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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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一体、何故。この馬車に何がある?


腰の剣に手を掛け、万全の体勢を保持しながらそっと足を進めた。朝日が、馬車を灼いた。

「──!」

その瞬間、ジャックは息を飲んだ。赤紫の光に照らされて浮かび上がった箱馬車の側面に打たれた紋様は、三本の剣に星と薔薇が絡む。その真ん中に描かれたのは光のついた小さな宝冠。

王宮に属する省庁や騎士団には馴染み深い、あまりにも見知った紋。ジャック達が仕えるナーラ国の王妃個人の紋だ。

さっと箱馬車を見る。

中の人は窺えないが、綺麗に塗装された馬車本体は、控えめな大きさだが市井のものとは一線を画している。倒れた馭者も身形はきちんとしていて、この乗り物に相応しい。破落戸が奪って乗り回しているのではない。


──王妃の手の者か?


この馬車が王妃の私物であることは確定だ。美しく調えられ、個人の紋を打たれているのは、王妃の御用を務める車であると示している。

王妃ナディーヌは、息子であるフィリップ王子が襲撃された衝撃で床についていると聞いた。そんな中で、こんな主要街道とは異なる寂れた道を夜を徹して走らせる、どんな用向きがこの馬車にあるというのか。

明らかに怪しい、とそこまで考えたのは一瞬のこと。



「何をしている!」

走り寄ると同時に、鞘から剣を抜いた。流れるようにそれを構え、魔道師の注意を引いた。

暗色の長衣を着た男がゆっくりと振り向いた。痩けた頬、痩せた顔のくぼんだ目だけが異様に大きい。その眼差しがジャックを捉えた。

と、風を孕んだ空気の矢が襲いかかった。

騎士の佩く剣は対魔法の術が施されている。魔力の攻撃を断ち切ることができるのだ。幾つも、ご丁寧に身体のあちこち目掛けて発せられた矢を、ジャックは次々と剣で切り伏せる。

空気の矢は威力は速度があっても威力はそれ程ではなかった。剣で切り裂けば、破砕されて消える。

これなら、この魔道師の攻撃がこの程度なら、相方がいなくとも充分だ。

そう見て取って最後の矢を落とす。まずは己に向けられた攻撃全てを切り捨てた。ジャックの剣が空気の残滓を払った時、目の前の痩躯の魔道師の唇が笑みの形に歪んだ。

暗色の服から萎びた腕が水平に伸びる。


しまった!


伸びた腕の先、手首が強く振られた。

ザシュッ。

明け初める薄闇の中、ジャックは見た。

大きく曲がった鎌のような空気の刃が回転しつつ箱馬車を襲うのを。

馬車があるのは魔道師を挟んでジャックの反対だ。己への攻撃はいかようにも防げる。だが剣の届かない範囲は守れない。飛び道具はない。

間に合わない。


ジャックは箱馬車が無惨に断ち割られるのを覚悟した。それでもしっかりした造りだ。一撃で終いにはなるまい。瞬時に判断した。


続く刃を阻む為、ジャックは素早く魔道師と馬車の間に回り込もうとして。


バシン、バシン!

「──!」

馬車に命中する寸前、刃は見えない壁に弾かれ、割られて消えた。


防御魔法か?

この馬車に乗る者が放ったのだろう。だが一体、誰が。何者が乗っている?

しかし詮索はそれまでだった。

攻撃を弾かれた魔道師が馬車の方を向いて背を丸めた。撓めた身体に魔力を溜めて、馬車目掛けて両腕を振りおろしたのだ。

先程までとは比べ物にならない、強く大きな空気の刃が、馬車を削らんとする。

異様な風圧を感じて恐怖に駆られた馬が、引き具を強引に外そうと暴れる。ジャックは前足を大きく上げて立ち上がった馬の口輪に取りついて懸命に宥めた。見ると、隣には空になった引き具があった。既に一頭は逃げてしまったらしい。

残った馬の首筋を乾いた手のひらで叩いてやる。こちらを優先したのは、箱馬車の中にいる者の力を信じたが故だ。

ジャックはほとんど魔法は使わない。魔力も生活魔法レベルだ。だが馬車に乗る誰かは、目の前の野良魔道師を退ける術を持っている。

まだ落ち着かない馬の口輪を掴み、鼻面を撫でて落ち着かせる。

ぎぎ、と箱馬車が軋む音を立てた。

防御魔法が攻撃を受け止めきれずに剥がれゆくのか。ジャックは身体を強ばらせた。傍らの馬が緊張を察して嘶く。


「あ、」

暴れ始めた馬の顔を抱いて押さえつけて顔を上げたジャックは、ぼっ、と赤く燃え上がった炎に、己の間違いに気づいた。

「ぅ、ぎゃああああ!」

炎に巻かれ、魔道師が絶叫する。熱さにもがき、長衣が焼かれる恐怖に顔を歪ませた。

咄嗟に馬の目を覆ったジャックは、炎が燃え上がる中、目の前で何が起きたのかを知った。


軋む音を立てたのはわずかに開いた馬車の扉。隙間から放たれた火の玉は正確に魔道師を撃ち、火は長衣に燃え移った。炎は大きく広がって魔道師を包み込んだ。

真っ赤に燃える焔に巻かれて死を目前に見た魔道師は顔をひきつらせ、遂に意識を飛ばしてしまった。

力が抜け、がくりと膝から崩れ落ちる。

と、魔道師を取り巻く炎が幻のように断ち消える。

地面に大きな音を立てて倒れ込んだ痩躯。しばしそれを眺めて、ジャックは馬から手を離して近づいた。

全体に焦げてしまった長衣。煤に汚れた痩せた顔。それらは先程の燃え上がった炎が幻でないことを語っていた。

しかしジャックが身体をあらためると、魔道師は軽い火傷を負っただけで命に係わることはないとわかった。

火の玉、激しい炎は、魔道師を取り巻いて衣を焼き熱さで恐怖させたが、命を取るはるか手前で攻撃を終息させていたのだ。

ぎりぎりの手加減といえる。恐ろしくも見事な手腕だった。

倒れた男は完全に意識を飛ばしていた。しばらく目を覚ますことはないと判断すると、ジャックは振り返って箱馬車を見た。



魔道師の攻撃を受けたが、馬車本体は無傷で、離れたところに倒れた馭者がいなければ、たった今の攻防などなかったかのようだ。

瀟洒な貴人用の小型の乗り物。

先程、わずかに扉が開いて火魔法の攻撃、火の玉が飛んだが、中にいる筈の人は未だに姿を見せないでいる。

何者かは知れない。だが魔道師を殺さずに倒した配慮を鑑みれば、悪党ではないとジャックの勘が告げていた。


ザク、と土を踏んでジャックは箱馬車に歩み寄る。扉の前に跪いた。

「王妃殿下の御用の方々とお見受けする。私は騎士団所属の騎士、ジャック。邪な魔道師は無力化しました。差し支えなければ、馬車から出て状況をご確認いただきたい」

ガタリ、と今度こそ扉が大きく開いた。



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