29
アンヌには、帰宅後すぐに知らせた。
淡々と受け入れた姿に、ルイが魔力を発現するとわかっていたのかと考えた。
彼女はロランやアルノー、ブリュノらと大人同士繋がりがある。ありそうなことだった。
確かめると、
「可能ではあると考えていました」
と返ってきた。しかし続いたのは意外な名前だった。
「エルザ様がとても魔力に溢れた方でしたので、あるいは、と」
ルイ様はご熱心に上級言語を学んでおられましたし。
ルイはここで顔も知らぬ母が魔力に秀でていたことを知った。
学校でも優秀だったが、特に魔道師を目指すということもなかったという。ただ魔力を完璧に制御して、逆に生活魔法もあまり使わないで過ごしていたという。
それに倣い、アンヌも宮で魔法を使用しない生活に慣れてしまったそうだ。
「ふーん」
二人の部屋で事の顛末を聞いたシャルロットは、鼻を鳴らしただけだった。
「シャル」
「だって。見せてくれないんだもん。話を聞いただけじゃ、反応のしようがなくない?」
「ごめん」
「ルイの魔法、見たいー」
ソファに転がりむくれられたが、そこは譲歩できなかった。
「駄目。というか、僕だってまだどうやったら魔法が出るかわからないんだよ」
完全に制御できるようになるまで、ジュールの監督下以外で試すことは禁じられた。
どういったはずみで、程度も種類も不明な現象が起きるか知れないのだ。安全と秘匿のため当然の処置だが、シャルロットは不満でいっぱいだった。
魔法、という名だけで心踊る。残念ながらこの宮邸では平凡な簡易魔法も見られない。せっかくルイが魔法を発現させたというのに、話だけで見ることが叶わないのはとても悔しいらしい。
ソファの座面になついたままの態度で、ルイを見上げてくる。
「教えない方が良かったかな」
「それはない!」
ぽつりと呟くと大きく否定された。
「我慢するから!だからこれからも何かあったら絶対教えて。それで見せられるようになったら、私に一番に見せて」
約束、と右手が伸ばされる。その指先に自分の手を絡めてルイは頷いた。
「それで、この事なんだけど」
「うん」
「マクシムには内緒で」
「ええ~。駄目なの?」
するりと繋いだ手が離れる。
宮からほぼ出ないシャルロットと他人との接点は、主に剣術に関わるブリュノマクシム親子に限られる。軽い無駄話となれば稽古を通じて仲が良いマクシムしかいない。
だからルイは念押しした。
「うん、駄目」
直りかけていたシャルロットの機嫌がまたも傾きだす。唇を尖らせ言い募る。
「隠しててもブリュノから知らされるかもしれないのに?ジュールが教えてさ」
「それならそれでいい。ブリュノが教えると判断したならそれはいいよ。あと秘密にしててバレちゃったらそれも。でもひとまず僕とシャルから言うのは無しにしよう」
あくまで秘密は保つ、それがジュールとの約束だ。
シャルロットが考え込む風にソファに顔を押しつけたところで、さらに言葉を重ねる。
「多分、僕の歳で魔法が使えたのって珍しいことなんだよ。だから変に秘密を知っちゃったせいで迷惑をかけたくないんだ」
「そうなんだ」
「うん」
「わかった。内緒にする」
魔法発現の不思議さに納得したのか、秘密保持を素直に納得したシャルロットは、しかし最後に付け加えた。
「でも、話せるようになったことも私に教えて。一番に」
「当たり前だよ」
ルイはしっかりと頷いた。
いつだってルイの中で、シャルロット最優先なのは揺るがない。




