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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
32/275

31 習得


それからルイは、呪語を学ぶことは後回しにして、実践的な魔力の制御と簡単な魔法の発現に時間を使った。

ただし全て秘密裏に行うので場所は書庫に限られた。書庫は狭く本が天井まで並んでいる。発火や物理的振動はもっての他。発現する魔法も厳しく限定された。

故に微々たる魔力を細心の注意を払って魔法として発現する、微調整とも言うべき非常に神経を使う作業を繰り返すことになった。

最初の発現は無自覚だったので、まずは自己の内にある魔力を意識して呪語で放出する訓練をさせられた。

地道な作業に暗い気持ちに陥ったが、指導するのが稀代の魔道師ジュールである。絶対に正しい道へ進んでいるのだから、と自身に言い聞かせ暗示をかける助けになった。

発現する現象を種類、箇所、大小などこと細かく考えて、呪術語で思い浮かべて具現化する。

しかし、一度光の魔法を放出させたとはいえ全くの初心者。

想定したものと全く違う現象が起きたり、不発だったり。時には危険な暴走が起きてしまうこともあった。

突然、太陽が迫ってきたほどの光の洪水が起き、また書庫の本全てが揺れ出して書棚から投げ出されてしまったり。

本来であれば、このように狭く貴重な書が積み重なる場で試すものではないだろう。

理想はある程度広く、多少の荒事や変事があろうとも問題ない、破損されるもののない場が相応しい。

しかしジュールとの関係は、あくまで書庫で居合わせるだけの仲、偶さかのものでしかない。というのが建前だ。

この他者への体裁を保つべきだ、というのがアルノーやジュール、またアンヌ達の方針だった。このため宮邸でも何処でも人の注意を引く場にジュールと共にあると示すことは憚られた。

選択肢なく狭い書庫で行う魔法の修練は、数回に一度はあわや大惨事となりかける。だがそうなる前にジュールが動き、即座に迷走する魔法をかき消してくれた。時に縦横無尽に跳ね回るルイの魔法の暴走をより強い魔力で押さえつける強引な業だが、ジュールは少しの疲れも見せず、淡々と書庫内を現状回復し元の静寂に還し続けた。

重なる失敗にルイは凹み萎れたが、ジュールは励ますことも詰ることもしなかった。ただひたすら魔力を呪術語に替えて発現させる訓練を指示してくる。

ジュールによると、魔力の制御と魔法の発現が機能するようになれば細かく定めずとも自在に繰り出せるようになるという。


本当か?


それが一般化された話なのか、優れた魔道師ジュールの到達した、余人とは違う境地なのかはわからない。

ただひたすら、指示に従い練習を重ねるだけだった。



そうして数ヵ月が過ぎた。



日々同じような作業を繰り返すうちに、調整をしていない、勢いも強弱も無視した単に出力しただけの超常現象ならば、自由に発現できるようになっていた。発現する魔法の属性も、ある程度ルイが出そうと望んだ通りになってきた。

ただし魔法の発動を重ねるにつれ、ルイが出せる属性と不可な属性も明らかになった。火の属性は恐らく生活魔法の初歩レベルしか発現できない。俗に言う攻撃魔法の類いもあまり成果が出ないのだ。

各属性によって魔力の偏りがあった。

ジュールによるとこの不均衡は当たり前だそうで、個々により向き不向きが違うらしい。

魔力の多少と同じく個性の範疇か。

ルイは師にも得手不得手があるのだろうかと疑問を持ったが、ジュールは黙して答えなかった。


ルイはふと思いついてジュールに尋ねた。

「呪文とか唱えなくていいのかな」

「呪文。まじないですか?」

「ええと、魔法を発動するために言わなきゃいけない詠句みたいな…」

ジュールに真顔で問われて的外れな問いだったか、と自身の抱いたぼんやりとしたイメージを話した。前世での様々なファンタジーのフィクション中の知識だ。

しかし返ってきたのは冷めた眼差しだった。

「殿下の魔法は詠唱無しで発露したようですが」

指摘されてそういえば、と思い返す。

「身内にある魔力を具現化するのが魔法です。確かに、己の意思通りに念じるのが肝要なので。言葉を詠唱するのが良ければ、選った詩句や語句、唄いを魔力を引き出す鍵として使う者もいる」

という言い方から、ジュールは無詠唱なのだと悟る。

「必要なければ無詠唱で」

「そんなものなの?」

「そのようなものです。これに魔法使いの優劣は関係ありません。資質や好み、魔力を扱う個人の問題なので」

だったら無詠唱でやればいいか、とルイは納得した。かつていた世界での魔法使いの呪文を唱える姿に少し憧れはある。だが詠唱も全て呪術語でなければ意味がない、と言われて断念した。

脳裏に描くなら文字でも良いのだ。今でさえ呪術語の発音には気を遣う。咄嗟に間違った発語をして、魔法がおかしなことになっては敵わない。

詠唱なし、頭の中、心のうちで呪語を唱えて魔法を形にする手法で上達を図る。




そうしてまた日々を重ねるうち、ジュールに師事して二年が経っていた。

九歳になったルイは、一般的な簡易魔法は全般的に操れるようになった。生活の質を上げる便利魔法だ。

宮の自室でこっそりとシャルロットに披露したら、とても喜ばれた。天井からかけられたカーテンを開閉するという、非常にしょうもない魔法であったが。

ジュールとさらに特性を調べて、やはり火の属性がほぼ皆無なのは決定的になった。火種に火を起こすくらいはできるが、いわゆる攻撃魔法で思いつく、有効な強い魔法は難しいらしい。

一方、光の属性、治癒力は想定どおり多いと診断された。研鑽を積めば優れた治癒魔法の術者になれるという。

ジュールに評価されて、ルイのうちで俄然やる気が生まれた。漠然と魔法を発現させるのではなく、具体的な事象、治癒に繋がる身体の再生構築を目指すという目標ができた。

治癒魔法の習得は繰り返し試技をしても大きな事故は少なく、細かな神経を遣うので静かな書庫は向いていた。



「古来より、ナーラ国民の中に潜在的に魔力を保持している者が生まれます。特に貴族、王族は多いです」

合間には、魔力と魔法について細かく教わった。魔法の存在を無いものとしていたアンヌの仕切る宮邸と、わざと関連する内容に一切触れず隠していたアルノーのせいで、ルイの魔法関連の知識は年齢に比すると総じて欠落している。

ジュールの語る話は新鮮で興味深い。また魔力持ちの国民を生むナーラ国の根幹を知ることでもあった。

「貴族と庶民でそんなに違うのか。元々の血筋か何かが異なるとか?」

ルイの疑問にジュールは首を振った。

「もしかしたら、庶民の魔力保持率も貴族とあまり変わらないのかもしれない。魔力の強い者は、知らず簡易魔法を取得して日常に使っている。ただどうしても習得の学習や知識を得る機会が一般には欠けているので、きちんと初歩から実践的なレベルまで順を追って学ぶ環境がある貴族に魔法取得者が集中する。簡易魔法よりさらに上の上級魔法を駆使する者は正規の学問を修めねばならないから、魔道庁に属する魔道師は自然、貴族出身となってしまう」

「なるほど」

ニワトリが先か卵が先か。

才能があってもそれを知らず、正しい使い方や訓練を指南してくれる環境にないと、能力を開花させることも習得して使いこなすこともできないのだ。

「もっと庶民にも魔法を普及させることはないのかな」

今の、市井で優れた魔力持ちが見つかった時だけ掬い上げて育て上げるよりも広く便利な社会になるのではないか。

支配階級の力の保持とか治安維持とかいろいろ難しいこともあるだろうけれど。

九歳になったばかりの子供に生真面目に提案されてジュールは僅かに笑った。

「ナーラ国の国力向上には必要だと私も思います。保守的な貴族の方々は反対だろうが」

「一般に拡大する動きを国はしないと?」

「少なくとも、今の陛下の御代では」

含みのある言葉に裏の事情を感じたが、それ以上はジュールは語らなかった。

ならば、とその辺りには触れず、ルイは治癒魔法の習得に専念した。

治癒魔法は、簡易魔法とは難易度が全く違う。

魔力の制御と呪術語を扱うことに慣れ、魔法の発動が出来ればある程度は使えるようになる日常の利便を図る簡易なものが生活魔法。

しかし治癒魔法はそれだけでは習得できなかった。多くの魔力保持者の取得が簡易魔法に留まるのも無理はない。

治癒の力の行使者は魔力が大きい者のうちでも数が少ない。非常に有為な魔法であるので志願者は多いのだが、安定して発現できるまでには厳しい習練が必要だった。簡単な傷を治すレベルから始まり、身体に影響の出る怪我、さらに大きな欠損を補う高度な魔法まで。行き着く先はあまりにも遠く、そこに至った魔法使いは未だないと言われる。

日常レベルの治癒魔法でさえ、稀とまではいかないが希少だ。魔力の消費は大きいのに発現は反比例するかのように僅かで、治癒魔法は非常に効率の良くない魔法だった。


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