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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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251 帰途


二往復の山越えをしたサヨは、ヒトガタになった。そうして三人で元来た道を辿ると、別れた時と同じ場所に馬車が待っていた。既に夜も深い時間だったが、馭者は寝ずに待っていて、主の無事な姿に安心したようだった。

術を薄く弱くかけていたのが功を奏したのか、長時間経っても目眩ましは効き目を保っていた。

ようやく安全な個室で休める、とルイは足を踏み出しかけた。だがそこで馭者に申し訳なさそうに留められた。

その視線の先を見て、ルイはその理由に気づいた。

「あ──」

自分達は。馬車に乗せるのが躊躇われる程、汚いのだ。

特に──。

「俺か」

「いえ、あの。申し訳、ありません!」

フィリップから漏れた言葉に、己が何をしたか悟ってか、馭者が地につきそうになるまで頭を下げる。

仮にも王妃の馬車の内を土まみれにするわけにはいかない、という使命感でルイ達を止めたのだ。しかし翻れば、一介の馭者がフィリップとルイという二人の王子の乗車を拒んでしまったのだ。咄嗟のこととはいえ、己の無礼に恐れおののくしかない。

萎縮し詫びの言葉を繰り返す馭者に、フィリップが動いた。

低い穏やかな声音で落ち着くよう告げて。怒っていないこと、己の職務を全うしたことを褒めあげた。それから、ルイ達を顧みる。

「先に着替えよう」

馬車には着替えが用意してあった。王宮に相応しい宮廷服で、祈りの館に戻った時用のものだ。本当は帰還してから着込む予定だった。戻る途中で見咎められた際に不審に思われない為だが、この汚れようではそんなことも言ってられない。

馬車の中の服を持ち出して、着替える。土がこびりついた手足は飲用に、と用意してあった水筒の水を手巾を濡らして拭い取った。

そうしてなんとか身綺麗にして乗り込む。行きと同じく、ルイとサヨが進行方向に背を向けて座り、フィリップが向かい合う形だ。三人が席を定めるのを待って、馬車は静かに走り出した。


座席に落ち着くと、忘れていた疲労がルイを襲った。しゃべる気力もなく向かいを見ると、フィリップは目を閉じて黙り込んでいた。わずかに眉が寄っている。

目だけで隣を窺えば、サヨも黙ったまま小さな窓から外を眺めていた。

ルイはそっと吐息をついた。

車内は、少しばかり重苦しい空気だ。

それも仕方ない。盾を手に入れる為のこの短い旅は微妙な形で終わった。

フィリップの手にした石は、ルイの見た限りでは本当にただの灰色の欠片でしかない。そしてサヨの反応も歯切れが悪い。

ルイに語ったゲームでの展開から推測するならば、ヒロインのコレットの力が必要なのだと感じた。だがフィリップは聖なる乙女の力を借りることを頑なに拒んでいる。ならば現状、盾は顕れない。

それでもあの石をフィリップが保持していることが大事なのか。『敵』の手に渡らない、という点でこの旅は評価すべきなのだろうか。サヨはどう感じているのか。

フィリップと別れたらじっくりと聞いてみなくては。


そんなことを考えつつ馬車の振動に身を委ねていたら、いつの間にか寝入ってしまったらしい。


ガタン。


知らず夢の中に落ちていたルイは、激しい揺れに見舞われて飛び起きた。

「えっ」

一瞬、自分がどこにいるのかわからなくて混乱した。自分の部屋とは違う狭い空間。そして目の前には頬を厳しく引き締めた弟──フィリップがいた。

ああ、馬車の中だった。

置かれた状況を思い出して、ルイは落ちかけていた席に座り直した。

フィリップは顔をあげて、外の様子を探っている。

「何かあったのか」

「わからない。急に止まったんだ」

道に何か問題でもあったのか。

サヨは窓に張りついて外を覗いている。

「サヨ。何か見えるか」

「──しっ。誰か人がいる」

──人。朝が近いとはいえ、まだ空は暗い。王都から離れた山に至る道に何故。

戸惑うルイより早く、フィリップが動いた。ルイの座る席に乗り上げると、馭者に聞こえるよう壁を剣の柄で叩いた。

「何があった!」

壁に向けて声を張り上げ、幾度も繰り返す。すると震える声が返ってきた。

「──人が。魔道師と思われる人が突然、馬の前に立ちはだかって、」

慌てて手綱を引いて止めたということらしい。

魔道師。魔道庁に属した魔道士ではない、いわゆる野良魔道師なのか。それが何故、道の真ん中に立って馬車を止めたのか。

この馬車に何か特別な関心があるのか。


そこまで考えて、ルイはぎくりとした。

フィリップを狙った魔物。魔物を操った魔道師。つまりは、国の機関に属していない野良魔道師だ。それが件の薬屋以外にも関与しているとしたら。

彼らがこの馬車の乗客を知ったら、ひどくまずいことになる。王家に知識のある者ならば、王妃個人の紋章も把握しているかもしれない。


「サヨ」

「わかってる」

この中では顔を見られても支障ない彼女が、魔道師と対峙するしかない。いざとなったら存在を抹消する。その覚悟を持って、サヨは馬車の扉に手を掛けた。



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