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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
27/275

26 王妃ナディーヌ


光に満ちた、広く開放的なサロン。クリーム色の壁に金の凝った飾りが随所に配された豪奢な空間の主は、部屋に違わず高貴と驕慢さに満ちていた。


ナーラ王国王妃、ナディーヌ・フォス・アストゥロ。

権力に惹かれて集った取り巻き達を睥睨する王妃は、黒茶の髪を複雑に結い上げ白磁の肌に濃い青の瞳を持ち、王子を儲けて尚、整った美しさに陰りはない。だが今、彼女は細い眉を吊り上げ、波打つ心の内を押さえきれずにいた。

「それで。あの雛は」

ナディーヌは、国王の子といえどルイとシャルロットを王子王女と称することを認めていなかった。自らのサロンでは名すら呼ばず、雛と言い指して疎んでいた。

雛。

王妃である自分が産んだフィリップより早く産まれたというだけの、劣る血筋の子供。

わずか一年ほど前までは、王居の片隅にある宮でひっそりと生を継ぐだけであったのに。その存在を、国民はおろか陛下も国を司る人々も忘れていたのに。


ナディーヌは悪夢のようなあの日を思い出す。

去年の九月、突然、宰相ロランがあの孤児に教育を施すべきだ、などと国王に宣ったのだ。食えぬ宰相は、雛は大層優秀ですとほざいたとか。

これを信じたのかは定かではない。だが常は裁可を急がない国王アランが何を思ったか即断して、事態は動き出した。この時、アランの傍に王妃の息のかかった者が不在だったため、宰相の意のままに運んでしまった。

さらに思いもよらぬ方向に事は進んだ。

あろうことか、アランは教育を許しただけでなく、王家の宝剣、サギドの光を雛に与えると決めてしまった。

王統に伝わる宝剣は、いずれ跡継ぎであるフィリップが授与されるべきものだったのに!

東の宮で報告を受けて王宮に急いだ、あの時の恐れと悔しさをナディーヌは未だに忘れていない。

しかもアランに面会が叶った時には、全てが決まってしまっていた。

あの雛に王子としての教育と第二宝剣が与えられることは規定の話になっていた。

すぐさまアランに訴えて、第三宝剣がフィリップに下賜されるよう事を運んだ。

だが王家の宝剣を雛に与えるのを翻すことはできなかった。宝剣が下賜されるのは、あの雛が王統に繋がる王子と公式に認められた証となる。


王子!

国王とまともに面会したこともない孤児が!

この国の志尊の冠を戴く跡継ぎは我が子フィリップのみ。

その事実は厳然と揺るぎない。

けれど、あれが目障りこの上ないのもまた現実。

強い怒りを宿したまま、ナディーヌは顎を反らした。

サロンの会話は続いている。

「相変わらず王立図書館に日参してます。大抵、最奥の書庫に入り込んでおるようで。アルノー卿の指導が続いております」

「あそこは入り口も非常に狭い。中を窺うのは至難と言えましょう。ゆえに学問の進度等は測りかねます」

「書庫には大抵、ジュールが居着いておるようです。かの方との接点は不明ですが、長く籠って出てきません」

次代の王を擁する王妃に傅く者達。貴族の中でも権威に従い家の立場を良くしようと考える貴族が主だ。そんな彼らがそれぞれが持ち帰った話を披露し意見を交わすのを静かに聞いていたナディーヌは、不快な名前に唇を歪めた。

「書庫の老いぼれはどうでもよい。ジュールは…魔力の減じた役立たずじゃが、あれは油断がならぬ」

「は。勘の鋭い男ゆえ監視は最小限ですが、おかしな振る舞いは今のところは何も」

「ふん。不審な動きが見えたら魔道庁にすぐ通達を出せ」

「それは、直ちに」

「ブリュノ将軍は未だかの方の元に定期的に通われております。引退された身ですが、子息二人は騎士として頭角を現しており、未だに将軍を騎士団で慕う者も多い。あの者は侮れませぬ」

「ブリュノは気難しい男です。当初は宰相に懇願されて引き受けたのでしょうが、ここまで続いているのです。かの方が教えを受けるに熱心であることは確かでしょう」

「将軍の末子が足繁く訪れております。将軍は、あの方と師弟の関係を超えて親交を深めているやもしれませぬ」

ぱしん、と苛立たしげに手にした扇を肘掛けに叩きつけられた。

「忌々しい」

零れた厭わしさに満ちた声に、報告を重ねていた皆が一斉に口を閉ざす。

不安げにこちらを窺う幾つもの視線に、ナディーヌの気持ちがさらに尖った。


様子見などせず、この障害を除く妙案でも披露すれば良いのに。多少の危険を侵しても役に立つことを示してみせる者はいないのか。

ここにいるのは、自ら責任を負う切っ掛けを作りたくない臆病者ばかり。

儘ならない口惜しさに唇を噛んだ。

「あちらの内情が掴めぬのなら、それが叶うまで手の者を送り込めばよいのでは?」

不意に割って入った声につかの間、緊張が走る。ゆったりと大股で現れたよく見知った人物の姿に、一同安堵した。

「公爵閣下」

「失礼、こちらに集っていると聞いたのでね。入らせてもらったよ」

悪びれもせず人払いをしたサロンに足を踏み入れたのはフォス公爵だった。艶やかな黒茶の髪、青い瞳、整った容貌を持つ壮年の貴族。この場の女王ナディーヌの実兄で、王家に次ぐ権勢を誇る公爵家当主である。

「妃殿下」

妹に跪いて臣下の礼を取ると、さて、と傍らの空いたソファに悠然と腰かけた。

「先程の続きだが。人はいくらでも用意できる。妃殿下のお心を安らかにするためにも、できることはさっさと致せばよかろう」

「兄上」

「もちろん、調べたところで雑多な雛がフィリップ殿下より優れているわけがないが。余計な野望を抱いてないか確認するのは、とても大事だ。無知な子供におかしなことを吹き込む輩は多いからね」

ゆったりと、ごく丁寧な口調でさりげなく第一王子を貶める。権力者の自然な傲慢さで容赦なく他者を切り捨てていく。端正な顔の中で柔らかく細める瞳の光は暗く陰り、あくまで優雅に微笑む姿は妹にそっくりだった。

ナディーヌの苛立った心の棘はフォス公爵によって綺麗に宥められた。

この兄はいつだって私の望みを叶えてくれる。


ゆるりと嗤う王妃の、兄公爵への信頼は深い。

意見の一致をみた兄妹の意見は、この場においては絶対だった。

二人の強い意向を正確に読み取った貴族達は互いに素早く見交わす。策を言い出されたら従えば良いこと。例え、それが悪手でも責任を取るのは自分ではない。

皆一斉に頭を垂れ、賛同の意を示す。

雛──双子の宮邸には時を置かず新たな密偵が手配された。


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