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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
264/278

248 手にしたもの


何故、こんなことをしているのか。


フィリップは己を振り返る。

狭く暗い空間で閉塞感と土埃に悩まされ、爪で土を掻いて踏みそこねた足場を爪先で探る。

そんな坑夫の真似事をどれくらい続けているのか。喉は土を吸って痛みに悲鳴をあげている。細かい土砂が入った目を手の甲で幾度もこすった。目蓋が痛い。恐らく、赤く腫れているだろう。

動きやすい服も手足も土に汚れてもはや気にもならない。ただ指先をかけた細い根はどれだけの重みに耐えうるのか、体を引き上げる助けとして良いのか。半身を預けた土壁は勢いをつけた反動でまた削れてしまわないか。そんなことばかりを考えながら、それでも見通せない『上』を目指す。

全ては、ナーラ国の伝説の宝、盾を手に入れる為だ。


額に流れた汗が煩わしくて、腕で雑に顔を拭う。

は、と己の呼吸だけが聞こえる。手探りで土の取っ掛かりに手をかけて、体を引き上げる。成功した。

一段高く上がれて、体の向きも変わった。ふいに視界が明るくなって、ちょうど土壁の反対側を向いたのがわかった。絡み合う根の合間から外が見える。

視線を下げると、少し離れた谷底でルイ王子と魔鳥のサヨが並んで話し込んでいた。熱心に語り合っているが、会話は聞こえない。親しいのだと一目でわかるほど距離が近かった。

「……」

魔鳥は魔物だ。

いくら人の姿に擬態ができようとも心を許すべきではない。その考えは今も揺るぎない。

だが二人の姿を見ると心が騒ぐ。

魔鳥は擬態しているとはいえ、見知った人々と姿が異なる。異様に真っ黒くまっすぐな髪。黄みがかった象牙色の肌に彫りの違う顔立ち。

フィリップは見る度、心の中で緊張する。だがルイ王子はその違和感を超えて隔意なく接していた。いや、それは魔鳥だから、ではないのだろう。ルイ王子は他の者と同じにしているだけだ。例えば、大事な妹などと。

翻って自分は。周囲の見知った者とすら、親しく言葉を交わせない。──ミレーユとも。


フィリップは土を掴む手を休めて、暗いトンネルの中から日向で語る二人を見つめていた。

突然、彼らの間に緊張が走った。

サヨの側を何かがよぎった。鳩──いや、鳩によく似た魔だ。鉤爪と嘴は人を引き裂く為のように大きい。サヨが咄嗟に避けていなかったら、鋭い爪で肩の辺りを抉られていただろう。

サヨが、ルイ王子も、空を睨んで見構えた。

フィリップが見上げると、小さく切り取られた空に同じ鳥が群れを成していた。

サヨが両手を掲げるとその掌にぽっとオレンジの光が灯る。火焔だ。サヨは躊躇うことなくその手を振るった。炎は渦を巻いて空にいる鳥を襲った。炎に巻かれて鳥があっという間に燃え尽きる。

フィリップの背筋に冷たいものが走った。

魔鳥の力の凄まじさを目の当たりにする。次々に放たれた火焔によって、群れた魔が全て燃え落ちる。近くに火の粉が舞うのが見えた。

フィリップの土に慣れた鼻を、焦げた臭いがついた。と、目を見開いたルイ王子がこちらに駆け寄ってくる。大きく右手を振って、それから振り返り叫んだ。

「危ないだろ。気をつけろよ!」

魔物を屠ったサヨが何事か答えて。だが二人は上を見て表情を厳しくした。釣られるように空を見ると、滅した筈の魔が新たに現れて群れを作っていた。

ルイ王子とサヨは再び魔と対峙する。

先程、ルイ王子はフィリップのいる木の根と土壁を丸ごと守る術を張った。魔物に煩わされず盾を見つける作業に集中しろということだ。ならばフィリップがやらねばならないことは決まっている。外の魔はあの二人に任せて、少しでも早く上へ、木の根元のウロに辿り着くのだ。

フィリップはぐっと唇を噛み締めると、手の感触で土壁を確かめた。絡んだ根に足を引っ掛けて静かに反動をつけて上へ手を伸ばす。ぐん、とまた少しだけ上がった。目の端にオレンジの光が見える。サヨの火焔だ。

しかし今度はそちらを見直すことはせず、トンネルの状態だけに意識を向けた。

上へ、上へ。

最初の頃より土壁が固く、体を預けても崩れなくなった。周りを囲う根も太くなっていて、掴んでもしっかりして上る助けに使えた。

ゆっくりと、だが着実に。

目的の場所に近づいていく。疲労は増しているがコツを覚えたか、上る進度も速まった。黙々と土と根を手足で掴んであがることだけを考える。

もはや土埃も気にならなくなっていた。己の息遣いだけを聞いて、ただひたすら上を目指した。

根に囲われた空間で集中していたフィリップは、いつの間にかルイ王子の魔法の効果が薄れていたのに気づかなかった。


ふいに、トンネルが揺さぶられた。

はっと我に返り、周りを見回した。土壁は動いていない。動く筈がない。揺れているのは、上から曲がり絡まる根。木が土に伸ばした長い根っこが鋭い爪に引っ掛けられ、その間から灰紫の頭がねじ込まれて、きょろりとした眼がナニかを探して動いていた。フィリップを見つけて、強引に近づく。長く鋭い嘴が害意をもって迫ってきた。

その時、フィリップはひどく落ち着いていたと思う。ベルトの真ん中に無理やり差し込んだ第三宝剣。そして魔を断つ術を施した剣。どちらを使うか迷ったのは一瞬。すぐに手馴染んだ宝剣を抜いて、嘴を突き立てる鳥の頭を力任せに突いた。

「ギィー!」

頭部を貫かれて、鳥は苦悶の鳴き声をあげて目の前から消えた。生臭い臭いにばさばさと激しい羽根の音。もがき苦しむ様に、手応えを感じた。だがまた別の個体が根の隙間に爪を立てる。フィリップは再度宝剣を使った。

「ケッ!」

今度はかすっただけだったが、鳥は反撃にあったことに驚いたのか根から離れていく。また次、次と。届く範囲を宝剣で突いてトンネルから追い出した。

その後、空にある鳥はルイとサヨによって駆逐された。彼ら二人の連携は素晴らしい。だがそこから零れ落ちた魔、間隙をぬって襲ってきた敵にフィリップは剣で応戦することができた。制限のある根の囲いにあって、自身の身を守れたことは達成感をもたらした。


しかし、満足感に浸る暇はない。

魔物が消えた今、為すべきことを遂行しなければならなかった。再び土を掻いて根に足をかけて上る。狭くなった先を進んで、より広い空洞を見た。それは木の根上がりで浮き上がった内側。暗い幹から伸びた根の裏。

遂にウロに辿り着いて、フィリップは息を吐いた。

「──おい」

外の二人に声をかけた。

日は傾き始めていた。

「フィリップ?」

「…根元に、着いたぞ」

「!やった、」

喜色の滲んだルイ王子の声。それに被さるように魔鳥の声が届く。

「それで。根元のウロには触れる?」

「ああ。手を伸ばせばなんとか、かなり凸凹してるぞ」

言いながら、手を伸ばして隆起した木の根元を触る。

「いいの。手のひらを当てるようにして、探って」

「やってる」

「満遍なく、よ」

「わかってる、」

次々に飛ぶサヨの指示を聞きながら懸命に撫でていく。感覚でトンネルより広がっているのはわかるが、幹から張り出した太い根が四方に伸びてできたウロの中は暗く、ひどく不規則にくねっていて全体が把握できない。なるべく端から手のひらを当てて探るが、突き出た棘のような根もあって、それを避けつつ探った。

汗がこめかみを流れる。



しばらく更新お休みします

申し訳ありません


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