表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
28/275

27 発現


「うーん、嫌になるほど不規則だなあ」

ルイは不思議な文字の連なりに溜め息をついた。

書庫に通うようになって二年近くが過ぎ、初夏になろうかという季節だった。

古語をほぼ完璧に修得したので、三月ほど前からアルノーの勧めで上級古語というものを学んでいた。

これが異様に特殊で難解で、その複雑さにルイは夢中になっていた。

まず文字が古語とかけ離れていて一から覚えねばならない。さらに文法が謎めいていて普通の言語と対応すらしていない。一定の法則はあるが、例外が多くて不規則極まりない。何故こんなものが存在するのかわからない。

上級古語と教えられたが、それまで勉強してきた古語と関連性が感じられない、特殊な言語体系にしか思えない。文章は詩句のようなものが主体で、ついでに発音が非常に難しい。


これ、全て理解できることってあるのかな?


ルイは上級古語の奥深さに、初手から気が遠くなる。

何しろ師であるアルノーも読み上げるのが困難で、ジュールの助けを借りている。微妙な喉の揺れ、舌のタッチで音は繊細に変わる。正しい発音をジュールは器用に再現してくれたので、ルイは熱心にそれを真似た。それでも手応えとしては未だ初歩の初歩だ。懲りずに続けているが、お陰で当初の遠慮が嘘のように、今では書庫での師はアルノーよりジュールが担うことが多くなっていた。

「こほ」

ジュール不在の間も難しい発音を再現しようと舌と喉、唇を使っていたので器官が疲れた。とんとんと胸を軽く叩いて姿勢を正す。唾を飲み込んでもう一度発音しようとして、辺りが少し薄暗いのに気がついた。アルノーが明かりを灯してくれていたのに。魔力がちょっと弱まったのかな、と思う。書庫に通いつめるうち、アルノーやジュールの簡易魔法にいつの間にか慣れていた。

光りが欲しいな、と考えるともなく喉の奥が凝り、熱くなる。

ちり、と手に痺れのような奇妙な感覚を覚えた。


「え」

ほわ、と目の前が目映く白くなった、と感じた時には、書庫が白い光の渦に包まれていた。

「うわっ!」

発光し過ぎた白い輝きが増して、増して。

もはや瞳が耐えられない眩しさにぎゅっと目を瞑る。閉じた瞼の向こうにひたすらに明るい白がぐるぐると廻るのが透けて、顔を照らすのを感じる。

光の輝きの強さに、髪までが逆立つような不思議な感覚。浴びる白光を遮ろうと両手のひらを顔の前に翳す。

「馬鹿!手を下げろ!」

不意に横から殴られたような衝撃を受けた。ぐい、と両手を掴まれて強引に下ろされる。

驚いて薄く目を開くと、怖い顔をしたジュールがルイの手を無理矢理押さえつけていた。

「ジュー、ル殿」

瞬いて、はっと我に返れば、あれほど渦を巻いていた光の洪水が嘘のように消えていた。名残のような弾ける雲母のきらめきが、周囲を舞う。

「なに、」

「何じゃない。こんなに過剰に放出して。光で本を灼き尽くすつもりですか!」

「え。──僕!?」

いつもは静かなジュールがきつく面罵する。その剣幕に、ルイはたった今の超常現象が己が起こしたものだと気づいた。

「そんな、だって僕は何も」

「自覚無しか」

一つ息を吐いて、ジュールはルイに向き直った。

「失礼ながら、殿下。今まさに発光して書庫を光の渦にしたのは、紛れもなく貴方です」

掴んだままの両手を持ち上げ突きつける。

「この手。掌から魔力が放たれていたのですよ」

ジュールに握られた手を、指先を、ルイは見つめた。自分のものなのに、変だ。

「光で良かった。炎だったら目もあてられない」

書庫をいっぱいにしたあれが炎だったら。

言われて、思い浮かべた光景にルイはぞっとした。

明かりが足りない、と感じたあの時、咄嗟に光を思い浮かべたのは偶然でしかない。ただの幸運だ。

「ま、光でもあの規模を放出し続けていたら、いずれ発火したでしょうが」

胸を撫で下ろしたところにきつい現実を突かれて、ルイは息をつまらせた。

ジュールが止めてくれて良かった。


それにしても。

魔力。自分が魔法を使った。

現実に見たものを、そうなのか、と認めても訳がわからない。

魔力はこの国の誰でも持ってるとしても。

なんでいきなり魔法が発動したのだろう。大人になる過程で発現し始めて学校で使いこなしていくのではないのか。

半ば呆然と己の手だけを見ていた。いつのまにかジュールから解放されていた両手は、力を抜けばだらりと目の前に落ちる。

「いるんだろ。アルノー!」

ジュールが厳しい声で名を呼んだ。ルイはびくりと身を震わせた。

「なんじゃ、怒鳴らんでもよかろうに」

書庫の半開きの扉から、アルノーの白髪頭が覗いていた。よっこいしょ、と声をかけて書庫に入ってくる。

「アルノー殿」

「やあ、ルイ殿下。凄まじい威力でしたな。まさに光の洪水じゃった」

いたって暢気な体で、先程の暴走した魔力に驚いた風もない。

「見たんですか」

「まあ。さすがに、ここまで大きな魔力の波動を感じてはの」

「他人事みたいに」

ジュールが吐き捨てるが、アルノーは軽く肩を竦めただけだった。

「ジュールが勢いよく飛び込んで行ったからのう。玄人に任せた方が良いと考えたのじゃよ」

は、とルイは気になったことを確認する。

「あの、この事は外には」

「最初の魔力の波は、図書館にいる者にはわかったであろうよ」

魔法が外に知られてしまった、ということか。

しかしジュールが駆けつけて魔力を散らしたので、今は普段通りに戻っているという。

大ごとになったと青ざめるルイに、アルノーがつまり、と続けた。

「ここにはジュールが居着いていることは皆の知るところ。最初の騒ぎも大方、引退魔道師がへまをやらかしたとでも見当をつけているじゃろう。まあよくあること、で通せる話じゃ」

「あ。それは。…申し訳ありません」

どうやら知らぬ間にこの騒ぎがジュールのせいになっているようだ。思わぬ濡れ衣をかけてしまったらしい。

お陰でルイは守られたが、助けてくれたジュールに申し訳なくなる。

「殿下が謝ることではありません。それで事が収まるなら、結構。それより」

しかしジュールはルイの謝罪をさらりと流し、アルノーを睨んだ。

「混乱してる殿下にご自身の状況を把握していただく方が先だろう。そもそもはアルノー、全てお前のせいだからな」

静かだが詰る声音にルイは驚いた。

魔法が突然発動したことにアルノーは関係ないはずだ。ルイの、自身で制御できないいきなりの暴走。お目付け役としても予見しがたいアクシデントの筈だ。

だがジュールは責めるのをやめない。

「この方は、魔法を使った自覚もなければ、どうして自分が魔力を使えたのかも理解してないんだぞ」

それは自分の混乱した気持ちを代弁したようだった。ルイは先程から抱く疑問を形にした。

「そうです。なんで魔法なんて…。普通、使えるようになるのは十二歳くらいなんでしょう?」

ようやく八歳になろうという年頃だ。潜在的に魔力があったとしても、今の自分が魔法を使うなんて考えもしなかった。

「んー。殿下は少しばかり規格外になっておるからのう」

髭を撫でアルノーが言う。


規格外。

言われたルイは何の事か、と口を開けた。アルノーの焦点をぼかした言いように、ジュールはため息を吐いた。埒が明かない、と小さく呟いてルイに向かう。

「殿下が古語を修得した後に習っている言語ですが」

「?上級古語ですね」

話が変わったことに戸惑いつつ、自分にもわかる言葉にほっとして答える。

しかしジュールの横からアルノーが割り込んだ。

「それは嘘じゃ」

「は?」

「嘘なんじゃ。殿下が学んでいたのは本当は古代呪術語という。魔力持ちが魔法発現の為に学ぶ呪語じゃよ」

とんでもない種明かしをされ、ルイは呆然とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ