254 騎士と魔道士と魔道師
村の外れにある崩れかけた小屋。
その裏庭で、明かりもない夜の中、眠りにつく村人の知らぬ攻防があった。
術を放とうとするのを、剣の柄で殴りつけて昏倒させる。乱暴だが、こちらの問いに問答無用で攻撃魔法をかけようとしたのだ。無辜の民ではあり得ない。
腕に崩れ落ちた魔道師を床に転がして、ジャックは後ろを振り返る。
ぱしりと小さな破裂音がして、相方の魔道士が、今一人の魔道師を術でもって絡め取ったところだった。
王都から伸びる主要街道とは別の、あまり往来のない道に点在する小さな村の一つ。そこに身元不明の魔道師が潜伏しているとの噂を聞いて駆けつけたのだ。村人に尋ねると、数人の魔法使いが村の空き家に住み着いて、簡単な魔法を人々に使って生計を立てているという。
それだけなら何ら不審なことはない。
だが実際はどうなのか。魔道庁が把握していない魔法使い──いわゆる『野良魔道師』の実態を監査する為に、騎士ジャックは魔道士と共に各地に派遣されていた。
年明けの事件以来、魔道庁と騎士団の協力体制の元、ナーラ国の各地に散る魔道師の捜索が始まった。
第二王子襲撃の首謀者に繋がる手掛かりを求めてのことだ。
魔法使いのほとんどは王立学校の出身者であるから、過去の在籍者を辿ればある程度は絞られる。魔法学を選択して一定の成績を得ても魔道庁に所属せず、かつ現時点で貴族社会で消息の知れぬ者。
その多くは、魔道庁から外れた世界で魔道を極めようという求道者や、特権階級から離れて民間で人々の為に魔法を使おうという者などである。俗世を捨てた変わり者もいるが数は少ない。
だが稀に魔道を極めんとして闇の魔術、禁忌の術に手を染める者がいる。それらの不届き者を摘発し、かつ件の犯人に関わりがないかを調べるのだ。
新年早々王都の外で魔物が出たという騒ぎに騎士団が人員を割いている折りに、王立学校で事件は起きた。何者かの大がかりな手引きによって、かなり強い魔物が学校内に出現した。
魔物はどういうわけか第二王子ただ一人を狙って襲いかかった。その場には強力な魔道使いもまともに動ける剣士もおらず、一時は騒然としたようだ。
幸いにも撃退に成功し、特に被害は出なかった。
噂ではルイ第一王子──ジャックの中ではルーちゃん──が大活躍をしたらしい。なんでも、国の伝説の宝、聖剣を顕現させたという。
さすがルーちゃん!
聞いた時には手を打って喜んだ。あの時只者ではないと睨んだのは正しかった。ジャックは己の目の高さに喝采したものだ。
しかし続く話に首を傾げた。
聖剣を振るって実際に魔物を倒したのはマクシムだったらしい。王子は自らの手は汚さず終いだ。
騎士団本部で見た生き生きとしていた姿からはらしくないと思ったが、あれから数年が経つのだ。いかにも元気者という感じだったが、さすがに身分を弁えて自重したのだろう。成長したのだ、きっと。
そうジャックは自分を納得させた。
王子が聖剣をどうやって手に入れたのかの詳細はわからなかった。ルーの話は最初のうちだけで、続報はほとんど流れてこなかった。聖剣の話も立ち消えで、皆、第二王子派がルー王子の噂を抑えているのだろうと勝手に決めつけた。それで終わりだった。
事件にはさらに大きな話題があって、皆の関心はそちらに向いた。
伝説の聖なる乙女が現れたという。
また伝説か、とジャックは思ったがこちらは本物だった。ナーラ国が危機的状況にある時に現れる、救国の少女。
学校の特待生、つまりは平民の女子生徒で、魔物の襲撃を退けたのだ。
政庁の精査で聖なる乙女と認定され、正式の存在となった。ジャックが派遣されている間に祈りの儀式が行われて公的に認められる予定だ。
ナーラ国にとってはめでたい話だ。ただ、そう祝うのは国の上の人々である。騎士団に所属するジャックには関わりのないことだ。
騎士団から課された任務、それを果たす為に各地を駆け回らねばならない。
今も、魔道士と共に、村に潜む二人の魔道師を捕らえたところだ。
だが安堵する暇はない。不意を狙って夜明け前に彼らを訪ねたのだが、もう一人、小屋に隠れていた魔道師が隙をついて逃亡した。
「追いかけよう」
手早く魔道師を拘束して、相方を促した。
と、
「待ってくれ」
応じた掠れ声にジャックは内心、溜め息を吐く。
共に行動するこの魔道士は優秀だ。探索も攻撃魔法にも長けている。仕事への意欲も高く任務遂行への努力も惜しまない。
今も、ジャックが物理的に無力化した魔道師を、自分が倒した者とまとめて術封じを施している。野良とはいえ魔法使いの力を封じ込めるなど、かなりの実力だ。それは認める。
だが丁寧な仕事は良いが、今は迅速さが求められている。飛翔術や転送の移動術などを持たない相方の魔道士は、先を急ぐジャックに追いつけなかった。
能力の上下ではなくあくまで特性の問題だ。
しかし、彼を待っていては逃げた魔道師を取り逃がす。例の件に関わっているかは定かではない。だが国の求めに応じず派遣された者を攻撃をして逃亡を図る者は、絶対に捕らえねば。
ジャックはわずかな逡巡の後、決断した。
「すまない、先に行く!」
言い捨てて、答えを待たずに剣を鞘に納めると、はるか向こうに見え隠れする暗い色の魔道師を追った。
幸い、逃亡者は己の足のみで移動していた。ただ騎士のジャックが走ってもなかなか距離が縮まない辺り、もしかしたら身体に強化の術でも使っているのかもしれない。夜明け前の薄暗い空の下、ジャックは目を凝らす。暗色の魔道服は夜に紛れやすいが、それでも小さくなった背中を見つけられた。
周辺は人の手の入らない平地だが季節は冬。まばらな草木は人を隠せはしない。幾度か視界を遮る立木や曲がり道に置かれた石のせいで見失ったが、相方によってジャックは目眩ましの術の無効化を施されていた。物理的に引き離されない限り、見つけ出せる。
かなりの距離を走り抜けたが、鍛え上げた身体は息もあがっていない。
駆けながら、道が曲がったせいで視界から消えた魔道師を探して、周囲を大きく見渡す。
と、暗い染みを探すジャックの目線の先に四角い箱と馬が見えた。馬車だ。
──こんな時間に?
空は夜色が薄くなっている。夜明けはすぐそこだ。
しかし、今こんな場所にいるということは夜の間、駆け通してきたことになる。遠目にもしっかりとした造りの馬車に、よく手入れされた馬。
本来は二頭立てだろうに、繋がれているのは一頭しかいない。
近づけば不自然さはより際立って、ジャックはますます不審に思う。
馬車は道の中途で斜めに止まり、その前を遮るように立っているのが、ここまで追いかけてきた魔道師だった。
さらに側に寄って明らかになったのは、馭者が馬車から投げ出されて少し離れた地面で気を失っていたことだ。立ちはだかる野良魔道師の仕業に違いない。
4章103




