虹をかける、それだけの為に越えてはならない領域で術を為した」

ジュールは静かに語る。重い内容を淡々と。

「ただ、そのお陰で陛下の即位は恙無く終わり、新王に対し不穏な動きも異議を唱える者もなく平穏そのものだ。だから、禁忌を侵した意義はあったものと考えている」

言って、一転、ジュールは自らを嘲笑うように暗い笑みを浮かべた。

「ただ、よくよく考えればおかしなことなのだ。王位を継ぐのに魔力の有無は関係ない」

ナーラ国の法典にもそのような条項ない。アストゥロ家の血筋が王位に就くとはあるが、魔力については一文も言及されていない。

「ならば、例えば王に連なる誰かが虹をかけても構わないはずなのだ。本来は」

しかしそれを許さない空気がこの事態を生んだ。そして即位式という国王として最大の舞台で皆を欺いてしまった上は、真実を明らかにすることは許されない。

現王にまつわる薄暗い秘密を語り終えたジュールだが、最後に少し語調を柔らかくして告げた。

「このことは本当に少数の者しか知らない。アルノーとブリュノの二人も、ふわっと騙されているのでそのつもりで頼みます」


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